あいみょん「マリーゴールド」新MVで描かれたものとは? 衣装/スケボー展示を通して触れる、稀代の名曲と映像の構築美

 あいみょんの代表曲「マリーゴールド」のセルフオマージュMVが公開された。2018年公開のオリジナル版と同じく山田智和が監督を務め、撮影地も同じ上海、劇中のスケートボードも当時の実物を使用。メジャーデビュー10周年を迎えた2026年、なぜ彼女は自らのマスターピースと再び対峙したのだろうか。

 東京を皮切りに福岡、大阪へと巡回する『「マリーゴールド」衣装/スケートボード展示』。9月上旬の六本木 蔦屋書店、カフェと書籍フロアを行き交う人々の日常的な動線の片隅、エスカレーター脇のスペースに、静かに立ち止まる場所があった。仰々しいガラスケースや過剰な舞台演出で特別視されているわけではない。パーテーションで区切られた空間に並ぶ2体のトルソーと、壁際に立てかけられた1枚のスケートボード。その飾り気のなさは、展示というよりも、誰かがいま脱ぎ捨てていった日常の抜け殻のように空間へ溶け込んでいる。

 だが、添えられた解説札と細部のディテールに目を凝らすと、そこには8年という歳月の生々しいコントラストが宿っている。2018年オリジナルMVで着用されたのは、オレンジと黒の切り替えが施され、背面に手のモチーフがプリントされた無骨なボウリングシャツに、落ち着いたグレーのスラックス。対する2026年セルフオマージュ版(10th Anniversary short ver.)であいみょんがまとっているのは、背面に大きく「CAMPBELL MORRIS」のアーチロゴと無数の星がプリントされた白のヴィンテージボウリングシャツに、鮮やかな黄色のパンツだ。

 大切に保管されていたであろう2着の衣服に対し、その傍らに立てかけられたオレンジ色のスケートボードだけは、決定的に異なる空気を放っていた。路面と接触し続けたウィールやデッキの端はところどころ黒ずみ、細かな擦り傷が時間の地層のように刻み込まれている。布地が記憶を留める“静”の遺物であるならば、新旧双方の現場で実際に路面を蹴り上げたスケートボードは、上海の乾いたアスファルトの衝撃と、あいみょんの身体が宿す熱と躍動を直接引き受けてきた“動”の証言者だ。その黒ずんだ汚れこそが、8年という月日が観念ではなく、不可逆な物理的時間として確かに積み重なった事実を物語っていた。

 通常、歳月を経たセルフオマージュといえば、アーティスト自身のキャリアの重みに比例して“シックなモノトーン”や“抑制の効いた落ち着き”へと向かいがちだ。しかし彼女は、国民的シンガーソングライターとなった今、あえて開放的で遊び心に満ちた星柄とビビッドなイエローの衣装をまとい、傷の残るあのボードとともに再び上海の地へと降り立った。都市を巡回し、各地の生活空間のなかで人々と触れ合うことになるその衣服と道具たちは、この2本の映像を読み解くための極めて示唆に富む入り口となっている。

 2018年発表のオリジナルMVを手掛けたのは、先述のとおり山田智和監督だ。曇天の上海を舞台に、あいみょんがスケートボードに乗って異国の路地を滑走する姿は、公開当時から鮮烈なインパクトを残した。あの映像において際立っていたのは、生々しいフィジカルな“衝動”と、どこか大人の世界に背伸びをするようなストリートの佇まいだ。無骨なオレンジ&ブラックカラーのボウリングシャツにスラックスを履き、コンパクトなスケートボードの上で必死にバランスを取りながら、湿り気を帯びたアジアの混沌を切り裂くように前へ前へと進んでいく。

あいみょん - マリーゴールド【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 独自の表現でシーンをざわつかせ、時代の真ん中へと大きく跳躍しようとしていたひとりのシンガーソングライターが、世界の広がりと自らの表現欲求の狭間で身体を張って疾走する。画面越しに伝わってきたのは、コントロールし切れない若さの熱量と、だからこそ放たれる無二の眩しさだった。

 それから8年の時を経て公開された2026年版。再び山田監督とタッグを組み、撮影地も同じ上海、手にするスケートボードも8年前の実物を用いて制作された本作は、単なる“あの頃の再現”ではない。何より雄弁にそれを物語るのが、背景に広がる“街の風景”そのものだ。8年という月日は、街の風景を変化させるのに十分な時間だ。そして、その変化した街のなかに立つあいみょんの身体性もまた、決定的な進化を遂げている。

あいみょん - マリーゴールド【10th Anniversary short ver.】

 2番の歌詞〈柔らかな肌を寄せあい〉から始まるショート構成のなかで、彼女はかつてのようにがむしゃらに前へと突き進むのではない。肩の力を抜き、風を全身で受け止めながら、変わりゆく街の景色と呼吸を合わせるようにしなやかに滑走していく。

