鈴木真海子「“とりとめのなさ”こそが今の自分」 休養期間を経て、再び音楽へと向かうまで

鈴木真海子が、新曲「とりとめのないこと」をリリースした。
「雨と」以来およそ1年ぶりの新曲となる本作は、DJ FUMIYAが手がけたローファイでスペーシーなトラックの上で、日々の中に浮かんでは消えていく思考や風景をとりとめなく紡いだ楽曲。〈意味ないことたくさん〉〈正常も異常もわかんない〉〈知ろうとするから遠ざかってくことを知る〉といったフレーズには、休養を経た彼女の現在地が投影されているかのよう。昨年5月に休養に入り、今年にはchelmicoの活動休止も発表した鈴木。再び音楽へ向かうまでの時間、復帰後のライブで初めて感じた楽しさ、そして「もっと本当のことを書いてもいい」と思うようになった今の心境について、じっくりと語ってもらった。(黒田隆憲)
「休むのはすごく勇気がいることでした」休養中に救われた家族や仲間の存在

──休養期間に入ったのは、ちょうど昨年の今頃でしたよね?
鈴木真海子(以下、鈴木):そうですね。5月の頭くらいでした。その少し前からライブがかなり立て込んでいて。5月1日頃だったと思うんですけど、「ちょっともう動けないかも……」という状態になったんです。その週も、chelmicoの撮影の翌日に大阪でソロライブがあって、とりあえず行ったんですけど、自分でも「やばいな」と思うくらいうまくできなくて。それで「もう休みます」という感じになりました。
──当時は本当に忙しそうでしたよね。いろんな方とのコラボもありましたし、音楽的にも活動のフィールドをどんどん広げている印象があったので、ご活躍されているなと感じていた一方、体力的に「大丈夫かな」と思う部分もあって。
鈴木:ありがとうございます。あの時はchelmicoとソロ、どちらも同じくらいの熱量でやっていて、ライブの本数も多かったですし、ありがたいことにフィーチャリングで呼んでいただく機会もたくさんあったので、それが全部ギュッと重なっていたんですよね。それに、ずっと走り続けている状態にも慣れてしまっていて。自分の気持ちを後回しにしていたところもあるかもしれないです。「とにかく今は目の前のことをやろう」「そんなことで悩んでいる暇はない」みたいな。
私はもともと、ストレス発散は得意な方だと思っていたんです。ちゃんとご飯を食べたり、しっかり寝たり、そういう小さなことでリフレッシュできるタイプだと自負していたのですが、今振り返ると、それもあまりうまくできていなかったのかなと思いますね。
──結果的には、そこで思い切って立ち止まれたのは良かったのかもしれませんね。
鈴木:そうですね。休むのはすごく勇気がいることでした。レイチェルにも迷惑をかけることになるし。でも、家族やレーベルスタッフ、マネージャー、ピスタチオ(Pistachio Studio)のみんなが本当にサポートしてくれて。実家も近かったので帰ることができましたし、自分では「もう止まらなきゃ」「このままじゃまずい」と思っていたんですけど、周りから見ても止まらざるを得ない状態だったと思うんです。だから今振り返ると、あの時ちゃんと休めて良かったなと思います。
──休養期間中はどんなふうに過ごしていたんですか?
鈴木:本当に何もできなくなっちゃっていたので……何をしていたんだろう(笑)。あんまり何もしていないから、逆に記憶がないんですよね。できることが本当に少なかったんですけど、塗り絵をやったり、ビーズアクセサリーを作ったりはしていました。そのくらいかな。音楽やラジオも聴けないし、本も読めない。好きなお笑いを観ても、あまり入ってこないんです。笑うことはあっても、すぐ別のことを考え始めてしまうというか。
──家族がいてくれたのは大きかったのですね。
鈴木:本当に大きかったです。うまく食べられなくても、ご飯は出してくれるし、別の部屋で寝ていても家の中に人がいる。その安心感はすごくあったと思います。もし一人だったら、本当に危なかったと思う。うまく話せなくても、家の中では誰かが会話しているじゃないですか。その音が聞こえているだけでも良かったんだと思います。
あと、家族があまり深刻になりすぎなかったのもありがたかったですね。結構笑い飛ばしてくれる感じだったので。父親なんて、「まみちゃんには申し訳ないけど、一緒にいられて嬉しいよ」って言ってくれたりして。確かに考えてみたら、朝から晩までずっと家にいるなんて子供の頃以来なんですよね。学校もないし、遊びにも行かないし、本当に何もせず家にいるって、大人になるとなかなかないじゃないですか。
復帰後初ライブで初めて芽生えた感情
──再び音楽をやってみようかなと思えたのは、どんなタイミングだったんですか?
