リアルピース ソロインタビュー Vol.5:こぺ「芸歴が増えていくのがすごくうれしかった」 子役、俳優から“40歳メンズアイドル”へ

5人組YouTuberアイドルグループ・リアルピース。彼らが男性グループ初の“全Zepp制覇ツアー”を開催中だ。2026年11月3日に開催されるLaLa arena TOKYO-BAY公演に向かうための布石である。
リアルサウンドでは、この全Zeppツアー開催を記念して、かずぅ、こーた、かちょー、なお、こぺ、5人それぞれの1万字インタビュー、計5万字にもおよぶ特集をここにお送りする。
最終回は、こぺだ。子役からキャリアを重ね、リアルピースの一員、そして「40歳メンズアイドル」となるまでの物語を今回聞かせてもらった。そのなかには、自身のキャリアの礎でもある“俳優”の自分への誇りが貫かれている。「自分の芸歴が増えていくのがすごくうれしかった」と話をしてくれたが、こぺはまさしくエンターテインメントに愛された人間だ。それはこぺ自身がエンターテインメントを愛しているからにほかならない。美容への興味の深さだって、ボディメイクへの徹底したこだわりだって、こぺのエンターテインメントに、リアルピースのエンターテインメントに昇華されている。その事実がこぺの矜持であり、今の彼の“楽しい”を表すものなのだろう。
リアルピース 5人のソロインタビューがついにすべて揃った今、あらためてこのグループの無二のあり方、面白さにどっぷり浸かってほしい。(編集部)

子役としてのキャリアスタート、芸術との共鳴、そして高校中退
――はじめに、生年月日を教えてください。
こぺ:1986年5月19日生まれです。出身は東京都渋谷区で、専門学生時代にアメリカ・ロサンゼルスで短期留学をしていた1カ月間を除くと、0歳からずっと東京で暮らしています。
――ちなみに、フルネームだと?
こぺ:芸名ですが、村上耕平です。読み方は本名と同じで、占い師の方の勧めで“耕”の字だけ変えました。なんでも、僕の前世は農業をしている人だったらしくて。担当カラーが緑なので、今思うと案外ぴったりだったかも。
――趣味はありますか?
こぺ:美容、メイク、ファッション、整形。あと、キラキラしたもの、かわいいものを買うことです。“自分に関わるかわいさ”を探すのが大好きで、普段からいろいろな人のメイクを見たり、使っている化粧品や美容外科を調べたり、インスタ映えするお店を探したりしています。逆に、運動がすごく苦手です。
――メイクについては、いつ頃から本格的に取り組んでいるのでしょうか。
こぺ:リアルピースに加入してからです。もともと好きではあったんですけど、お仕事でほぼ毎日欠かさずするようになって、メイクに対する意識が大きく変わりました。慣れてくると、その日のメイクの改善点も見つけられるようになって、気づけばどんどんのめりこんじゃっていました。
――メイクに対する憧れは、もともと誰かに影響されてのもの?
こぺ:そうですね。名前は思い出せないんですけど、ギラギラなメイクをしていたメンズアイドルグループが好きだったんです。そのグループの動画を観ているうちに、自分でも見よう見まねでやってみるようになりました。
――それで真似できてしまう才能が恐ろしい限り。手先が器用なことが窺えます。
こぺ:そのあたりはまさに、僕の学歴につながってくるというか。小さい頃から絵を描くのが好きで、最終的に専門学校と美大にまで進んだんですよ。もともと、おじいちゃんが学校の美術の先生だったんです。とにかく絵が身近な環境にあったし、小さい頃から「たくさん絵を描いた方がいいよ」って言われてきて、どちらかというと外で遊ぶより、家のなかでクレヨンなんかを握っているのが好きな子でした。似顔絵とか、『セーラームーン』の絵をよく描いてたんだよなあ。
――ちゃんと点と点が結ばれる人生を歩んでいるんですね。ちなみに、人生で最初の記憶って思い出せますか?
こぺ:幼稚園のお庭にいたのが、僕のなかでの最初の記憶です。友達ふたりくらいを誘って「みんなの前で踊りを見せよう!」って話し合っているシーン。自分を表現したい気持ちを当時からすでに持っていたんですけど、その頃はまだ内気な部分のほうが強くて。結局、みんなに見られるのが恥ずかしいから、ダンスは発表しなかったんです。これってたぶん、今でも後悔している記憶なんでしょうね。
――とはいえ、こぺさんはその後に子役として活動をしていくんですよね。何がきっかけで、芸能活動に興味を持つようになったのでしょうか。
こぺ:テレビの影響でした。友達にも何人か、芸能活動をしている子はいたものの、僕が小さい頃はSNSがなくて、影響を受けたのはとにかくテレビの有名人。それこそ『天才てれびくん』(NHK教育テレビ)の全盛期だったので、僕もその世界に入ってみたい、と。

