監視国家化が進む中国で、なぜ豊かな生活が実現しつつあるのか? 梶谷 懐氏に聞く

「市民社会」の基盤を欠くことの危険性

ーー本書では、中国が監視国家化していくことに対する懸念も書かれています。その懸念についても改めて教えてください。

梶谷:政府や企業がビッグデータに基づいて、温情主義的にサービスを提供していたとしても、そのシステムが効率や利益を追求するあまり倫理的に問題のある判断をする可能性もあるため、第三者的な立場から監視する「市民社会」が求められるのですが、中国はその「市民社会」の基盤を欠いています。中国にも市民社会としてのNGO(非政府団体)は多くあり、環境問題や教育問題に取り組んではいますが、あまり機能しているとは言い難く、政府に取り込まれてしまうケースさえあるのです。こうした状況では、ビッグデータに基づいたアルゴリズム的公共性が暴走する可能性があります。新疆ウイグル自治区における少数民族に対する弾圧は、まさに市民社会が機能しない中国の危うさを象徴するものでしょう。本書を刊行した後、読者の方から「市民社会という概念自体が、西洋的な一神教的世界観のもとに支えられているものだから、儒教的な価値観が根強く残る中国には相入れないのではないか」との意見をいただきましたが、その意味では日本もまた同じ危うさを抱えていると言えるかもしれません。

ーー日本がもしも今後、監視国家化していく場合は、同じ問題と向き合わなければいけないのでしょうか。

梶谷:日本も市民社会の基盤は脆いので、そうだと考えています。実際、リクナビが就職活動者の内定辞退率のデータを企業に漏洩させたとして大問題となっていますが、こうした事態を防ぐためにも、政府や企業が集めたデータをどのように管理しているのかを監視する市民社会が必要でしょう。政府や企業が、集めた情報を使って社会を統治したいとか、あるいはお金を儲けたいという方向に行くのは自然なことなので。しかし、日進月歩で進化していくテクノロジーとそれによって刻々と変化する構造を、第三者的な立場から監視するのは非常に困難です。その意味で、中国で起きている変化は決して他人事ではなく、あらゆる国家や社会にとって共有されつつある今日的課題であると考えています。

(取材・文=松田広宣)

■梶谷 懐
1970年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経済学研究科教授。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、2014年より現職。著書に『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院)、『現代中国の財政金融システム』( 名古屋大学出版会、大平正芳記念賞)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(太田出版)、『中国経済講義』(中公新書)など。

■書籍情報
『幸福な監視国家・中国』
著者:梶谷 懐/高口康太
発売日:2019年08月10日
価格:850円+税
頁数:256頁
NHK出版

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