鈴木:音楽は絶対にまたやりたいという気持ちは最初からあったんです。ただ、その一方で「音楽じゃなくてもいいかもな」と思う気持ちもありました。たとえば公園の管理をする人とか、そういう仕事もいいなって考えたりしていましたね。でもやっぱり曲を作ることは好きなんです。日記を書くような感覚で、また曲を作りたいなという気持ちが少しずつ戻ってきて。それがだんだん強くなって、「じゃあ、またやってみようかな」と。
──それはいつ頃からですか?
鈴木:わりと早かったと思います。昨年の10月頃には、もう「曲を作りたいな」という気持ちが出てきていました。
──休養前と比べて、音楽との向き合い方に変化はありましたか?
鈴木:もともと好きなことしか書いてこなかったんですけど、今はもう少し本当のことを書いてもいいのかな、と思うようになりました。休んでいる間もずっと日記を書いていたんですけど、それまでは「こういうことを書いた方がいいのかな」とか、無意識に考えていた部分もあった気がするんです。別に暗いことを書きたいわけじゃないんですけど、もっとオブラートに包まなくてもいいのかな、と。以前よりも、音楽を軽いものとして捉えられるようになったというのもあったと思います。
──休養中も日記はずっと続けていたんですね。
鈴木:はい。日記に加えて、「できること」と「できないこと」を記録するグラフもつけていました。調子が落ちている時は、本当にできないことが増えるんですけど、それを続けていると「あ、この波がまた来るな」みたいなことが見えてくるんですよね。そこに日記も重ねると、さらに自分の状態がわかりやすくなって。
──今年4月にWWWで行われた、復帰後最初のライブはいかがでしたか?
鈴木:めちゃくちゃ楽しかったです。実は私、これまでライブが大好きだったかというと、そうでもなかったんです。もちろん嫌いではないんですけど、終わったあとに「あそこはこうした方が良かったな」と反省することが多くて。それも大事なことだとは思うんですけど、ライブを純粋に楽しむというより、どこか課題を探しながらやっていたところがあったんですよね。
でもこの1年で、緊張する感覚すら忘れていて。会場では階段を降りてステージに向かうんですけど、その時に「ああ、そうだそうだ」って思い出したんです。バンドメンバーがいて、いつものPAさんがいて、会場のスタッフがいて。今まではそれが当たり前だったけど、全然当たり前じゃなかったんだなって。その瞬間にすごく胸が熱くなって、「ライブ楽しみだな」って、初めて心の底から思えたんです。
本番直前になっても意外と緊張しなくて。スタッフのみんなもすごく盛り上げてくれたし、ライブ自体も本当に楽しくて。今までも自然体でやっているつもりでしたし、ファンの方にもそう言っていただくことは多かったんですけど、たぶんあの日は今までで一番自然体だったと思います。自分でもそう感じたし、周りからもそう言われました。だから、人前に立つことやライブに対して持っていたネガティブな感情が、すごく薄くなった気がします。本当にいいライブでした。
鈴木真海子、穏やかな時間の中で踏み出した活動再開の第一歩 STUTSとの2マンライブをレポート
鈴木真海子とSTUTSによる2マンライブが4月9日、渋谷WWW Xにて開催された。鈴木にとって昨年5月の活動休止発表以来、約1年…──真海子さんは、ご自身に対して厳しいところがあるんでしょうか。
鈴木:どうなんでしょうね(笑)。たぶん、悪い意味でストイックになるスイッチが入りやすいところがあったのかもしれません。自分ではそんなつもりはなかったんですけど、休養中に人と話しながら「ああ、少し完璧主義なところがあったんだな」と思うことはありました。ただ、自分ではあまり自覚していなかったですね。
──chelmicoの活動休止も、大きな決断だったと思います。
鈴木:そうですね。ライブもやらないまま休止することになってしまったので、申し訳ない気持ちもあります。だから、またいつかちゃんとやりたいなとは思っています。
ただ、自分の中で「ライブをやろう」「音楽を再開しよう」と思った時に、急にchelmicoの元気なテンションに戻れるかというと、正直まだ難しいなとも感じていて。一方でレイチェルもソロ活動を始めたり、DJをやったりしているので、一度それぞれが自分自身の音楽と向き合ってみるのもいいんじゃないかと思ったんです。「お互いに力をつけて、また集合しようよ」という話を私からして、レイチェルも「いいね」と言ってくれて。だから今は、一旦休憩という感じですね。























