G-FREAK FACTORY、己を刷新し続ける“不変のカウンター精神” 初のリクエストライブで照らした原点と未来
“新鮮”という2文字は、G-FREAK FACTORY(以下、G-FREAK)には似つかわしくないのかもしれない。レベルミュージックの軸を一切ブラさず、地元・群馬に腰を据え、言いたくても言いづらくなってしまった世の中へのフラストレーションを先陣切って代弁し続けてきた約30年。そんな在り方は、SNS時代においては燻銀のようなものかもしれないが、G-FREAKはその役割をどこまでも現場で全うし、時代のカウンターとしてのロックを体現してきたバンドだ。変わりゆく時代、未来が不安定な時代に、そんな“変わらない存在”がいてくれることは希望そのもの。だからこそ、この日垣間見えた“新鮮さ”にはいい意味で驚かされた。
5月24日、『G-FREAK FACTORY Re:WILD Re:VIVE TOUR』の最終日、Spotify O-EAST公演。なんとこの日は、オーディエンスからの事前投票で募った楽曲を披露する、初のリクエスト形式のセットリストでライブが行われた。一般的には珍しいやり方ではないが、世間のムードに対してどんな音と言葉で“刺していくか”への強靭な意志があるバンドだからこそ、リクエストを募るのは少々意外だった。だが、レア曲満載の新鮮なセットリストから感じたのは、紛れもなくG-FREAKのライブであったということ。そして、結成30周年の節目を目前にして、もう一度G-FREAKのアイデンティティを自らの手で確かめ直そうとしているのではないかということだった。
原田季征(Gt)、吉橋“yossy”伸之(Ba)、Leo(Dr)の3人が定位置につき、最後に茂木洋晃(Vo)がゆっくりとステージセンターに歩みを進めたところでライブは幕を開ける。興奮の拍手の後にスッと訪れた静寂。1曲目は「いつの日か」。茂木のアカペラに、次第にギターのアルペジオが重なっていく。歌われるのは〈住み慣れた水は それぞれ違えど/耐え忍んで 泳げれば/そして いつの日か/同じ一つの 自由な海が 見えるのさ〉という変わらない願い。それは同時にG-FREAKを聴き続けてきた者たちの願いでもあり、分断や細分化が加速する現代においてもロックバンドには〈同じ一つの 自由な海〉を歌っていてほしいのだ。リクエストライブが「いつの日か」から始まったこと。それはバンドとオーディエンスの切実な想いの重なり合いだったのかもしれない。
続けて、原田のアグレッシブなギターリフでアジテートする「FLARE」、大地を裂くように突っ走る吉橋のベースに歓声が集まった「乞え -KOE-」、Leoのドラムが躍動感を加速させていく「SOMATO」を聴いて、バンドの切れ味がますます研ぎ澄まされていることを体感したのも束の間。多畠幸良(Key)を含めたジャジーなセッションナンバー「DAYS(#29)」、軽快なレゲエナンバー「アメナキニジハナシ」でクールダウンさせつつ、そこからは怒涛のミドルナンバーゾーンへ突入した。
「隠り唄(コモリウタ)」「ONE’S FLOWER」「オレンジの街」、そして「風林花山」。どれも近年あまり演奏されていない曲ばかりだが、たとえ太陽が遮られてもわずかな光を頼りになんとか咲こうとする花の強さ、どんなに辛くても懸命に前を見続けることの美しさが、確かに垣間見えたような気がした。〈上を向く事は/まだ難しい時代〉(「隠り唄(コモリウタ)」)でも、〈一人一人が大地と空の花々〉(「ONE’S FLOWER」)であることを忘れず、〈あなたの場所で咲いて欲しい〉(「オレンジの街」)。レベルミュージックを貫き続けてきたバンドもまた、人間としての苦くて、時に楽しい日々を1日ずつ生きてきたのだ。まるで聳え立つ山々も、雨風に耐えながら必死で生きている木々や花々の集まりであるかのように。そうやって生命そのものを綴ってきたマインドが、バンドの根幹を射抜く「風林花山」へと直結していく流れは素晴らしかった。
