辻仁成が語る、母の言葉が人生に与えた影響 「母親はいつも新しいことに挑戦していた」

 作家生活30周年を迎えた辻仁成が、新刊エッセイ『84歳の母さんがぼくに教えてくれた大事なこと』(KADOKAWA)を10月31日に刊行した。「死ぬまで生きなさい。ゆっくりと焦らずに」「誰はばかることなく生きたらよか」など、Twitterで話題になった“母親の言葉”を中心にしながら、自身の母親の半生を今の辻仁成の視点から綴った本作。料理教室、刺繍教室の講師としても活躍した母親の人生訓に溢れる言葉の数々、そして、母と息子の豊かな関係性は、世代、性別を超え、幅広い読者の心を捉えるはずだ。リアルサウンドブックでは、辻仁成にインタビューを行い、本作『84歳の母さんがぼくに教えてくれた大事なこと』を軸にしながら、15歳の息子との関係、現代のクリエイターに求められるメディアの活用法などについても語ってもらった。(森朋之)

おじいちゃんが発明家だった

——新刊エッセイ集『84歳の母さんがぼくに教えてくれた大事なこと』は、辻さんがツイートした“母の言葉”がもとになっています。心に残っている母親の言葉を発信したきっかけを教えてもらえますか?

辻:以前から息子に向けた言葉をツイート(“息子よ”ではじまる一連のツイート)していたんですが、そういえば母さんがあんなこと言っていたな、と思い出してツイートしたのがはじまりですね。

——お母さまからかけられた言葉は、はっきりと記憶に残っているんですか?

辻:「死ぬまで生きなさい」とか「誰の人生たいね」などは覚えてますね。あとは「こんなことを言われたよな」と思い出しながら。

——母親の人生を書きたいという構想も、以前からあったんですか?

辻:そうですね、母親の人生を書きたいという思いは以前からあったんです。母親は若い頃に刺繍をやっていて、その作品集を出したかったようなんですけど、ただ、そのことを僕に言ったことはなくて。実現しないまま84歳になったので、「いつか本を作ってプレゼントしたいな」という気持ちもあって。ツイートを見たKADOKAWAさんから「本にしませんか?」と連絡をいただいたときに、たまたま東京にいて、編集の方とお会いしたんですけど。僕としてはツイートをまとめるだけの本にはしたくなかったので、「母親の半自伝的なエッセイ集にしたい」と提案させてもらったんです。そこでこの本に刺繍の写真を載せられますか?と聞いたら、「もちろんです」ということになって。あと、本を読んでもらえるとわかると思いますが、すごくおもしろい母親なんですよ(笑)。

——お母さまは料理、刺繍など、クリエイティブな才能をお持ちで。辻さんの創造性にも大きな影響を与えたのでは?

辻:まず、僕のおじいちゃん、母親の父親が発明家だったんですよ。ずいぶんいろんなものを作っていたんですが、それをいちばん受け継いだのが母親だったんじゃないかなと。だけど、昭和の女性ですし、家からなかなか出してもらえない状況もあって。ただ、料理にしても刺繍にしても、お弟子さんがたくさんいて。まるで映画監督みたいに彼女の周りには人がいっぱいいたんですよ。家に帰ると、知らない女の人が何人もいたり(笑)。時が時ならウーマンリブの代表みたいになったのかもしれないけど、彼女はそういう感じでもなくて。主婦という立場を否定も肯定もせず、与えられた人生のなかでどう生きるか、最大限に自分を活かすにはどうしたらいいかを考えて、行動してきた人なんですね。僕はそういうところに共感しているんです。

——母親の背中を見ながら、その生き方に影響を受けたというか。

辻:ええ。息子も僕の背中を見ていると思うんですよ。こちらから押し付けるようなことは一切ないし、僕の生き方をちょっと離れた場所から見て、「なるほど、こういう可能性もあるのか」と気づくというのかな。僕自身も、そういうところで影響を受けてるでしょうね。母親は広く世界に開かれた感覚もあるし、「保守的な日本で何が悪い」というところもあったので。

——母親との関係のなかで、いろいろなモノの見方を学んだのかもしれないですね。母親との関係を俯瞰できるようになったからこそ書けた本なのでしょうか。

辻:そうでしょうね。34〜35歳のとき、『そこに僕はいた』(1992年/角川書店)という半自伝的な本を出したんですが、それは自分が主人公で、ときどき母さんが出てくるんです。母さんのことだけを書いているエッセイは、今回の本だけですね。


——肉親のことを書くことの難しさはありますか?

辻:どうだろう? むしろ僕は、作家が自分の家族を書かなかったら、何を書くんだろう?と思いますけどね。SFでもラノベでも、登場人物には家族のことが反映されているんじゃないかな。映画『名探偵ピカチュウ』(2019年)でもね(笑)。人が生きていれば、家族からは外れることができないし、関わりのある人から影響を受けているはずなので。

——辻さんも例外ではない?

辻:そうですね。物書きなので、そのままは書かないですけどね。エッセイであっても、実物とまったく同じではないし、僕の弟がこの本を読めば、「これはちょっと違うんじゃない?」と思うかもしれない。弟から見た母親も存在しているんだけど、あえてそれは書いてないんですよ。あくまでも僕という作家の視点から見た母親を書いているので。あとは、読者が寄り添えそうな部分も抽出してますね。

——すでにご家族は読まれたんですか?

辻:弟には見せました。「母さん、喜ぶんじゃない?」って言ってましたね。母親には内緒にしているんです。出版したら送ろうと思ってます。

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