BTS「自分たちは何者か」――7人が向き合った命題 別離と帰還からの出発、東京ドーム公演完全レポート
アルバム『ARIRANG』が問いかけた「自分たちは何者か」という命題を、BTSは東京ドームに刻みつけた。2026年4月17日、『BTS WORLD TOUR 'ARIRANG' IN JAPAN』の初日。世界34都市、全85公演を巡るグループ史上最大規模のツアーが、日本の地に降り立った瞬間だ。BTSが来日公演を行うのは約7年ぶり。兵役とソロ活動を経て完全体として再始動した7人が、日本のARMY(ファンの呼称)の前に帰ってきた。その事実だけで、この夜がただの公演ではないことは明らかだった。
実際、開演前からドームの空気は尋常ではなかった。5万5000人のARMYが埋め尽くした客席は、まだ幕が上がる前からひとつの生き物のように脈動していた。韓国の伝統音楽が低く鳴り響き、ステージ上方のスクリーンには水墨画とハングルが流れる。会場はすでに、『ARIRANG』の世界の只中にあった。
その磁場を支える器として、今回の演出が選んだのは客席との境界線を最大限に取り払った“360度ステージ”だ。どの席からでもアーティストの熱量をダイレクトに受け取れる設計は、会場をあらゆる角度から包み込んだ。その中心に、この夜の世界観を体現する建築物があった。ステージの中央に据えられたのは、朝鮮王朝時代に景福宮で国賓を迎える宴の場として機能した慶会楼をかたどったパビリオン。韓国の伝統的な“宴の場”の思想が、現代のライブ空間へとひそかに接ぎ木されていた。また、床面には国旗“太極旗”のデザインが落とし込まれ、サブステージは太極旗の四隅にあしらわれた“乾坤坎離”――万物の調和を象徴する哲学的紋様――として設えられている。
これらは単なる意匠ではない。最先端のサウンドと韓国のルーツが衝突しながら融合する。そのアルバムの精神が、ステージの造形として具現化されていた。どこからきたかを知ることで、どこへでも行ける。BTSが『ARIRANG』を通じて示した確信の視覚的な実装が、そこにあった。
そんな確信を証明するかのように、開幕のビートが鳴り響いた。オープニングは「Hooligan」。巨大な旗を掲げたダンサーがステージへ走り込み、花火が上がるなか、メンバーの姿が次々とスクリーンに映し出された。そのたびに会場の温度が一段ずつ上昇していく。RM、Jin、SUGA、j-hope、Jimin、V、Jung Kook――7人が揃って舞台に立つ。その単純な一点に、この夜が持つ意味のすべてがあった。
次の「Aliens」では、地を這うようなビートの上に7人のアイデンティティへの宣言が乗り、会場が一気に引き締まる。3曲目の「Run BTS」は、長い不在と再集結を経た今のBTSにとって「どこまでも美しく走り続ける」という誓いそのものだった。彼らがどこからきたかを思い知らせるこの選曲に、早くも今夜の設計図が透けて見えた。Jung Kookがドローンカメラをつかんで自らの目線を直接スクリーンに映し出す噂の演出が、その熱をさらに引き上げる。
「they don't know 'bout us」では韓国古来の仮面“タル”をモチーフとした映像表現が、小型モニターを手にしたダンサーたちを従えて展開された。外部から投げかけられる視線や偏見を視覚的に撹乱するその構成は、アルバムにおいてj-hopeが「アジアのなかでも特別な存在、でも所詮7人の人間だ」と言い放つ歌詞の射程をステージ上に移植したものだ。記号に還元されることへの静かな抵抗が、細部にまで行き渡っていた。その緊張が一転して解き放たれたのが「Like Animals」だ。拘束からの解放という衝動が、全身から爆発する。
続いて「FAKE LOVE」。BTSの軌跡を語るうえで欠かせないこの曲が鳴り出した途端、Jiminが場を仕切るように声を上げるとドーム全体が一斉に応えた。7年のあいだ、何度聴いたかわからない。それでも今夜のARMYは、まるで初めて聴くような興奮でステージに向かっていく。ドームを満たしたリフレインの合唱は、5万5000という塊ではなく、5万5000人それぞれの声として、胸に届いた。