その後も「風」「月影」「呉々も日の暮れと」とメロディアスな歌モノが続く。イントロが流れるたび「おぉ〜」というどよめきに似た歓声が起こるが、そこで再認識させられたのはG-FREAKが奏でるイントロの美しさだ。多畠のピアノがしっとりした空気を呼び込む「風」、ジャズ歌謡の如くムーディな世界観がライブハウスを包み込む「月影」、ギターのアルペジオをリズム隊が力強く支える「呉々も日の暮れと」。先述した楽曲たちもそうだが、楽器隊の哀愁が歌の情景描写を一層引き立てる。G-FREAKをパンクやミクスチャーのバンドと一言では形容できない(と同時にパンクやミクスチャーのスピリットを強烈に感じさせる)理由の一端も、そうした音楽的な深みとバリエーションにあると言えるだろう。
いわゆる代表曲でなくとも、往年のファンが歌とメロディそのものに魅力を感じていることがわかったのもリクエストライブならでは。「リクエストなんてやるもんじゃねえな(笑)」なんて冗談を混じえつつ、「(代表曲の)『ダディ・ダーリン』をやらないフェスがあってもいい」と、あえて蓋をしていた姿に希望を感じたと語ったのは茂木自身だ。リクエストという言葉を借りつつ、原点に立ち返った瞬間。絶えず己を刷新して研ぎ澄ませ続けるカウンター精神で、G-FREAK自身の在り方をも焚きつけてみせた。
そして後半に向けて流れを変えていったのもまた、最強のイントロを持つ1曲「Too oLD To KNoW」。あのベースラインに導かれるように、〈生きてるって証のその声〉がO-EASTの天井を突き破るようにこだまする。「Fire」「EVEN」「チャンダンの香るこの部屋から」……とライブはますます熾烈を極め、本公演の白眉と言ってもいい「島生民」へ。ここで歌われている戦争、権力闘争、ネット社会などへの皮肉は、20年以上経っても全く変わっていないどころかよりシビアな現実味を帯びてきており、現代に有効な警鐘であることにゾッとする。しかし同時に、不完全で不器用だからこそ、手を取り合わないと前に進めない人間という生き物をG-FREAKは祝福する。本編を締め括ったのは、“島国日本のレゲエ”として「島生民」と対をなすような「SUNNY ISLAND STORY」。何かに惑わされても信じていたい自分自身への誇り、立ち止まれない衝動、出会いへの感謝。“本当のこと”を歌うことに対して絶対に妥協しないG-FREAKの歩みを照らすような1曲だ。
「バンドマンが戦争反対って言わないで誰が言うんだよ」――そんな茂木のMCが象徴するように、当たり前のことこそ言い続けなければ届かない時代に、その役目を真正面から引き受けること。どんな時もアクションを止めず、“立ち向かうこと”そのものの意味を体現すること。生粋のロックバンドとしての一挙手一投足が、こんな世界をギリギリのところで踏ん張って支えている。アンコールでは彼らに共鳴する同志、TOSHI-LOW(BRAHMAN/OAU)が「ダディ・ダーリン」の2番でサプライズ登場。心底驚いた様子で笑みをこぼす茂木に対し、「俺たちの生活もリクエストでできている。戦争に行く未来か、はたまたそうじゃないか。俺はG-FREAKと生きる未来をリクエストする」というダメ押しのMCで完全に空気を掌握したTOSHI-LOW。もはやさすがとしか言いようがないが、彼もまたカウンターとしてのライブハウスシーンを生かすために、自身の生き方と対峙し、磨き続けてきたひとり。茂木とTOSHI-LOW、G-FREAKとBRAHMAN。彼らが最前線に立ち続けていることが、日本のライブハウスシーンにエネルギッシュな活力が溢れていることの要因の1つであるのは間違いない。
この日の最後には、G-FREAK初のアコースティックアルバムのリリースと、それに伴う全国ツアーが解禁された。これも結成30周年に向けた企画のうちの1つということで、今後への期待が高まるが、これだけキャリアを重ねてきた中でも、“自身初”に果敢に挑戦するのは決して簡単なことではない。だが、繰り返し述べてきたように、それこそがG-FREAKのカウンター精神。大切なものを守るために変わらないマインドを貫き、音楽としての深みとパンクの鋭敏さを追求しながら、G-FREAKは30周年というアニバーサリーに向かって歩みを進めていく。