105期『蓮ノ空』が描いた継承と喪失の1年ーーシリーズ初の挑戦、“集大成”のライブに託されるものとは
ユニット楽曲が示した不在のリアリティ、105期『蓮ノ空』が変化を描いてきた証
その最たる例が、102期生の卒業とともにユニットの楽曲の路線を大胆に変更したことだろう。『蓮ノ空』では、誰が作曲作詞を担当しているのか、曲ごとに設定されているケースが多い。だからこそ、楽曲には作り手であるメンバーの色が強く反映される。その点、102期生は全員が作曲作詞を満遍なくこなせるクリエイター集団だったため、103〜104期の曲は彼女たちの自我が強く表れていた。
だとするならば、102期生が卒業した105期で、楽曲の色が変化するのは当然だろう。華やかさと雅やかさをまとっていたスリーズブーケは、ポップでキュートに。緊張感を漂わせるスケールを見せてきたDOLLCHESTRAは、がむしゃらでパワフルなより等身大の姿を。キュートでアグレッシブなみらくらぱーく!は、温かみと落ち着きも兼ね備えたユニットに。それぞれ、これまでとは違う顔を見せていた。そんな楽曲の変化は、決定的に102期生の不在を実感させるものでもあった。我々が好きだったユニットの色は、そのまま“102期生らしさ”でもあったのだと。
それが如実に表れていたのが、スリーズブーケの「乙女詞華集」だろう。かつて乙宗梢が手がけた、「千変万華」を参考に百生吟子が作った曲。曲のキー、コード進行、メロディまで原点と共通するところが多い。そのため、本楽曲に105期よりも前の、乙宗がいた頃のスリーズブーケらしさを感じた方もいるだろう。実際、百生役の櫻井陽菜も、本楽曲に以前の「スリーズブーケらしさ」を見出していた。
別れとは、別れた瞬間だけに実感するものではない。少し広くなった部室、主のいない私物、日常のほんの些細な違和感に、改めてお別れしたことを気づかされる。105期における楽曲は、そんな別れと、別れの先で強いられる変化をファンに共有する媒体でもあった。
105期体制の『蓮ノ空』を見ながら、寂しさが拭えなかった方もいただろう。その感じ方は、まったくもって正しい。それこそ、過酷なほどに105期の『蓮ノ空』が変化を描いていた証なのだ。まだ涙が乾かないまま進んでいかなければいけない不安や焦燥感。そして、ほんの少しの未来への期待。一瞬一瞬で生まれる生の感情を、スクールアイドルは包み隠さずファンと分かち合っていたのだから。そんな「102期生がいなくなった」という体験と寂しさの共有は、リアルタイム性を貫いてきた『蓮ノ空』の強みであり、スクールアイドルとファンを繋ぐ絆だった。
精神面でも、クリエイティブな面でも『蓮ノ空』の核だった102期生3人の離脱。だが、生まれたのは悲しみだけではない。残された後輩たちが、「去年と同じかそれ以上」のものを届けなければと自分たちだけで足掻く姿。偉大な存在の喪失を経て訪れた、少女たちのひたむきな日々をともにする中で、明日へ進む勇気をもらったのではないだろうか。
期待に胸を膨らませ、学舎の門をくぐった103期。後輩を迎え、光のおとぎ話をハッピーエンドへ導いた104期。そして、星になれなくとも力強く大地を踏みしめ、憧れとの距離と己の位置を知った105期。積み重ねてきた軌跡は満開の桜となって、4度目の春の訪れを実感させる。精一杯に青春を駆け抜けた彼女たちのグランドフィナーレを、ぜひ見届けてほしい。


























