GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.8:ココ・パーティン・ココ「アイドルに未練はないです」 “運命”への導き、生涯の宝物

BiSのオーディションに落ちた時よりも、さらに重い絶望でしたね。居場所がなくなった
――解散を告げられたのは、ライブ直後でしたよね?
ココ:はい。会場の中野Heavysick ZEROの近くにあったつばさ(つばさレコーズ)の事務所に呼ばれて。パッて見たら渡辺さんが坊主だったから、めっちゃイヤな予感がしたんですよ。そしたら「解散」と言われました。BiSのオーディションに落ちた時よりも、さらに重い絶望でしたね。居場所がなくなったというか。SiSのライブまでの準備のあいだで学校もやめてきちゃったから。そこからの3日間くらい、寝た記憶がないです。
――今後どうするか、SiSの4人で話し合ったんでしたっけ?
ココ:はい。それでひとりが折れちゃって。いちばん若くて、東京の子だったんです。でも、残った全員は地方出身者だから状況が違っていて。「3人でもやろう」となり、直談判しに行く流れになりました。「一応WACKを見ておこう」みたいなことでWACKが入ったビルの住所を調べて行ったんですけど、渡辺さんがたまたま現れたので、さすがにこれは運命だ、って(笑)。「何おまえら!」って言ってましたけど。
――びっくりしたでしょうね(笑)。
ココ:私たち、A BATHING APE®のデザインを勝手に衣装に描いてSiSのライブをしたんです。渡辺さんはそれをNIGOさんに謝罪に行くところで。「おまえらのせいで、今から謝りに行くんだけど」って言われました。そして「で、どうすんの?」「まあ、明日か明後日、焼肉に行こうか」ということになり。
――それで後日、焼き肉へ?
ココ:はい。それまでは、3人でガストに集まっていろいろ話し合っていました。「路上ライブ、クラウドファンディングとか、いろいろやってみよう」「応援してくれる人を集めて、最後に直談判しよう」って。それで焼き肉に行った時に、渡辺さんに話したんです。
――お肉を焼きながら?
ココ:焼きながら。渡辺さんが持ってきたビデオカメラでその様子を撮っていて、「これはもしかしたら何かが変わるかもしれない」と思ったので、直談判の覚悟ができました。
――直談判に対する渡辺さんの反応は?
ココ:「BiSはもう無理。でも、ギャンパレのオーディションが終わっちゃったけど、3人全員が入るんだったらいいよ」と。うちらは最初「WACKで働かせてください。トイレ掃除でもなんでもします」と言っていたので、本当にありがたすぎるお話でした。
――名前が「ココ・パーティン・ココ」になったのは、ギャンパレ加入時でしたよね。
ココ:最初は「ココパーティー」って言われていたんですけど、「ギャンパレに加入します」という動画を事務所の片隅のソファに座って撮る直前に、「おまえ、パーティンコ、パーチンコにしろよ」って渡辺さんに言われて、「じゃあ、ココ・パーティン・ココはどうですか?」と。それで「おまえがいいんだったら、それでいいよ」ということになりました。
――加入はギャンパレの東名阪ツアーのタイミングでしたね。初日の名古屋がキャン・GP・マイカさん(当時はキャン・マイカ)のお披露目。大阪公演を経て、ファイナルの東京――2016年11月13日の新宿BLAZEが元SiSの3人のお披露目でした。
ココ:ステージにお立ち台があったんですけど、上がったり下がったりするタイミングがあるので、そのたびに立ち位置の番号が変わるんですよ。曲を覚えるだけでもいっぱいいっぱいだったのに、さらにいっぱいいっぱいになりました。リハで全曲をやった時点でバテちゃったんですけど、死に物狂いで本番をやりました。
7人のGANG PARADE、第2期BiSとのバチバチ感

――ギャンパレのメンバーとの初顔合わせは、どんな感じでした?
