荒居誠が初めて曝け出した自己 King Gnuでのクリエイティブ、個展で対峙した自分自身のための表現

 King GnuやMILLENNIUM PARADEなど、日本の音楽シーンを牽引するアーティストのアートワーク、ビジュアルデザインなどを手掛けてきた荒居誠が、初個展『SUPER PRIVATE ― 事実無言 ―』を7月28日まで開催中だ。同個展では、荒居の実体験をテーマに書き下ろしたネオンと絵画による全10点の新作を展示。これまでクライアントワークを中心に活動を展開してきた荒居だが、内から溢れる表現と初めて向き合い、“アーティスト・荒居誠”のありのままを曝け出した特別な作品が並んでいる。インタビューでは、荒居がアートをはじめたきっかけから今回の個展の制作エピソード、クライアントワークと私的な表現の違いなどを聞いた。(編集部)

「自分の筆というものがなかった」ーー初個展の制作で出会った新しい表現

ーー荒居さんは高校から美術を学び始めたとのことですが、そもそも絵に興味を持ったきっかけを教えてください。

荒居誠(以下、荒居):単純に小さい頃から絵を描くのが楽しくて好きでした。保育園の頃からずっと絵を描いていたんですけど、小学校に上がった頃から父親に「毎日デッサンをしなさい」と言われるようになって。父親自身は工場の技術者なので、まったく絵やアートについては分からなかったと思いますが、僕が絵にのめり込んでいるのを見て「もっと上達してほしい」という親心だったんだと思います。僕自身も親に褒められたい、認められたいみたいな気持ちでずっと続けてました。

ーー英才教育みたいですね。

荒居:とはいえ、父親は絵が描ける人ではなかったので、いろんな本を渡されて、それを見ながら独学で学んでいきました。「今日はこれを描きなさい」と課題のようなものを毎日渡されて描いていたんですけど、リアルなものを模写し続けるのってつまらないんですよ。それで小学生の頃、当時ハマっていた「デジモン」(『デジタルモンスター』)を自分なりに手心を加えて描いてみたんです。自分としてはよくできた絵だと思っていたんですが、父親に見せたらめちゃくちゃ怒られて。それがすごくショックだったのはいまだに覚えてます。

ーーそんな幼少期を経て、高校進学を機に美術を本格的に学び出すと。

荒居:小学生~中学生にかけてずっと絵のコンクールには出品していて、いつの間にか早く描けるようになっていたんです。それで高校も美術の学科のある学校を受験して、そこで油画を始めるようになり、大学からは工業デザインの学科に進学してカーデザインなどを学びました。

ーー絵画ではなく、工業デザインに進むのは意外です。

荒居:それも父親から「絵では食えないから、デザイナーになった方がいい」と言われたのがきっかけで。「デザイナーの花形はカーデザイナーだ」「年収1000万はいける」みたいな話をされて、今思うと父親も薄い知識で話していたと思うのですが、当時の僕はその話に素直に納得してしまって、大学の進路を決めたんです(笑)。

ーーお話を伺っていると、お父さんの影響をすごく受けていると感じました。ご自身で何かを表現したり、こういう作品を目指したい、みたいな願望はありましたか?

荒居:こういう作品を作ってみたい、というような気持ちを持ったことがなくて。クライアントワークも依頼主から希望のテイストを聞いて、それを自分なりに解釈して作品を仕上げることが主でしたし、その工程が自分の中では健全だと思っていて。ずっと受け身だったというか、これまでにインプットしてきた技法やツールを引き出しから引っ張り出して作品を作るような感覚があって、本当の意味での自分の筆というものがありませんでした。なので作品にも統一感がないんですよ。学生時代から興味が散漫だったと思うんですけど、その代わりになんでもできるようになりたいと思って学んできたところはあって。

ーーなるほど。であれば、今回の個展は荒居さんが初めて自分自身から生まれる表現を作品にしたということですか?

荒居:そうかもしれません。まだ自分の中で整理している段階ではありますが、絵との向き合い方としては、今まで得てきた情報や技法を排除することから始めたんです。どれだけ余計なものを削ぎ落とせるかが大事で、少しでも「〇〇っぽいな」と思ったものは全部やりなおす、みたいな。そういう試みをしました。ありのまま、素っ裸で表現にぶつかった結果が、個展に並んでいる作品だと思います。よくよく見ると一枚一枚の描き方も違っているんですけど、それはこういうものを描きたいと明確に決めずに、当時の感情と現在の感情をまぜあわせていく作業の中で生まれた表現で。

ーー初期衝動的な感覚なんでしょうか。

荒居:一歩引いて作品を見て思ったのは、「こう見せたい」「何かを伝えたい」みたいな雑念がない、スケッチのような作品だなと。僕はアート界隈のことは詳しくないのですが、だからこそ何かに対する闘争心もないですし、これを持ち味に勝負したいという気概もなくて。ただ、表現者としての土台を作っていく上で、自分自身がどういう人間なのかを整理しながら、寄り道をせずに最短距離で作品を作ったという感覚がありますね。

ーー個展のテーマはとてもパーソナルなものです。精神的な不調を経験し、警察に保護され、入院する様子がストーリー仕立てで描かれています。これは3年前の実体験ということですが、なぜこのテーマを選んだのでしょうか?

荒居:当時、自分はまったくネガティブではなく、むしろ気持ちとしてはずっと多幸感があった時期でした。実際は、それが精神異常の一種だったと思うのですが、その経験を誰かに語る気持ちにはずっとなれなかったんです。でも、僕の身に起こったことは、作家やアーティストに限らず、社会に生きるすべての人に共通することだと考えていて、言葉で語らずとも何かしら繋がるものがあるのではないかと思いました。それにその時の体験と記憶を包み隠さずに作品として昇華することは僕にしかできない。そうすることで表現者としても、一人の人間としても前向きな気持ちになれるような気がしたんです。

ーー言葉では語らないというスタンスが「事実無言」というタイトルにも繋がっているんですね。

荒居:このテーマを描く上で、余計な言葉はいらないと思いました。ただありのままを見せればいいんだと。それを突き詰めていった結果、「事実無言」という言葉にたどり着いた。僕自身は話さないけど、見せることはできました。僕としてはこのテーマに暗い感覚はなくて、見ている人には面白がってほしいんです、こういう状態だった僕自身を。今は普通に元気ですしね。

ーーとはいえ、困難だった過去と向き合うのは骨が折れるような気がします。最初に描いたのはどの作品でしたか?

荒居:最初にできたのはscene 4です。どの絵も一見殴り書きのように見えるかもしれないんですけど、この表現に行き着くまでに何度も悩んで、何度も書き直しました。何かを精密に描きたかったわけではないんですけど、その時の感覚をそのまま表現する上で、現在の自分と当時の自分を統合することにすごく時間がかかってしまって。ただ、このscene 4の場面に関しては、当時の自分自身も他と比べると冷静だったんです。今の自分の感覚にも近いので、記憶としても思い出しやすかったというか。構成を考えて習作は作っていたのですが、本番の作品作りの出発点はこの絵です。

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