バッド・バニーはなぜ世界中を虜にするのか 2020年代の時代精神にフィットしたスーパースターの歩み

バッド・バニーは、自由だ。大手レコード会社との契約に気が進まなければ、生まれ育ったプエルトリコのインディーレーベル、Rimas Entertainmentに籍を置き、流通はThe Orchardに任せている。1994年生まれらしいジェンダー観を持ち合わせ、MVでドラァグを披露する。本腰でレスラーとしてデビューし、声がかかればNetflixの大人気シリーズ『ナルコス:メキシコ編』の最終シーズンで俳優デビューもし、伊坂幸太郎原作のハリウッド映画『ブレット・トレイン』(2022年)でブラッド・ピットと死闘をくり広げる。
トランプ政権が力を入れるICE(移民税関捜査局)が、スペイン語圏からの仲間たちを不当に扱っていると判断すれば、スタジアムツアーを即完できる人気があっても米国内の日程をキャンセル、代わりに母国プエルトリコで30回のレジデンシー公演を決行して60万人を集めた。ニューヨーク・タイムズはレジデンシー公演の売り上げだけで2.5億ドル、周辺の経済効果を含めると4億ドル(日本円で約390億、590億円)だと報じた。鹿児島県と同じくらいの広さのプエルトリコでは、スーパーヒーローそのものだ。ちなみに、アメリカのコモンウェルス(自治領)なので、プエルトリコの人がアメリカへ移るのは「引っ越し」であり、移民ではない。バッド・バニーはビザが必要な国からのファンが会場近くで捕まるのを懸念して、アメリカでコンサートを開催しなかったのだ。
世界的なブレイクスルーとなった2020年の2ndアルバムのタイトルは、『YHLQMDLG』。“Yo Hago Lo Que Me Da La Gana”のアクロニムであり、「自分がやりたいことをやる/好きなようにやる」という意味。このアルバムのタイトルで、すでに自分の活動方針、生き方を示していたわけだ。好きなように活動した結果、最大の音楽プラットフォーム、Spotifyにおいて2020年から3年連続で再生回数1位の記録を打ち立てた。スペイン語でラップし、歌うことにこだわっているにもかかわらず、テイラー・スウィフト、ブルーノ・マーズ、ビヨンセ、ザ・ウィークエンド、ドレイクらを抑えて、である。2023年と2024年はテイラーに首位を譲ったものの、2025年にまた返り咲いた。ラテン・グラミー賞ではすでに無敵、2026年の今年、ついに本家のグラミー賞においてスペイン語のアルバムで初めて最優秀アルバム賞を受賞する快挙をも成し遂げた。その翌週には最高視聴率を誇る、NFLスーバーボウルのハーフタイム・ショーでもヘッドライナーを務め、YouTubeのNFL公式チャンネルで公開された途端、ものすごい勢いで再生された。
日本でも知名度が上がったところで、バッド・バニーの音楽の手引きを書いてみよう。彼の音楽性は、レゲトンとラテントラップを土台にして、ハウスミュージックからプエルトリコのローカルなボンバやプレーナ、キューバ音楽とプエルトリコ音楽が出会ってニューヨークで生まれたサルサまで取り入れていること。つまり、折衷型。レゲトンは、2000年代初頭にダンスホールレゲエと、スパニッシュヒップホップの広がりを背景に若者の間で人気を博した。レゲエのデンボーリディムから生まれた独特の拍子で、中毒性は高いものの慣れないと一本調子に響く。レゲトンと、よりヒップホップに近いラテントラップが2010年代半ばからまた盛り上がっている。アメリカ合衆国内のスペイン語人口の増加もあるが、ラテンポップとレゲトンを混ぜたルイス・フォンシとダディ・ヤンキーの「Despacito」(2017年)の爆発的ヒットや、コロンビアのJ・バルヴィンとカロル・G、プエルトリコのラウ・アレハンドロとバッド・バニーらが、同時多発的にレゲトンの枠を広げる音楽でヒットを放っているからである。
バッド・バニーは、ベニート・アントニオ・マルティネス・オカシオとして、プエルトリコの小さな村、バヤモンで生まれた。父はトラックの運転手、母親は元教師。ふたりの弟とローマン・カトリックの教会に熱心に通い、13歳まで聖歌隊で歌っていた。彼が不良少年ではなかったのは重要だろう。アトランタで生まれたトラップから影響を受けているラテントラップは、貧しいが故の薬物の売買といった厳しい現実をテーマにしがちだ。だが、本人が「ふつうの家庭で育ったふつうの子どもだった」と話す通り、バッド・バニーの歌詞は犯罪をテーマにしていない。ラブソングや故郷に対する想い、2020年代の若者らしい所在なさが歌詞の大半を占めている。完全に歌詞がわからなくても、私たちは音から伝わってくる恋愛の高まりや嘆き、人生に対する漠然とした不安は受け取れる。バッド・バニーは力んでいないからこそ、より広いリスナーにアピールするのだ。
一方、ラッパーとシンガーの両刀である彼の、プエルトリコに対する思い入れは人一倍強い。パンデミック中に不安に寄り添うようにリリースした『El Último Tour Del Mundo(最後の世界ツアー)』(2020年)、スーパースターの座を決定的なものにした『Un Verano Sin Ti(君のいない夏)』(2022年)、ジャージークラブやドリルにも目配せした 『Nadie Sabe Lo Que Va a Pasar Mañana(明日何が起きるかは誰もわからない) 』(2023年)、伝統的なラテン音楽をも織り込んだ『DeBÍ TiRAR MáS FOToS(もっと写真を撮っておけばよかった)』(2025年)。リリースのペースが速いにもかかわらず、音楽性をさらに深め、広げていったのが凄まじい。タイトルが仄暗いのは、彼の音楽に付いて回るのが後悔の念とノスタルジーだから。32歳になったばかりだが、ラブソングにも昔のプエルトリコらしさを失いつつある故郷への想いと重ねている、とよく解釈される。パンデミックで明けた2020年代の大事な合言葉はメランコリック、つまりエモさと、ネットでの追体験を含めたノスタルジーだろう。たとえば、パンデミックの前後で変わってしまった世界中の、「以前の方が生きやすかったよね」というノスタルジー。そのエモさ、ノスタルジーを全乗せしているのが、バッド・バニーの音楽なのだ。彼は自分が好きなように繊細で官能、ときにはトロピカルで呑気な音楽を奏でつつ、私たちの不安にさえ寄り添い、共鳴してくれる。2020年代の時代精神にぴったりはまった、スーパースターなのだ。
























