音楽からファッションまで、中国カルチャーが世界的に注目される理由 『中国新世代』著者が語る、ミレニアルズの勢い

 近年、急速な変化を遂げている中国の文化的な側面にスポットを当てた書籍『中国新世代 チャイナ・ニュージェネレーション』(スモール出版)は、2020年代のポップカルチャーの行く末を占う一冊かもしれない。中国ではいま、ファッション、音楽、映画、ドラマなど様々な分野で、かつての「Made in China」のイメージを鮮やかに刷新する表現が次々と生み出され、世界的にも大きな注目を集めているのだという。その背景にはどんな事情があり、具体的にどんな表現が支持されているのか。同書の著者である小山ひとみ氏にインタビュー取材を行った。(編集部)

ミレニアルズは自分自身で人生の道筋を作らなければいけなかった

ーー本書は、中国のミレニアル世代=ミレニアルズ(1980年頃から2000年代始めに生まれた世代の総称)によるポップカルチャーを紹介した一冊です。ミレニアルズにはどんな特徴があるか、改めて教えてください。

小山:彼らの世代を語る上で欠かせないキーワードとして、まず「インディビジュアライゼーション(個人化)」が挙げられると思います。彼らの親世代は、国が準備した道を歩む人生だったけれど、1978年の改革開放以降に生まれたミレニアルズは、それまでとは違う価値観を築き、自分自身で人生の道筋を作らなければいけなかった世代です。その意味で、私たち日本人より遥かに親世代とのギャップを感じている世代だとも思います。親に聞いても答えは出てこないから、一から自分ならではの生き方を考えなければいけなかった。加えて、彼らの世代は約4億人ととても人口が多く、激しい競争に晒されてきたため、いかにしてその中から突出して、みんなに認めてもらうかにも貪欲です。結果として、音楽にしてもファッションにしても、優れた表現が次々と出てきたのだと思います。

ーー中国のミレニアルズだけで4億人……その数字を知ると、彼らが2020年代のポップカルチャーを牽引していくのは間違いないと感じます。

ANGEL CHEN2019年秋冬コレクション。中国の少数民族「チェン族」をテーマにしている。(写真=Cosmo)

小山:すでに世界のカルチャーを牽引するような人材は出てきていると思います。例えばファッションなら、H&MとコラボしたANGEL CHENとか。ミレニアルズのファッションデザイナーは、早くから中国国内だけではなく、ヨーロッパなどファッションの中心地に目を向けて、グローバルな感覚を培ってきました。中国には検閲があるから、文化的に不自由な印象を持つ方も少なくないかもしれませんが、彼らは「ダメならダメで、別の方向性で表現しよう」と考えて、それが独自のものを生み出しているケースも多く、その意味ではかえって柔軟な発想につながっている印象さえあります。

ーーファッションカルチャーの興隆も、やはり個人化と関係がありますか?

小山:そうですね。ミレニアルズは人と違うものを欲していて、洋服に関してもオンリーワンのものを好む傾向があります。また、一人っ子政策で1人あたりにかけられたお金が大きいのも、彼らの個人化を後押ししたのではないでしょうか。早くから海外に行った方が良いと判断して留学をさせる親も少なくありません。パーソンズ美術大学やアントワープ王立芸術学院に進学して、結果を出しているファッションデザイナーもいます。かつては「Made in China」というと粗悪品の代名詞みたいな感じだったのが、今や彼らは「中国製でも良いものは良い」と自信を持っている。

ーーミレニアルズの間では、アートブックフェアが人気になっているというコラムも興味深かったです。

上海アートブックフェアの模様。(写真=小山ひとみ)

小山:アートブックフェアはオンリーワンを求めるミレニアルズにとって、すごく魅力的なのだと思います。私も何回か行きましたが、大きな本屋では流通していない本を手に入れるために、若者が行列を作っているのに驚きました。本書のアートブックフェアのコラムで触れている、写真家のレン・ハン(1987年~2017年)などはまさに個人化を象徴するアーティストでした。お母さんや友達など、身近な人を題材にしたユニークなヌード写真を発表してきたアーティストで、私小説をそのまま写真集にしたような作風が新しかったです。

