札幌発 オルタナティブの濃い血筋を受け継ぐ3ピース Tattletale、同世代バンドとの切磋琢磨で高める“野心と歌心”

札幌発 Tattletaleの“野心と歌心”

 抒情性のあるメロディと繊細なアルペジオ。ときに暴力的になる叫びとノイズ。北海道は札幌に根づくエモ/ハードコアの血筋を、ごく自然に、きわめて自覚的に鳴らしているバンドだ。Tattletale(タートルテイル)。結成は2020年。人が集まることが憚られていた時期にバンドをスタートさせること自体に並々ならぬ熱量を感じてしまうが、同じ時期に同じような思いを抱えていた若者たちが多数いたからこそ、今の札幌シーンは面白いことになっているようだ。同志と切磋琢磨するなか、どんどんポップに開かれていったTattletaleのサウンド。3枚目となるEP『2rue end』(トゥルーエンド)のリリースを機に、これまでの歩みとこれからを語ってもらうインタビューを試みた。(石井恵梨子)

NUMBER GIRLから現行の札幌ローカルバンドまで、TattletaleのDNA

――先日、札幌 KLUB COUNTER ACTIONでワンマンを行ったそうですが、川上さんは寄贈されている“吉村テレキャス”を弾いていたとか。

川上龍太朗(Vo/Gt/以下、川上):アンプを使わせていただきました。音がデカくて使いづらかったんですけど、でもすごくよかったです。

――昔のオルタナティブバンドへの憧れが強そうですよね。

川上:そうです。今坊主頭なのも、憧れという気持ちがございまして(笑)。

――20代前半のバンドが、どうしてもういない人たちの霊まで宿しているのか、とても興味があります。始まりの話から聞かせてください。

川上:僕が北海道の釧路市出身で。そこから札幌に大学進学をしたのがコロナ禍の2020年でした。友達を作るにもサークルとかは動いてないし、ずっと家の中で生活しなきゃいけなくて。でもなんとかバンドをやりたくて、Twitter(現X)とか、あとはスタジオに行ったりしていろんな人に声をかけたんですね。

髙橋歩夢(Ba/以下、髙橋):知り合いづてに「釧路から来たヤツがバンドやるよ、参加してみない?」って言われて。それでまずセッションに入ったんです。

竹前勇哉(Dr/以下、竹前):僕もそんな感じでしたね。まず僕と龍太朗、あと龍太朗と歩夢でそれぞれセッションに入ったりして。

川上:当時、ライブハウスはやってないけど、スタジオは短縮営業でやっていたから。そこでいろんな人と会って、ビビッと来た人を集めた感じです。

――釧路時代からバンドはやっていたんですか。

川上:軽音楽部には一応入っていて。あと釧路にSILVER MACHINEっていう倉庫をDIYで改造したライブハウスがあったんですけど、そこの店長さんが僕のギターの師匠みたいな人で。高校生の時に大量のDVDを貸してもらったんですね。「ツェッペリン(Led Zeppelin)がいいよ」「Creamもいいよ」「King Crimsonはこうでさ」みたいな話もたくさん。あとギターはもちろん、アンプの使い方、バンドの動かし方とか。その人がいなかったらバンドを一生やり続ける気持ちはたぶん生まれなかったと思います。

――なんか、DVDだけじゃなくていろんな夢を託されてますね。

川上:そうなんです(笑)。

Tattletale ライブ写真
川上龍太朗

――ツェッペリンだのCreamだのを知っていく中で、オルタナティブな方向に行くのはなぜだったんです?

川上:なんでだろう……。まぁ単純にギターの音が好きになって。それで、どっかのタイミングで先輩がNUMBER GIRLを教えてくれたことがあって。「うわ! かっこいい!」ってなったんですよ。当時『ギター・マガジン』を読んでても田渕ひさ子さんはいっぱい出てきたし。だんだん歪んだギター、オルタナと呼ばれる音楽を、勉強する感じじゃなくて自然と好きになっていくんですね。

――お二人のルーツはどうですか? まず竹前さん。

竹前:僕は中学の頃までずっと東京事変しか聴いてなくて。ドラムの刄田綴色さんのフレーズ、椎名林檎さんの歌に合わせてどういうドラムを叩くのか、それを見るのが大好きで。あと高校は札幌平岸高等学校っていうところに入って、そこの軽音部には全国に行くような強い先輩たちがいるんですよ。マスロックとかポストロックが大好きな顧問の先生がいて、先輩たちもみんなその系譜を継いでるんです。

――ここにも仕込んでる大人がいるんですね(笑)。

竹前:僕も顧問に「ドラマーは絶対これを聴け」って言われて、マスロックがいろいろ詰まってるCDを渡されて、それをめちゃめちゃ聴き倒して。だから高校になって影響されたのはthe cabsとかtricotでしたね。

Tattletale ライブ写真
竹前勇哉

――髙橋さんは?

髙橋:父親がファンクベーシストなんですよ。それを聴きながら育ったので、ほんとブラックミュージックがルーツですね。フュージョンとR&B、ファンクとか。超絶技巧スラップみたいなのを小学生の時からコピーしてて。でも、なんでだったか全然覚えてないんですけど、龍太朗と同じく、どこかでNUMBER GIRLに出会うんです。高校生の頃。それまで全然知らなかったけど、オルタナティブとかエモと言われるバンドに最初に触れたのがNUMBER GIRLで。そこからディグっていって、マスロックやサイケも吸収していった感じですね。

――じゃあ、3人が集まった段階で、わりと共通言語も多かった?

