大森元貴、「催し」MVで発揮した総合監督としての才 混沌とした世界でも止まらない、鮮烈なダンスパートが示す“希望”

大森元貴と群衆のコントラストから浮かび上がるもの

 だが、何よりも興味深いのは、そうした明確なビジョンを持つ一方で、大森が「最終的にはバイブスを重視する」という指針を持っていることだろう(BTS動画内のインタビューでは、今回のクルーについて「発想があって、着手して、最後にもう1回バイブスに戻って撮れるみたいなのがすごく心強かったし、とても楽しかった」と語っている)。それは言い換えれば、クリエイターや周りの人々との共同作業(あるいは繋がり)を通して生まれた“新たな何か”こそが、最も重要であると捉えていると言えるのかもしれない。

 大森の背後を彩る喧騒の中で僅かだけ映る、公衆電話を出たウサギの着ぐるみ姿の人物が悲しみに暮れて座り込む姿は「(鮮やかに見える世界の)誰もが能天気でいるわけではない」という事実を浮かび上がらせる(さらに、その顔が見えることはない)。サプライズに沸き立つ人々につい視線を移そうとしたカメラを、冷めた眼差しのまま元の位置へと戻す大森の姿からは、「(こちら側から)目を離すな」という強固な意志を感じさせる。それは、私たちが生きる現実という喧騒の“細部”を体現したものであり、そうした一人ひとりの姿を大森は決して見逃さない。

Motoki Ohmori –「催し」MV Behind The Scene

 そして、ソロでもMrs. GREEN APPLEでも、これまで多くの楽曲にダンスを取り入れてきた大森だが、「催し」において振り付けが用意されているのは、最後のサビを終え、アウトロへと向かっていく最中に流れるコーラス部分のみとなっている。

〈食う喰われる/世は報われる?/かなしいかな/打つ 夜の鼓動/麗しい景色に奪われる/たのしいかな/明日の催し〉

 細部まで描き抜かれた振り付けが、一つひとつの歌詞を鮮やかに体現していく。音源だけ聴くと、どこか遠くを見つめながら歌っているかのように聴こえていたパートだが、MVでは怒涛のように押し寄せてきた群衆とともに、想像を超えるほどのアグレッシブな動きで、これらの言葉をこれ以上ないほどに強調する。それは、実際には決して遠くを見る余裕などない、どんな瞬間でも必死に生き続けざるを得ない私たちの姿を表しているように思えてならない。だが、その中でも大森はあくまで凛とした眼差しと涼しい表情を貫き、軽やかに踊り続けていて、そのコントラストが楽曲をより鮮烈なものとして印象づける。

 後半のパートではどこかやわらかな動きが表れるようになり、〈たのしいかな/明日の催し〉の部分では、まるで観客を沸かせるかのようなキメの動きでクライマックスを飾って見せる。混沌の中で、このわずか数秒間だけ、「この世界を楽しんでやろう」という希望が見えたのは、果たして筆者だけだろうか。そうして、人々は散り散りになっていく。

 冒頭で引用した言葉に続いて、Jimmy Vi監督は次のように語っている。

「何かを欲しがっていて、それを手に入れる方法を知っていて、手に入れるまで止まらない。(中略)彼が自分の人生で何を欲しがっていようと、彼は前進し続けるだろう。誰も彼を止められない」

 まさに、大森は“方法を知っている”。だが、それは決して一人だけで実現できるものではない。それを手に入れるために多くの共鳴するクリエイターや人々を束ねて、新たな力を手にしながら、これからも彼は混沌の世界の中で、楽しみながらひたすら前へと進み続けるのだろう。

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