嵐に救われた音楽家としての人生 「Still...」「いつまでも」作者 多田慎也が語る、5人がくれた“奇跡”

「Still…」はアイドルが歌うには切なすぎるーーファン一押しの名曲が生まれるまで
ーー次に提供されたのが、同じく2007年にリリースされた20枚目シングル『Happiness』の収録曲「Still...」です。これはカップリング曲の人気投票1位に選ばれるほど、多くの人に支持されています。
多田:僕は作家としてデビューできたこともあり「もっとクオリティの高いデモを作らなければ」と思い、打ち込みに力を入れるようになったんです。そしたらディレクターさんから「嵐のチームには腕のいいアレンジャーがいるんだから、君はメロディと歌詞に集中してほしい」と助言をいただきまして。そこで「Still...」と二宮和也さんのソロ曲「虹」は、ピアノ一本でデモを作ったんですよ。オブリと言って、追っかけのメロディはピアノで刻みますけど、ドラムをどうこうとかアレンジを考えるよりは、メロディや歌詞に注力して書いた記憶があります。
ーー「Still...」は歌詞と曲が同時に採用されたんですか?
多田:そうではないんです。当時からベルトコンベアーのような分業制で、作詞家、作曲家、編曲家はその場ごとに登場します。まずはコンペでメロディが決まるんです。メロディが決まったら、アレンジャーさんがアレンジをして全体像を作る。その後に、仮歌担当の方が歌を入れる。そのデモを元に、今度はコンペで歌詞を募る。「曲が採用されたよ」と言われて喜んでいたら、自分の書いた曲が歌詞のコンペとして回ってきて。「これは僕が書いたメロディだし、必ず歌詞も勝ち取るぞ」と思って頑張った結果、曲と詞で採用していただけました。
ーー歌詞はどんなことから着想を得て書かれたのでしょう?
多田:嵐さんほどのグループなら、ドラマの主題歌やCMなど、何かしらのタイアップがつくことがほとんどですけど、この曲はそうでなかったんです。だから「絶対にこのワードを入れてほしい」というリクエストもなかったので、比較的自由に書かせてもらったと思います。あと、当時はメンバーのパーソナリティが前に出始めた時期だったと思うんです。「嵐というグループが今キテるらしい」というフェーズを通過して、一人ひとりのキャラクターに国民が目を向けるようになっていた。「Still…」はアイドルが歌うには切なすぎるというか、深さがある。大々的に売れたり評価されたりするのは難しいだろうな、と思いながらも、でも彼らに似合う曲を意識して「5人はこんなことを思ってるだろうな」とイメージして作詞しました。それを支持していただけているのは、アイドル然とした曲以外もリスナーにリーチできるグループだからこそ。嵐という存在の深さや広さに改めて感激しましたね。
ーーそれ以降も多くの楽曲提供をされていますが、多田さんの中で印象深い楽曲はどれでしょう?
多田:先ほどお話しした「虹」ですね。これは作家としてのターニングポイントなんです。「メロディ職人にならなきゃ」「自分が求められているのはこれだろう」と思って書いた曲だったので、音楽との新たな向き合い方を見つけるきっかけになりました。あとは、2009年の相葉雅紀さん主演ドラマの主題歌で、28枚目シングルの「マイガール」。僕としては(2018年リリースの)「君のうた」と兄弟のような曲だと捉えています。相葉さんの声って明るいし、キラキラしてるけど、どこか切なさがあるんですよね。そんな相葉さんの魅力的な歌声に合う曲になったらいいな、と思って書きました。
ーーほかの4人の歌声については、どんな特徴があると思いますか?
多田:大野智さんは、非常にアーティスティックですね。鋭さや強さ、そして繊細さが共存してる声だと思います。松本潤さんはクールでセクシーさがありながら、少年っぽさもある。その純粋さが声の魅力に思います。二宮さんはエンターテインメント性がとても高くて、曲に合わせて自在に表情を変えられる方。明るさや艶も巧みにコントロールされていて、楽曲ごとにまったく違う顔を見せてくれます。櫻井翔さんはラップも含めて、歌詞の解像度が非常に高い。個人的には、5人の中で最も言葉が伝わる歌い手だと思っています。歌詞が描く景色をしっかりと捉えているからこそ、言葉の奥にある映像まで届いてくるようで、強い説得力があります。
ーーそんな個性の異なる5人のユニゾンに対して、どんな印象をお持ちですか?
多田:独特の瑞々しさと清々しさがあって、唯一無二の響きですよね。ライブで聴いたときにまず感じるのは、そのユニゾンの美しさです。
ーー多田さんが観に行かれたライブというのは?
