稲垣吾郎に芽生えた父性、自分を探す草彅剛、香取慎吾が自覚する不器用さ――意外な“素顔”から見える人間性
「稲垣吾郎はミステリアスで美意識の高い大人男子」「草彅剛は天真爛漫な憑依型の天才俳優」「香取慎吾は何でもこなすパーフェクトビジネスアイドル」――。3人に対して、多くの人がこういった共通した印象を抱いているのではないだろうか。それが、いわゆる“パブリックイメージ”と呼ばれるものだ。
ときに、パブリックイメージは素顔を覆う仮面のように語られる。だが彼らの場合、それもまた長い年月をかけて築かれてきた、紛れもない本人たちの一面だと感じる。では、彼らにとって“素顔”とは何なのか。そんな問いを抱かせるのが、6月27日に公開された3人の主演映画『バナ穴 BANA_ANA』(正式表記はアンダーバーは穴の絵文字/以下、『バナ穴』)だ。
“わからないムービー”と銘打たれた本作では、絵画と現実の境界が次第に曖昧になり、やがて、観ているこちらの現実感まで揺さぶられていく。私たちが生きる現実の地図と、作品の中に広がるフィクションの地図が、いつの間にかつながってしまうような感覚になる。その不思議な揺らぎを生み出しているのが、3人が“本人役”を演じているという仕掛けだ。
公開初日に行われた公開記念特別イベントでは、稲垣が「稲垣吾郎を演じました、稲垣吾郎です」と挨拶し、会場が笑いに包まれた。そんなひとことだけで、その構図の面白さが伝わってくる。本作はドキュメンタリー映画ではない。そこには、脚本も演出も編集もある。そういう意味ではフィクションなのだが、“本人”というキャラクターを成立させているのは、私たちの中に積み重なったノンフィクションの記憶だ。これほど多くの人に3人のパブリックイメージが浸透しているからこそ、3人が本人役で主演する長編映画が成り立つとも言える。
⋱映画『#バナ穴 BANA🕳️ANA』⋰
公開記念特別イベントレポ🍌
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前作から8年経った理由、撮影の様子や『マジカルバナ穴』など大いに盛り上がった当日の模様をお送りします!https://t.co/jh7zpcN2Ft#バナ穴バナシ #新しい地図 #稲垣吾郎 #草彅剛 #香取慎吾 pic.twitter.com/3GkR653L5V— 新しい地図 (@atarashiichizu) June 29, 2026
しかし、同時に私たちは、彼らのパブリックイメージがすべてではないことも、どこかで感じている。それは、彼ら自身にもきっとある手触りなのだろう。人を楽しませようと選んだ振る舞いや、現場で求められてきた役割。そうした一つひとつの選択が周囲の記憶と重なり、パブリックイメージになっていく。その過程で「こんな自分もいたんだ」と気づくもの。それが、彼らにとっての素顔なのではないか――。そう感じられたのが、6月23日発売の『週刊文春WOMAN』2026夏号(文藝春秋)での香取のインタビューだ。
香取慎吾――“器用さ”の奥にあった不器用さ
「最近気がついたんですが、自分はすごく不器用な人間なんじゃないかって」と語る、その言葉に驚かされた。記事に「香取と仕事をするスタッフは、誰もが彼を『器用な人』として話す」と書かれていたように、少なくとも仕事をともにするスタッフの目に映る香取は、「仕事の段取りを理解し、先を見通して動いてくれる人」だ。だが香取は、舞台『新宿発8時15分』での日々を通じて気づいたのだという。本番前にみんなと「ワイワイしない」のは、そういうこだわりがあるからではなく、「できないだけ」。それも、雑談をすると芝居に影響が出てしまうように思えるから、できないのだ、と。
それは大河ドラマ『新選組!』(2004年/NHK総合)で、27歳にして主演を務めたとき、「最初に『全員に敬語で話そう』と自分の中で決めた」というエピソードにもつながってくる。たくさんのキャストと接する中で、先輩には敬語、同年代にはフランクに、と相手によって話し方を切り替える余裕がないと思ったからだという。そこには、老若男女を問わず親しまれる“みんなの慎吾ちゃん”という印象からは、少々意外にも思える一面がある。けれど、自分がブレずにいられるよう、あらかじめ線を引く。その自己管理のあり方を見れば、やはり“器用な人”でもあると言いたくなる。素顔とは、パブリックイメージを裏返す秘密ではなく、そのイメージをつくってきた見えない根でもあるのだ。
稲垣吾郎――人との関係のなかで、見えてきた新たな感情
稲垣もまた、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』を通じて、新たな自分との出会いを語っていた。稲垣といえば、自律した生活を好み、自分のスタイルを大切にする。その佇まいは、ときに孤高にも映る。そんな稲垣がインタビューで、以前は人のことをあまり考えるタイプではなかったとも振り返りながら「自分に父性が芽生えたように感じました」(※1)と語ったことがあった。一生懸命な若い人を「守ってあげたい」「引っ張り上げてあげたい」と感じるようになったという。
その変化とどこか響き合う姿は、レギュラーラジオ『THE TRAD』(TOKYO FM)でも見ることができる。若いアーティストをゲストに迎えると、今度は自分も呼んでほしい、ステージで一緒に踊ってみたいと、自分から交流の可能性を広げていく。そこにあるのは、年長者として一方的に若い世代を導こうとする姿ではない。彼らへの親しみとリスペクトが込められた、驚くほどオープンな提案だ。それは、隠れていた素顔が発見されたというよりも、年齢を重ね、年下のキャストやスタッフとの関わりが増えていく中で見えてきた、新たな感情なのだろう。素顔は発掘されるだけではない。周囲との関係の中で、新しい層が重なっていくものでもあるのだ。