 かつてのひたむきで切実な眼差しは、街の雑踏やカメラ、そして“あの頃の自分”を優しく迎え入れるような、穏やかで深い包容力へと変化している。星柄のシャツと黄色いパンツという軽やかな装いは、時代の真ん中で歌を届け続けてきたトップランナーが手に入れた、真の意味での“自由”と“無邪気さ”の象徴に見える。

 山田監督がオリジナル版で仕掛けた演出の核心には、徹底した“対比の構造”と“特異なカメラの距離感”があった。屋外と室内、雨と晴れ、明と暗、さらにはデジタルとアナログの撮影機材の混在。爽やかなサマーチューンの奥底に潜む切なさや暗部を多層的な対比によって浮かび上がらせている。また被写体に極限まで近づくことで、あいみょんの熱と同時に監督自身の衝動をもフィルムに焼き付け、呼吸や一挙手一投足の生々しさを逃さず掬い取っているのも印象深い。

 もうひとつ重要なのは、山田監督はこの「マリーゴールド」を皮切りに、「今夜このまま」「真夏の夜の匂いがする」「裸の心」「愛の花」など、あいみょんのキャリアにおける決定的なターニングポイントとなるMVを数多く伴走し続けてきたという事実である。彼女が時代のアイコンへと駆け上がり、数々の重圧を引き受け、大人の表現者へと脱皮していくプロセスを、山田監督は誰よりも近い場所でレンズ越しに見つめ続けてきた。

 だからこそ、今回の2026年版MVは、単なる“旧友との同窓会”のような安易なノスタルジーに陥らない。かつての対比構造は“8年という歳月そのもの”へとスケールアップし、カメラの距離感も、衝動的にぶつかり合うような近さから、長年の歩みをともにしてきた者同士にしか生み出せない呼吸を読み合うようなしなやかな距離へと深化している。彼女の変化も、変わらない芯の強さも、上海の街角で現在と過去が重なり合う奇跡的な瞬間も、これほどまでに純度の高い映像美として定着させることができた理由はそこにあるのだろう。都市は変わり、映像手法は深まり、アーティスト本人も大人になっていく。そうした“不可逆な時間の流れ”を視覚的/物質的に突きつけられるからこそ、逆に際立つのが「マリーゴールド」という楽曲そのものが宿す、圧倒的な普遍性である。

 ストリーミング累計9億回再生を突破し、女性ソロアーティストとして前人未到の記録を打ち立てた「マリーゴールド」。なぜ8年という歳月を経てもなお一切の古びを感じさせないのか。その最大の理由は、時代ごとの短期的な音響トレンドに依存しない、極めてトラディショナルな音楽的骨格にある。

 J-POPの黄金律とも言える親しみやすい王道のコード進行をベースに、滑らかに下降していくベースライン。アコースティックギター1本と歌声だけでも完璧に成立するほど強固なメロディラインは、70年代のフォークやニューミュージックの哀愁、そして90年代J-POPのダイナミズムを直系で受け継いでいる。緻密なアレンジと前進し続ける力強い8ビートのドラムも含め、その普遍的な旋律を鮮烈なナンバーへと昇華させた。

 さらに重要なのは、詞のなかに仕掛けられた時間の“多層構造”だろう。〈麦わらの帽子の君が/揺れたマリーゴールドに似てる/あれは空がまだ青い夏のこと〉――。〈青い夏〉の日を回想する過去の歌でありながら、サビでは〈「もう離れないで」と/泣きそうな目で見つめる君を〉〈いつまでも いつまでも このまま〉と、現在の切迫した渇望へと感情がなだれ込む。そして〈2人の想いが/同じでありますように〉という祈り(=未来)で結ばれる。この曲のなかには、過去、現在、未来がひとつの感情として同居しているのだ。だからこそ「マリーゴールド」は、単なるノスタルジーの消費に終わらない。「今青春を駆け抜けている衝動」として響く時もあれば、「あの頃を通り過ぎて大人になった私たちが大切に抱きしめ続けている原点」として響く時もある。聴き手自身の年齢や時代の変化に合わせて、その器に注ぎ込まれる感情が更新されていく。この曲は、8年のあいだに数え切れない人々の人生の“記憶の容器”となったのだ。

 東京から福岡、大阪へと渡っていく展示スペースに置かれた、2着の衣装と、年月を経て細かな擦り傷を刻んだオレンジのスケートボード。それは過去を懐かしむための記念碑ではない。時代がどれほど前へと進もうとも、歌そのものの命は色褪せず、むしろ表現者の身体を通して更新され続ける――。「マリーゴールド」の新旧MVは、ひとつのポップソングが時代を超えて普遍へと到達するプロセスそのものを、美しく証明している。

 現在発売中のベストアルバム『唇を追え!』のリリース、新MVの公開を記念して行われている『「マリーゴールド」衣装/スケートボード展示』は、このあと福岡・六本松 蔦屋書店(9月16日〜20日)、大阪・梅田 蔦屋書店(9月23日〜27日)を巡る予定だ。ぜひ名曲が名曲たる所以、そのひとつの要素を目撃してほしい。

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