「FAKE LOVE」での大合唱と、直後の「SWIM」が作り出した振れ幅は、この公演の中枢を成していた。喧騒が収まる間もなく、青い光と白い布が会場を水底のように変え、7人がそのなかを漂うように動く。あれほどの熱気の直後に、深い静けさが訪れる。その対照的な落差が、かえって双方の密度を際立たせていた。波に飲まれるのではなく、自分のリズムで泳ぎ続ける――「SWIM」が持つその穏やかな意志が、熱を帯びた空間のなかに確かな浮力を生んでいた。アルバム『ARIRANG』で中間に置かれた鐘の録音「No. 29」――聖徳大王神鐘の音の余韻を1分半以上にわたって収めた、音楽とも言えないトラック――が果たす役割を、ライブでは「SWIM」が担っていたのかもしれない。
「Merry Go Round」の宙に溶けていくような歌声で前半が締められた時、ただ盛り上がるだけが目的ではない公演の輪郭がくっきりと浮かび上がった。抜け出したいのに抜け出せない日常のループ、降りられないメリーゴーラウンド――そのテーマを歌いながら、7人は実際に回転するステージの上をゆっくりと歩く。曲と演出が重なり合うその眺めは、すでに観客を深遠な場所へ誘っていた。
後半を切り開いたのは、「2.0」だ。ライブの転換点を印象づけるように、ダンサーたちが太極旗の陰陽太極図を描き、7人がその円を割って登場した。韓国固有の調和の理念を今日のポップミュージックへと接続するというアルバムの核心が、そのかたちで目の前に立ち現れた。メンバー全員のシンクロしたダンスパフォーマンスの凄みに会場が圧倒されたまま、「NORMAL」へ。華やかなスポットライトとその裏に潜む虚無感と恐怖、それらを「これが俺たちの普通だ」と言い切るこの曲が、東京ドームという頂点の舞台で鳴り響く逆説的な重さは格別だった。
そこへ畳みかけるように、「Not Today」と「MIC Drop」の連打がステージをさらなる沸点へと押し上げた。BTSが積み上げてきた10年を超えるキャリアが、この2曲に凝縮されているかのようだ。「Not Today」で火がついた会場が、「MIC Drop」の一音で弾けた。メンバー一人ひとりの名前を呼ぶ掛け声がドームに響き渡り、7人があのダンスを刻み始める。待ち焦がれた光景が、ついに眼前にある。それだけで会場は曲の間中どよめき続けた。反骨のエネルギーは長い時間を経ても、一切薄まっていなかった。
「FYA」では4つのサイドステージにメンバーが散り、ジャージークラブのビートが東京ドームを席巻する。噴き上がる火柱と地鳴りのような熱狂が会場をダンスフロアへと変容させたまま、継ぎ目なく「Burning Up (FIRE)」へ。同じ「ファイヤー」をタイトルに冠した2曲がひとつながりの流れとして接続された時、2016年と2026年が音楽の構造として重なり合った。それは単なるセットリストの妙ではなく、グループの歩んできた時間の重さを身をもって浴びるような体験だった。曲が終わると、全力を燃やし尽くしたJiminとJung Kookがステージに崩れ込んだ。それ自体が、このメドレーの濃さを物語っていた。
ひと息ついたところで、アルバムの冒頭を飾る「Body to Body」が始まった。曲が終盤に差し掛かった時、600年の歴史を持つ民謡「アリラン」のメロディが切り込んでくる。現代的なサウンドの奥からかつての記憶が姿を現すその時、ドームという巨大な共鳴体がアルバムの比ではない広がりで響いた。観客の声がメロディをなぞり始める。単なる合唱ではない。別離と哀愁を歌いながらも、苦難のなかを前へ進むたくましさを宿したこの民謡を、7人とともに会場全体が宴の場で歌う。その対比の鮮やかさが、アルバムタイトル『ARIRANG』に託された真意を照らし出していた。ドキュメンタリー『BTS: THE RETURN』(Netflix)で「アリラン」の扱いを巡る議論を知る者にとって、この場面は明確な回答にほかならなかった。