国籍を超えた文化的交流が起こっている

ーー音楽だと、88risingのHigher Brothersは自ら「Made in China」を謳っています。中国らしさを武器として表現するのも、ミレニアルズならではかもしれません。

「Iron Mic」創始者のダナ(下段中央)と中国のラッパーたち。

小山:Higher BrothersはMVでも中国色を前面に出して、すごく面白い形で中国のヒップホップカルチャーをレペゼンしていましたね。中国のアンダーグラウンドなヒップホップシーンは、中国ヒップホップ界のゴッドファーザーと呼ばれるダナというアフリカ系アメリカ人が、90年代から地道に広げていました。ダナは「Iron Mic」というMCバトルのイベントを立ち上げ、そこからダーゴウなどの実力派ラッパーが生まれています。その後、オンライン番組が浸透し、2017年に「iQIYI」というプラットフォームでラップバトル番組『The Rap Of China』が配信されると、一気にヒップホップムーヴメントが巻き起こり、ずっとアンダーグラウンドで活動していたラッパーたちにも注目が集まりました。2018年には中国政府が「ヒップホップ文化は低俗」としてラッパーのテレビ出演などが禁止されましたが、ミレニアルズのヒップホップ熱が冷めることはなく、『The Rap Of China』のシーズン2も配信されました。中国でそういった禁止令が出るたび、日本ではネガティブなニュースが流れたりしますが、実はそれほど大きな影響はなかったりします。外からはわかりにくかっただけで、中国にもずっとヒップホップカルチャーはありましたし、イベントや番組の影響もあって10代のラッパーも続々と現れてきているので、世界に出るラッパーはこれからさらに増えていくのではないでしょうか。

ーー本書では、アイドルカルチャーの盛り上がりについても触れています。

アイドルバトル番組『Qing Qun You Ni(青春有你)』の模様。(写真提供=iQIYI)

小山:『The Rap Of China』のシーズン2と同時期にiQIYIで配信された男性アイドルのバトル番組『Idol Producer』の影響で、アイドルムーブメントも一気に加速しました。もともと中国のアイドルはK-POPアイドルに大きな影響を受けていて、実際に韓国でレッスンを受けてアイドルを目指している人も少なくありません。ファンももともとK-POPアイドルが好きだったのが、『Idol Producer』をきっかけに中国アイドルを追うようになったというケースもよく見られます。中国籍のメンバーが所属するSEVENTEENのようなK-POPグループなどもいて、国籍を超えた文化的交流が起こっているのが興味深いです。新しいアイドル番組も始まるようですし、このシーンはまだまだ盛り上がると思います。

ーー中国映画についても聞かせてください。今年、日本でも大きな話題となったSF小説『三体』の作者である劉慈欣原作の『流転の地球』は、中国で大ヒット映画になったそうですね。

小山:上映の時期が春節だったということも重なり、大ヒットしました。中国ではここ数年、SFブームが巻き起こっていますね。若い世代でもSF好きを公言する人は多いですし、SFをモチーフとした作品を発表するアーティストも目立っています。一方で、ミニシアター系の作品も盛り上がりつつあって、これまではタブーとされてきたいじめ問題や大学受験をテーマにした『Better Days』のような映画も出てきています。また、ドラマでは時代劇やBLものがヒットしたりと、これまでにない様々な作品が目立つようになりました。映画にしてもドラマにしても、若い作り手を中心に多様化していると感じています。

ーー中国カルチャーの未来は明るそうです。

小山:そうですね。私が今回、この本を書いた理由の一つに、日本でも中国に関する書籍は色々と出版されているけれど、政治や経済や歴史に関するものがほとんどで、実際に今の中国で勢いがあるミレニアルズのリアルな声を紹介するものがなかったからです。この本のためだけではないのですが、私は50人以上に取材しました。そこで、日本の書籍で語られる中国とはまた違う側面を見ることができたと感じています。

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