架空の昭和を描いた『空想東京百景』シリーズ、最新作で令和を舞台にした意味とは?

 だから、『メトロポリス探偵社 空想東京百景〈令〉』を、金髪のイケメン探偵が眼鏡っ娘の美少女と組み、国際ギャング団を相手に戦いながら、東京から魔人たちを消し去り、今も怪異を消しに来る〈忘却の罠〉の正体を掴もうとする、アクションあり、ミステリあり、ラブコメありのエンターテインメントとして楽しむだけでも構わない。それが本来の味わい方かもしれない。

 ただ、2度目の東京オリンピックを控えた2019年が舞台になっているという意味も、同時に感じてもらいたい。1度目の東京オリンピックを経て急速に発展した東京は、戦災後もしばらく残っていた街並みを大きく変貌させた。優しさとか情といった人の気持ちにも変化をもたらした。それでもまだ残っていた昭和の遺産が、2度目の東京オリンピックで根こそぎに消されようとしている。

 古いアパートは消え、雑居ビルも消え、再開発された駅前には巨大なビルが建っていく。格差が進み誰もが不安の中で生きている社会にあって求められているものは何か。その答えのようなものが、令和を舞台に再開されたシリーズによって描かれていくのかに興味が向かう。〈忘却の罠〉が2度目の東京オリンピックをきっかけに強さを増そうとしている今だからこそ、忍者だったり猿だったりする異能使いの探偵たちや、ボディこそ同じながらも中身が変わったらしい女サイボーグ刑事〈03〉の活躍によって東京が、世界が面白くなって欲しい。

 そんな背景の上に描かれる、矢ノ浦光鶴と九葉祀、そして甘木鵙という新たなキャラクターたちが、toi8のイラストによって姿を現し、動き始めた先で繰り広げられる、無限の夢幻世界を舞台にした大活躍を、完結まで存分に味わい尽くしたい。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『メトロポリス探偵社 空想東京百景〈令〉』
著:ゆずはらとしゆき
イラスト:toi8
発売:2019年12月5日
価格定価:本体670円(税別)
版元:LINE
(※シリーズ既刊は講談社BOXより全3巻、一迅社から漫画版全1巻)

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