続く「IDOL」では、メンバーたちがステージからアリーナへと降り立ち、大勢のダンサーを引き連れて観客のあいだを行進する。360度ステージというコンセプトが、ここで完成形を見せた。アーティストとの隔たりが消え、会場全体が祝祭の広場へと変貌する。慶会楼になぞらえた舞台装置は、ただの装飾ではなくこのライブ空間の本質を規定する思想的な骨格として、この時最も鮮明にその意味を現した。
メンバーが一旦ステージを離れると、スクリーンにファンたち各々が持ち寄った手作りのメッセージボードが映された。7年分の想いが画面のなかに溢れる。それを受け取るようにしてBTSが再び姿を現し、『ARIRANG』のDeluxe Vinyl盤のみに収録されたシークレットトラック「Come Over」を披露した。SUGAがプロデューサーのひとりとして名を連ねるこのARMYへの私信のような曲は、道に迷った局面でも最終的に“あなた”を探し続けるという内容だ。ずっと帰りを待ち続けたファンと、ステージの外でも彼らのことを思い続けていた7人。その双方の時間が、曲のなかでひっそりと結ばれていた。
「皆さんの隣の家の犬のポチでも知っている曲です」というRMのユーモラスな紹介で始まったのは「Butter」。そして、「Butter」で沸き上がった勢いを保ったまま「Dynamite」へ雪崩れ込み、ドームが激しく揺れる。全米チャートを制した2曲を惜しげもなく叩き込む底知れない余裕が、ポップアクトとしてのBTSの強度をまざまざと示した。公演ごとにサプライズで届けられる2曲は、カムバック直前の今年2月にMVの再生回数が8億回を突破したばかりの「Save ME」と、日本独自企画として制作されたウィンターソング「Crystal Snow」。「Save ME」ではJiminとVのふたりの寸分違わず重なるダンスが、「Crystal Snow」では長い日本語のバースをよどみなく決めたRMのラップスキルが、それぞれ割れんばかりの歓声を引き出した。
ライブが終幕に近づくなか、7人は回転するステージの上に並んで座り、ひとりずつ今の心境を語り始めた。RMはコロナ禍以降、プライベートで何度も東京を訪れていたと話した。数え切れないほど日本にきたが、一度も旅行者として街を歩き回ったことはなかった。路地を歩きながら、ここに暮らすARMYのことを思った。その話を、今日ただ伝えたかった、と。韓国の伝統文化を全編に打ち出したこの夜の締めくくりに、日本という街とそこに生きる人々への眼差しをさりげなく差し出すRMという人間の誠実さが、あらためて胸に刺さった。
そのあと、j-hopeが「重い話になるかもしれない」と切り出した瞬間、会場の空気が変わった。日本到着直後、自分を育ててくれた祖母が亡くなったという。それでも彼はステージに立ち、公演をやり遂げた。「みんなと一緒にいたから落ち着けた」というその言葉が、BTSというグループの本質をそのまま言い表していた。隠すこともできた痛みをここで打ち明けたj-hopeの姿に、この場にいたARMYへの信頼を感じる。東京ドームは、彼にとって祖母への追悼の場でもあったのかもしれない。
メンバーたちの告白が会場に染み渡ったあと、アンコールが始まった。アルバムのエンディングと同じように「Please」から「Into the Sun」へ。どんな状況でもそばにいたいという献身を歌った「Please」が終わると、会場のペンライトがオレンジ一色に輝き、「Into the Sun」が始まった。長い旅の果てにたどり着いた場所からの出発を、揺るぎなく告げる一曲。〈I'll follow you/Into the sun〉というフレーズが東京ドームに満ちた時、すべてがひとつの意味へと収束した。
別離と帰還の歌である「アリラン」の精神を携えて、BTSは帰ってきた。そして彼らは、出発した場所よりはるか遠いところに立っていた。宴は終わった。しかし、7人がどこへ向かおうとしているのかという問いへの答えは、今夜から書き始められたばかりだ。