――先ほど「自分を表現したい気持ち」なんて言葉が出てきましたが、ご両親はそうしたこぺさんの感情に早くから気づいていたり?
こぺ:むしろ、最初に乗り気だったのは両親のほうで。僕がまだ3歳くらいの頃、いわゆる“記念受験”に近い感じでモデルの仕事を受けたそうなんですけど、その撮影でめちゃめちゃ泣いちゃったらしく。撮影も全然進まなかったそうで「『この子はこういう仕事、向いてなさそうだ』って思った」と言ってました。だから、僕が10歳になって「芸能事務所に入りたい」って伝えた時は、すごく驚いていて。「3歳の時、すごく泣いちゃって撮影できなかったんだよ?」って僕の意志を何度も確認されたくらい。でも、その時初めて自分の叶えたい夢を見つけられたので、僕は折れなかったです。
もともと、いろいろなことに挑戦をさせてくれるタイプの両親だったので、小学校の時はピアノ、水泳、体操、気づいたら塾にも行っていて、10歳以降は平日の学校帰りにはオーディション。毎週日曜はレッスンに通うようにもなったので、今思うとちょっと忙しかったのかな。
――10歳でそれだけ自我が芽生えていたのも衝撃的ですが、間違いなく日本でトップクラスに多忙な小学生だったかと思いますよ。中学入学後も、同様の生活スタイルだったのでしょうか。
こぺ:1年生の時に、吹奏楽部に入りました。3年間ずっとフルートを吹いていて、四重奏のコンクールで全国大会の手前くらいまで進みましたね。2年生になると、とある大河ドラマにも出演できるようになって。ただ、3年生に上がると高校受験に向けて、芸能活動は一度お休みに。その頃は、どんな大人になればいいのか少しだけ悩んでいた記憶があります。
――あの……多忙すぎます。
こぺ:僕の学校だと、みんなもれなく部活をしていたから全然普通(笑)。それこそ、中学入学と同時に自分を変えようと決意して、最初はバスケ部に入ってみたんです。でも、ルールが全然覚えられなくて、夏休みにやめちゃいました。吹奏楽部に入ったのはそのあと。小学校時代からの親友が吹奏楽部でフルートを吹いていて、僕のことも誘ってくれて。みんながあたたかく迎え入れてくれたので、楽しい3年間でした。
――ここからは、高校時代について振り返りをお願いします。数年前、YouTubeにアップしていた動画「【アイドルの過去!イジメ?不登校!壮絶な過去】」によると、ここがひとつ、人生の分岐点だったと。
こぺ:最初に入った高校を、夏休みで中退しました。いわゆる進学校で、入学と同時に大学の話が出てくる、勉強一辺倒な場所だったんです。勉強がそこまでできないはずなのに、中学の吹奏楽部の先生に勧められるまま受験したら、なぜか入れてしまって。最初の頃はクラスの友達とも仲よく、なんなら休み時間には僕の机のまわりにみんなが集まってくるほどだったんですよ。でも、それが徐々にみんなと距離が生まれるようになってしまって。
中学卒業時から、本心では芸能活動に打ち込みたかったけど、そこで成功する保証なんてないし。なんなら、芸能と学業を両立する時代でもあるし。かと思えば、入学した高校は進学校だから、芸能活動は一切禁止。勉強だらけな環境で「なんか思ってたのと違う」「高校生活って、もうちょっと遊んだり青春を充実させたりする時間のはずじゃなかったの?」なんて考えが、周囲とズレるようになっちゃったんですよね。今思えば、中学生の頃からもっと自分自身と向き合って、本当に入りたい学校を自分の意志で探して選ぶべきでした。周囲に流されるままの自分がよくなかったです。
――なるほど。
こぺ:とはいえ、「せっかくの高校3年間をこの場所で過ごすのはもったいない」と自分なりに考えて、両親に相談したうえで中退することができて。中退の時期もあって、別の高校に転入できず、半年間は自宅で過ごすことになったんですけど、そのあいだも父が「俳優になりたいなら、いろいろな本や映画にたくさん触れて勉強しなさい」と応援してくれたので、マイナスな時間にはなりませんでした。



















