ノーベル科学賞・吉野彰氏も愛読『ロウソクの科学』が伝える、自然と科学と人間の深い交わり

 今、書店で売り切れ状態になるほど人気を博している書籍がある。昭和37年に初版が発刊された『ロウソクの科学』(ファラデー 著/三石巌 訳/KADOKAWA)だ。50年以上も前に刊行された本が、なぜ今になって話題となっているのか。それは今年、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが科学への興味を持つきっかけになったとして本書を紹介したからだ。受賞日の夜から全国の書店へ問い合わせが相次ぎ、岩波書店とKADOKAWAは増刷を決めたという。

ファラデー 著/三石巌 訳『ロウソクの科学』(KADOKAWA)

 「科学」と聞くと、頭に浮かぶのは学生時代に行った理科の実験。昔からバリバリの文系だった筆者にとって科学はとっつきにくく感じられることが多かった。だが、本書は違う。小さな子どもを意識した著者・ファラデーの慈愛に満ちた語り口が科学へのハードルを下げている。こんな書籍にもっと早く出会えていたら、科学の面白さにも気付けたかもしれないと悔やまれた。

 ファラデーはイギリスの化学者であり、物理学者。直流電流を流した電気伝導体の周囲の磁場を研究し、物理学における電磁場の基礎理論を確立した人物だ。1791年、ロンドンの貧しい鍛冶屋の次男として生まれたファラデーは早くから家業を手伝わされ、小学校に通う年頃には製本屋の小僧となった。当時、小僧といえば、無給でどんなに厳しい条件にも文句が言えない身分だったが、製本屋の店主が理解ある人物だったことが救いとなった。ファラデーが仕事の合間に製本途中の本を読むことを許し、与えた屋根裏の部屋で科学の実験をすることをはげましたのだ。

 その後、店主の許しを得て科学の講義会へ行き、ファラデーはますます科学の世界に魅了されていく。ついには当時のイギリスで化学者として有名だったハンフリー=デービーの実験助手を務めるまでになった。しかし、派手な暮らしを好むデービーとは違い、ファラデーは素朴な性格で独学的に自己を培養し、他者を介さずに自然とじかに対決したといわれている。

 本書はそんなファラデーが1861年末のクリスマス休暇に、ロンドンの王立研究所で催した連続6回の講演の記録。同研究所の教授であったファラデーの話術は評判を呼び、王侯貴族から一般市民の子弟まで、ロンドン中のあらゆる階層が彼の講演を聞きに訪れたという。

 ファラデーは、自然は相互扶助の関係によって成り立っているものだと考えていたようで、その思想は本書にも込められている。自然科学の勉強の入口として、1本のロウソクほど物理的現象を考えることに打ってつけで、入りやすいものはないと語り、1本のロウソクを用いて、自然と科学、人間との深い交わりを伝えようとしたのだ。

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