『ダブル SIDE A/SIDE B』『詳注 アリス』……新年おすすめ、新たな世界へと誘う新作書籍5選
『どこにでもあるどこかになる前に』藤井聡子著(里山社)
何もないのが嫌で逃げ出したはずの地元が、画一的な再開発によって「どこにでもある」場所になっていく寂しさ。何者にもなれないまま富山に都落ちした著者による地元逡巡記、と聞いて思い浮かぶ「郷愁」のイメージを気持ちいいほど裏切られた。地元に戻っても、自動的に何者かになれるわけではない。場所に飛び込み、たくさんの人に出会おうとする著者の行動は、東京で拘り続けた「自分さがし」の延長のようにも見えるかもしれない。けれど、彼女はある時ふと気づく。自分が何者であろうと受け入れてくれる場所と人に出会えれば、何者にもなれるということに。
『独裁者のブーツ イラストは抵抗する』ヨゼフ・チャペック著、増田幸弘・増田集編訳(共和国)
チャペック兄弟の兄、ヨゼフによる反ナチス、反ファシズムを描いた漫画や風刺画を集めた1冊。年明け早々、世界を覆い始めた不穏な空気に息がつまりそうになり思わず手をのばした。独裁者のブーツが踏みつけるのは、頭脳を持たない=自ら考えることをしない大勢の民衆たち。為政者に都合のいい従順な市民は、時に熱狂の矛先を誤り、多くの悲劇を引き起こした。同じ過ちを繰り返さないために、今こそヨゼフの絵をひもときたい。歓声と歓声の合間に聞こえる、かすかな靴音を聞き分ける耳を獲得するために。
■岩渕宏美
現役書店員、書評家・ライター。雑誌『GINZA』連載「街の本屋のこの一冊」ほか書評多数、出版業界紙『新文化』にてエッセイ「失われた屋号を求めて」連載中。