多田:「君のうた」を出したタイミングもそうですし、アリーナ公演も行きました。嵐さんのライブを観ると、これがエンターテインメントの最高峰だなと思うんです。とにかく一人ひとりの心配りがすごくて、ステージから席が離れていても近くまで来て歌ってくれる。それと、途中で長めのトークをされるコーナーがあるじゃないですか。出演した番組の裏話とか、ステージやグループに対する深い部分のお話も聞けて「今日、来てよかったな」と思える。観客全員の心を満たすライブをされているし、毎公演で何を伝えたいのかコンセプトがハッキリしているから、その世界観を堪能できるんですよね。
ーー嵐と関わる以前と以後で印象は変わりました?
多田:変わらないかな。僕は小さい頃から光GENJIさんと彼らに楽曲提供している作家の曲が好きだったんですよ。嵐さんがデビューされたときは「光GENJIの再来だ」と思った記憶があります。それだけ胸がときめきましたね。ぜひ曲を書きたいなと思ったけど、自分には手が届かない雲の上の存在。その印象は曲を提供させていただくようになってからも、変わってないです。あと、5人とも品があるんですよね。みんなすごい個性を持っているけど、それぞれが嵐の品性を守ってる感じはデビュー当時から変わらない魅力に思います。
嵐から教わったこと「不可能はない」
ーー改めて、多田さんにとって嵐はどんな存在ですか?
多田:恩人であり、僕の音楽人生を始める機会をくれたグループですけど……うーん、言い尽くせないですね。そもそも僕は曲を書いて、その曲がどうなっていったのかを知ってる一人ですよね? 要は一人のしがない歌書きが書いた曲を、何千倍や何万倍にもしてくれた。嵐さんが歌わなかったら、ここまでの楽曲になっていなかったことを身をもって知ってる。だからこそ、嵐さんがどれだけ大きなグループなのかを分かっているつもりです。今、僕は青森に住んでいるのですが、嵐さんのファンクラブ会員数は青森県の人口よりも多いんです。いたるところにファンの方がいて、さまざまな立場の方が嵐さんを支えている。そういう方達と、嵐さんの楽曲を通じてお近づきになれたり、一緒にお仕事できたりすると、本当にどれだけ多くのものを与えてもらったんだろうなって。感謝してもしきれない存在ですね。
ーーそれだけ嵐の存在が、多田さんの人生を大きく変えた。
多田:そうなんですよ。こんなにも曲を育ててくれるアーティストって、ほとんどいないと思うんですよね。大事にしてくださっているし、「ファンはアーティストの写し鏡だ」なんて言いますけど、嵐ファンの方達ってグループのいろんなものを大事にしている。2019年に活動休止を発表した嵐さんに対して、みんなが5人の意向に納得できたのは、それだけの信頼を築いてきたから。大袈裟ではなく、嵐さんが日本を元気にしてくれた。5月31日に活動終了されますが、こんな素晴らしいグループに関われたことを誇りに思います。
ーー最後は、多田さんご自身の今後の活動を教えてください。
多田:僕は嵐さんから「不可能はない」ということを教わった、と思っているんです。約20年前、彼らなら誰にだって楽曲を頼めたのに、実績も何もなかった僕の曲に目をつけてくれた。僕の曲を採用しても何の得もなかったはずなんです。それでも純粋に「この曲がいい」と選んでくれたのだとすれば、感謝してもしきれないです。音楽といえど芸能界じゃないですか? 正直言って、公平にジャッジしてもらえると思っていなかったんですよ。
ーーネームバリューや代表作を持っている人に曲を書いてもらった方が、注目されますもんね。
多田:そうなんです。でも奇跡が起きた。いや、起こしてくれた。そう考えると人生に不可能はないなって。今は、青森で王林ちゃんが所属していたりんご娘やライスボールなど、アイドルとアーティストのサウンドプロデュースをやっていまして。りんご娘は5月16日に弘前市内のはるか夢球場で、約1万人を動員するライブを開催します。青森の人たちが地元を誇りに思えるような、地域振興になる楽曲を手がけていくことを1つの指針にしています。作家という仕事をしてる限り、ヒットやブレイクからは逃れられないし、そこを狙うのはもちろんですけど、それとは違った形を目指していくのもいいかなと。人々の暮らしのそばにある地域に根ざした音楽。そんな文化を青森から育てていきたい。遠い夢かもしれませんが、そう思えるのは嵐さんが僕を拾い上げてくれたからなんです。






















