「自分の夢を笑わない人に出会えた」――ミーマイナー 美咲が“東京=戦場”に刻んだ覚悟、再び描く武道館への夢

「有名になるまで帰らない」ーー友達の縁を断ち切った15歳の覚悟

ーー今日は美咲さんのルーツに迫るインタビューなので、上京した時の心境についても聞かせてください。上京当時、東京という場所は美咲さんにとってどのような場所でしたか?

美咲:戦場でしたね。私は「戦いに行くんだ」と思って東京に出てきたので。友達との縁も全部切りましたし。

ーーえっ!?

美咲:有名になるまで帰らないって決めていたんです。上京してから2カ月くらい経って初めて名古屋に帰ったら、東京に帰りたくなくなってしまってずっと泣いていたんです。でも、それがめっちゃ嫌だった。名古屋に帰って自分の弱さを見るのが嫌だったし、家族も信じて東京に送り出してくれたのに、「東京に帰りたくない」って泣いてる自分も申し訳ないし。その時に、もう帰らないって決めました。そこからは、東京は本当に戦場だと思っています。もう東京で燃え尽きて、東京で死ぬんだと思っています。

ーー今も名古屋には帰ってないんですか?

美咲:帰らないですね。そうしているうちに、帰らなくても平気になって。逆に東京が自分の居場所になったんです。仲間もできたし、居場所もあるから、帰りたいと思わなくなったし、たぶん今は名古屋に帰っても「東京に帰りたくない」って泣いたりしないと思います。

ーーご家族は、今の美咲さんの活躍をどうご覧になっているんですか?

美咲:最初に「バンドをやる」と言った時は、めちゃくちゃ反対されました。もう「縁を切るぞ」くらいの勢いで。それまでは大手事務所に所属していたので、「ちゃんと所属先も決まってるなら安心だ」ということで上京させてもらっていたんですけど、グループが終わった時に、「事務所も辞めてバンドをやる」と言ったんですよ。だから「事務所を辞めるってどういうことだ」「頼むから就職してくれ」と。ちょうど大学4年生のタイミングだったので、余計にそう言われて。

ーーそうだったんですね。

美咲:でも「このバンドがダメだったら就職します」とも伝えて、「最後に自分のやりたいことをやらせてください」とお願いしてミーマイナーを始めました。最初は「もう好きにしなさい」という感じでしたけど、結果的にグループをやっていた時期よりも今の方が結果も出ているし、たくさんの人に届いて。今では「ミーマイナー最高!」みたいな感じで、すごく応援してくれています(笑)。

ーーご家族としては、安心したんでしょうね。

美咲:そうですね。今思うと、グループ時代、私がいろんなプレッシャーに押しつぶされそうになったり、自分で自分を追い込んでしまったりしていたので、そういう姿を見るのがつらかったんだと思うんです。だから「これ以上苦しんでほしくない」という気持ちで、やめてほしいと言っていたのかなって。でも今は「本当に楽しくてやっているんだ」という純粋な気持ちが伝わって、安心して見てくれるようになったのかなと思います。

ーーでは、愛知・東京それぞれで思い出深いライブや会場を教えてください。

美咲:名古屋はDIAMOND HALLですね。初めてステージに立ったのが、確かDIAMOND HALLだったと思うので。私はグループの初期メンではなくて、途中から入ったんです。加入時からDIAMOND HALLに立てるくらいのグループに入ったという感じだったので、当時は全然、そのすごさもわかっていなかったんですけど……。

ーーミーマイナーとしては、DIAMOND HALLに立っていますか?

美咲:いや、まだです。最初に立って以来、DIAMOND HALLには出ていない気がします。ミーマイナーでもDIAMOND HALLに立って、「自分の実力でもう一回這い上がってきたんだ」って思いたいです。

ーー東京はどうでしょうか?