ココ:事務所で会って、「お願いします」って。(カミヤ)サキちゃんは、受け入れてくれていた気がします。当時、POPからGANG PARADEに名前が変わったばっかりで、メンバーの脱退もあったりしたので、第2期BiSのオーディションがあったことすらもグループにとって脅威だったと思うんです。ギャンパレのオーディションもやっていたけど、それを受けていなかったのが私たち3人。しかも、そのオーディションで加入が決まったマイカとほぼ同じタイミングで入ってくるなんて、いろいろ思うところがあったと思います。受け入れてもらえるまでに時間がかかることは覚悟していました。「GANG PARADEに必要だ」と思ってもらえる人間でいなきゃいけないという強い気持ちでいました。でも……………最初の頃は空気がヤバかった(笑)。誰も悪くないんですよ。マイカが入って「あらためてここから4人でやっていきましょう!」というタイミングで、会社の方針で私たち3人がオーディションをスルーして入ったわけですから。
――どうやって溶け込んでいきました?
ココ:どうだったんですかね? うちら3人で一緒に入ったのもデカかったと思っています。3人で頑張り合えてたんですよ。それで「ああ、頑張っているな」って受け入れてもらえたのかもしれないです。
――これは外から見ていた側からの印象ですけど、マイカさんとSiSの3人が入って7人になった頃は、ギャンパレがアクセルを踏んで、大きな一歩を踏み出したタイミングだったと思います。「7人のギャンパレ、すごくいい!」と示した「FOUL」も生まれましたし。
ココ:自分たちでは何もわかってなかったです。“入れてもらったグループ”という他人事な感覚も私のなかにありましたし。だけど、「3人が入ってから空気が変わって、面白くなってきたね」と言ってもらえることは増えてきていました。あと、第2期BiSと競い合うバチバチ感もよかったのかなと思います。
――そんな頃にサキさんとBiSのアヤ・エイトプリンスさんのレンタルトレードが発表されて、びっくりでした。
ココ:今思うと、サキちゃんがいた7人の時間って、すごく短くて。ようやくサキちゃんや(ユメノ)ユア、(ヤママチ)ミキとも喋れるようになってきたところでトレードでしたから。元BiSのふたり(プー・ルイとカミヤサキ)がBiSとしてタッグを組むって、脅威でしたよ。こっちは同期のなんもできねえやつ(アヤ・エイトプリンス)がくるっていう(笑)。
――ひどい言い方(笑)。
ココ:「おい! フェアじゃねえだろ!」って(笑)。引っ張っていってくれる人がいない状況になるわけですからね。絶望しました。
――アヤさんが入って最初のシングルが『Beyond the Mountain』でしたけど、あの7人のギャンパレの雰囲気も、すごくよかったですよ。アヤさんも活動を楽しんでいましたよね。「ギャンパレ楽しい!」って言っていたのを覚えています。
ココ:引っ張る人がいなくなったことで、全員がちゃんと責任感を持つようになったんですよね。「ギャンパレは自分のグループなんだ」という当事者意識が私のなかで芽生えたのも、正直トレードがあったからです。「プーサキがいるBiSには絶対に負けない!」っていう気持ちにもなれたから、あの期間は大きかったなと思います。
――あの頃のギャンパレ、「私たちゃ負けねえよ!」というギラギラ感がすごくありました。
ココ:負け続けていましたからね。
――当時はBiS、BiSHと比べて人気と知名度が低いのはたしかでしたからね。
ココ:はい。でも、負け続けていた部分が自分たちを強くしてくれたんです。だから、今回「ビヨマン」(「Beyond the Mountain」)の衣装を選んだんですけど、当時の熱い気持ちを思い出します。熱さは今も失ってないですけど、若さゆえの尖ったものがあった時代なので。
――この頃の衣装、ほかのものも含めてヤンキー感がすごくあるという印象です。
ココ:尖り感みたいなものを外林(健太)さんがキャッチしてくれていたのかなと思います。2017年の衣装はヤンキーの年ですね。ギャング期。




