髙橋:そうです。

川上:あと俺たちの共通言語として、札幌ローカルバンドの血っていうのがあって。ほんとにコロナ禍でライブができない時から、身近にいる先輩、ジャンルに関係なくいろんなバンドに触れることができて。それを自然にインプットできたから、身近にいた人たちがそのまま共通言語になってると思いますね。

Tattletale ライブ写真
髙橋歩夢

――身近なバンド、いくつか挙げてもらえますか。

川上:1人1個挙げてみる? 僕は、ハードコアバンドでNobody Celebrates My Birthday。

髙橋:僕はCARTHIEFSCHOOLですね。3個上くらいの先輩バンド。

竹前:僕も同じくハードコアになってしまうんですけど、DON KARNAGE。

髙橋:みんな意外と好きなのはハードコアかもしれない。ニュースクールとは違う、それこそ伝統的な、SLANGから始まった、当時からCOUNTER ACTIONに出てた刺青おじさんたち。

川上:意外とね。でも今もKOさんに会うとめっちゃ緊張するんですよ。

――そりゃ緊張しますよね(笑)。札幌シーンには昔も今もずっと伝統が根づいている。

川上:だから同じことはできなくて。「この人たちがやってしまっていることはできない」「あいつらがコレやってるから俺らはできねぇ」とか。

髙橋:何々っぽい、って感じたらすぐ曲はボツにする。聴いている音楽に少しでも似てしまうと「なんかこれパクリじゃね?」みたいな。そこは初期、すごく過敏だった気がしますね。

川上:最初はコロナ禍だったけど、わりと早い段階から無観客ライブはやれたんですよ。お客さんはいないけど、出演バンド同士の「こんな曲作ってきたよ」「こっちはこんな新曲作ってきた」っていう戦いがあって。

髙橋:同世代のバンドは全員コロナ禍から始まってるから、外向きに「俺たちを見て!」みたいなパフォーマンスをするんじゃなくて、内側でがっちり向き合って、ずっと演奏を繰り広げてる、みたいな構図だったと思いますね。

札幌のオルタナシーンはなぜアツい?

――同じ話になるのかわからないですけど、今、札幌の若手オルタナってめちゃくちゃ活性化してません? the hatch以降と言えそうな潮流が。

川上:そうだと思います。the hatchを初めて聴いたのも2020年で、それが踊ってばかりの国の下津(光史)さんが弾き語りで来たのを観に行った日で。ボーカルの(山田)碧さんとギターの(宮崎)良研さんと3人で演奏してたんですよ。そこから「the hatchってどんなバンドなんだろう?」って聴いてみたら度肝を抜かれるくらいかっこよくて。僕の入り口はそこだったんですね。

――彼らがさらに下の世代に影響を与えたところもあります?

竹前:めちゃめちゃあると思う。

髙橋:the hatchとNOT WONKは、すごく多大な影響を与えてる気がします。

――それでCARTHIEFSCHOOLとかが出てきて、今はテレビ大陸音頭みたいな若手までが出てきた。

川上:そうですね。

――すごく面白いです。ただ、刺激的なバンドが周りにいればいるほど、自分たちはどんな音を鳴らすのか、突きつけられますよね。

竹前:はい。結局は自分たちが持ってるもので勝負するしかなくて。

髙橋:コロナ禍はバンド同士の勝負でしたけど、今はあんまり気にしなくなってるのかな。自分たちがどうあればいいか、しか考えてないところはあるので。

Tattletale ライブ写真

――サウンドもだんだん変わってきました。最初のEP『0state』(ラヴステイト)を今聴くと、まぁ単純に暗いなと思います。

髙橋:めちゃめちゃ暗い(笑)。

川上:でも今日ここ来る前にも1st EPを改めて聴いたんですけど、すごい救われるというか。この暗さと重さに。

竹前:わかる。

川上:最近の音源にはない陰鬱さの中に、何かを受け入れてくれる感じもあって。あとタイム感が後ろノリだよね。ゆっくりしてる。それも荒んだ心に響くというか……自画自賛してますけど。

――当時は荒んでましたか。

髙橋:元気じゃなかった。特に龍太朗がそうだった。

川上:ずっとイライラしてたんですよ、この頃。セイコーマートでバイトしてたんですけど、レジ打ってても「タバコ、番号で言えよ!」「釣り新聞なんて買ってくな!」みたいな(笑)。ほんと、どうでもいいことにずっと怒ってた。

――それって若気の至りだと思います? それとも時代背景もあったのか。

川上:どうなんですかね。ろくに大学も行ってなかったから、将来不安だったのかもしれないですね。今でこそ、ずっと楽しく音楽をしていければそれだけでいいと思ってますけど。でも当時は先行きが不安だった。

竹前:あとロシアのウクライナ侵攻の影響もあったりとか。「Invent an excuse」にはそういう言葉が入ってきた。

川上:ずっとセイコーマートで朝4時出勤、昼2時に帰る生活なんですよ。そこから昼寝して、起きたらいきなりウクライナで戦争が始まったニュースが流れてきて。「うわ……俺何してんだろう?」って思ったんですよね。世界がこんなに動いてるのに、俺はコンビニでバイトして昼寝してる。その時にただ感じたことを書いた日記みたいな感じでしたね。

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