美咲:出演したライブハウスはたくさんあって絞れないんですが、マカロニえんぴつさんを見に行った日本武道館はめちゃくちゃ思い出に残っています。というのも、その頃にミーマイナーを結成したんです。ミーマイナーを結成したのが大学4年生の9月で、翌月10月に、さすけさんと武道館公演を見に行きました。

ーーしかも、日本武道館は前のグループの時に絶対に立ちたいと思っていた場所ですね。

美咲:そうなんです。前のグループの時、最初はみんなで「武道館に立つ」と決めたんですが、メンバーが抜けていったり、グループの現状を見たりしているうちに「武道館に立つ」って言っているのは私だけになっていて。周りのみんなは「まだ言ってるの? もう叶わないよ」みたいな感じになっていたんです。それがつらくて。だけど、マカロニえんぴつのライブを見に行った時は、さすけさんも「ミーマイナーなら絶対に立てる」と思ってくれていた。自分の夢を笑わない人がいてくれるということが、めっちゃ嬉しかった。

ーー素敵ですね。

美咲:当時、路上ライブなどもしていたんですが、さすけさんが「ミーマイナーって言います!」って一緒にティッシュを配ったりしてくれていたんですよ。自分の夢を笑わないどころか、同じ熱量、もしかしたら私以上の熱量で支えてくれる人が仲間にいるということも相まって、すごく感動した記憶があります。

ーー頼もしいですね。

美咲:はい。この人と一緒なら立てるなって思いました。

ーーさすけさんと美咲さんは、見ているもの、目指しているものがずっと一緒なんでしょうね。

美咲:たしかに。さすけさんも、本気でやっていたバンドがあったけど、メンバーがいなくなって解散しているので、仲間がいなくなる辛さや夢が叶わない絶望とかを知っている。だからこそお互いに、人や“今”を大事にできるのかもしれないです。

ライバルが教えてくれた「悔しい」という感情

ーーでは、ミーマイナーとして出演したライブで、特に印象的なライブを挙げるなら?

美咲:おそらくミーマイナーとして4回目のライブ、下北沢DaisyBarでやった『Eggsレコメンライブ』です。それまでミーマイナーは、路上ライブか、ガールズイベントに出させてもらうかしかなくて、初めて邦ロックのバンドと対バンしたのがその日でした。そこで見たtight le foolというバンドがすごくて。圧倒されて、初めて悔しいと思いました。だからすごく思い出に残っています。

ーーtight le foolとは、今はどんな関係ですか?

美咲:今もライバルだと思っています。tight le foolのおかげで悔しいという感情を知れたし、ライブというものも知れた。いろんなことを教えてくれたバンドです。tight le foolと出会っていなかったら、今とは何かしら違うバンドになっていたなと思います。

ーーして、ミーマイナーは5月13日にソニー・ミュージックレーベルズの gr8!recordsよりメジャーデビューすることが決まりました。

美咲:いやあ、びっくりです。すごいことがたくさん起きて、本当に自分の人生なんだろうかって思う日々です。でも自分の曲をいいと言ってくれる人がいるということなので、嬉しいですね。

ーーミーマイナーを結成した時に、武道館に立つというのはひとつの目標だったと思いますが、メジャーデビューは目指していたものだったんですか?

美咲:いや、武道館も、目標というよりは「立ってやるぞ」という決意のようなもので。そこに協力してくれる仲間がいるとは思っていなかった。「2人で戦い抜こうな」という感じだったので、まさか私たちの活動に手を貸してくれる人がいるなんて。だから、今は味方がたくさんいるという現実にびっくりしています。

ーーそうなると、関わってくれる人たちを守ろうという気持ちになっていきますよね

美咲:そうですね。でも私以外の人もミーマイナーというバンドを大事にしてくれているので、自分以外にも守ってくれる人がいる、という初めての感覚があって……そうやって信頼できる仲間がいてすごく嬉しいです。

ーーでは、メジャーデビューした先で、ミーマイナーはどういうバンドになっていきたいと思っていますか?

美咲:メジャーデビューしたことで、私たちのやりたいことや曲がぶれてしまったら、これまで信じてきてくれたファンのみんなやメンバー、スタッフを裏切ることになると思うので、これからも自分がいいと思うものを続けていきたいなと思っています。楽しいことをやっていたら味方が増えたので、これからも楽しいと思うことをやっていきたいです。

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