小川糸が語る、認知症の母から受け取ったもの「死には、人生の切り札のような側面がある」

認知症になった母が愛おしかった


――サイトにも書かれていましたけど、母親とは意見が合わないことも多かったそうですね。今になってお母さんの気持ちが分かる、ということはありますか。

小川:あります、あります。もし命に限界がなくて、ずっと母が生きていたら、私との関係性もずっと平行線のままだったと思います。死によって母を見る角度が変わり、気づけたことがすごくたくさんあります。死というものは決して悲しみとか喪失感だけではなくて、「ギフト」としていろんなものをもたらしてくれるというのは、実感としてありますね。母も母なりの方法で愛してくれてたんだなと思います。

――関係性が変わっていったのは、「死ぬのが怖い」と打ち明けられた後ですか?

小川:そうですね、体が弱っていくと心の面も弱っていくし、以前の母とは違う母の姿を見ることができました。だんだん認知症も出てきて、その姿を見てすごく愛おしいなって思えたんです。

――認知症になっていくお母さんを見て愛おしく思えるって、すごいことだと思います。テレビなどで見ても、介護に関してはすごく暗いことばかりが目に入ってきますよね。

小川:逆に今まで普通だったものがひっくり返って、違う面があらわれることもあり得ると思います。それこそ死がもつパワーで、魔法みたいに今までの関係性をくるっと変えてくれる。死には、いろんな可能性を秘めた人生の切り札のような側面があるんじゃないかなと思います。

――最後に、読者の方にこういうところに注目してほしいというのはありますか。

小川:死を意識することで、喜びながら生きることがどんなに大事かというのを改めて感じたので、重く悲しい作品にはしたくないと思って書きました。死をテーマにした作品ではあるんですけれども、生きていることの愛おしさとか、喜びや楽しみ、温もりみたいなものを感じていただけたらいいなと思っています。

■小川糸(おがわ・いと)
1973年生まれ。2008年『食堂かたつむり』でデビュー。以降多くの作品が、英語、韓国語、中国語、フランス語、スペイン語、イタリア語などに翻訳され、様々な国で出版されている。『食堂かたつむり』は2010年に映画化され、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ賞を受賞。2012年には『つるかめ助産院』が、2017年には『ツバキ文具店』がNHKでテレビドラマ化された。『ツバキ文具店』と『キラキラ共和国』は「本屋大賞」にノミネートされている。その他著書に『ファミリーツリー』『リボン』『ミ・ト・ン』など。

関連記事