上白石萌音にとって“歌うこと”は何を意味するのか? 今向き合った映像と音楽の存在――アルバム『texte』を語る

 2026年、歌手デビュー10周年を迎える上白石萌音が、2月25日にニューアルバム『texte』(テキスト)をリリースした。デビュー作『chouchou』と同じく、“映像作品の音楽を歌う”というテーマを掲げた本作で、彼女はあらためて「歌うとはどういうことなのか」を見つめ直した。声に情景を宿し、言葉を真実として届けるために何を準備し、どう歌うのか。10年という時間を経てたどり着いた現在地が、全8曲を収録した『texte』には記されている。(伊藤亜希)

上白石萌音 2026.2.25 Release New Album「texte」Teaser

「縁と運と恩」――幼少期から大事にしてきた信念

――アルバム『texte』の紙資料に上白石さんの「ひとつひとつのご縁を振り返りながら、じっくりと感謝をお伝えする1年を。」というコメントが掲載されていて、とても印象的でした。“縁”について考えるようになったのはいつ頃ですか? 

上白石萌音(以下、上白石):小さい時からずっと両親に言われてたことです。“縁”っていう漢字を書けるようになる前から「人と人との縁を大切にしなきゃいけないよ」って言われてました。「人間はひとりでは生きられないからね」って。人に助けてもらって、自分がしたことが誰かにつながったり、そうやって縁ができて、それを大切にしながら生きていく。物心ついた頃から大切にしてきたことですね。両親から「縁と運と恩だよ」と、ずっと言われていました。

――ありがとうございます。歌い手としての10年のなかで縁を感じる場面はたくさんあったと思います。曲との縁、ミュージシャンとの縁、ライブでの縁。でも、そのなかでもいちばんに「これは音楽をやってなかったらなかったご縁かもな」と思ったのは何ですか?

上白石:何だろう? これはすごくミーハーな答えになっちゃうんですけど、自分が好きで聴いていたアーティストさんに会えた時とか、その方にディレクションしていただいた時とかは、興奮というか、「え、こんなことが起きちゃうんだ」「同じ界隈にいるんだ」って思うと、信じられない気持ちになりますね。最初は、ちょっと怖かったような感覚もありました。

――ニューアルバム『texte』は、デビュー作『chouchou』と同じく“映像作品の音楽を歌う”というテーマで作られたそうですね。同じテーマにした理由は何だったんですか?

上白石:原点回帰をしよう、と。同じテーマにすることで、10年がより滲み出るというか、はっきりと浮かび上がるのかなと思ったんです。

――選曲はスムーズに進みました? どのように選んだのかも教えてください。

上白石:早かったですね。ただ、「アルデバラン」だけはかなり悩みました。やっぱり、いち演者である自分が歌っていいものかっていう思いがあって。本当に悩み尽くして、なかなか頷けなかったんです。

――その思いが変わったきっかけは?

上白石:音楽番組でAIさんご本人と歌った時に、自分が演じた役が喜んでいるみたいな感覚がすごくあって。きっとAIさんと歌ったからだと思うんですけど、「歌詞の響き方が違う」って感じたんです。演じたからこその響き方をしたという感覚が残ったんですね。実は、私のなかであの(『カムカムエヴリバディ』の)役は、いまだに少し消化不良なところがあって、終わり方がちょっと切なかったというか。自分のなかでまだ燻っているような感覚があったんですけど、歌うことで成仏みたいなことになるかなって。そういうパワーがある曲だなと思ったんです。

――レコーディングする時、上白石さんはどのような準備をして臨むんですか?

上白石:まず、歌詞を全部手で書くんです。自分で生み出した言葉ではないので、生まれた時の状態のまま、いったん音と切り離して、言葉としてちらえるためにノートにガーッて書いて……本当に殴り書きをするみたいに。(目の前にあったノートを開いて見せてながら)こんなふうに(笑)。英語の曲は自分で和訳をして、文字に書いて。そのあとに練習を始めます。アレンジが届いた段階で、アレンジだけを何回も聴き込んだりもして。「ここにどんな楽器が待っていて、どういう意図でこうなったんだろう?」って考えながら練習する。そうやって、ある程度、自分のなかで「こうしたい」が出てきた段階で、歌の先生のところに行って、先生と一緒に作戦会議をしながらさらに練習。ひたすら練習、練習、練習をしてレコーディングに臨む、っていう感じですね。ただ、今回のアルバムでは歌詞を書く前に、映像作品を観ました。その音楽が紐付いてる作品を全部観直しましたね。

――作品を観直したことで、いつもより情景が膨らんだり、言葉がストンと落ちてきやすかったなど、メリットはありましたか?

上白石:映像作品と主題歌の関係性って、映像作品を観て最後に曲が流れて、それで受け止めてもらうのか、疑問を深めて終わっていくのかだと思っているんです。先に曲を掲げた状態で観ると、種を回収してるみたいな感覚があって。「この言葉は、ここにも響くな」とか「この歌詞とこのシーンの景色がリンクするな」とか、一個一個観ながら確認していきました。歌う時には、そのシーンが浮かぶような状態になっていましたね。今回のアルバムを通して気づいたんですが、自分は映像的な感覚を持ちたい人間なんだな、って。アルバムのレコーディング中は、映像を頭のなかで編集するような感覚でした。

何が“自分”になったかを知るきっかけにもなりました

――上白石さんの歌を聴いて、それこそ声だけで情景がイメージできた体験があって。最初のアルバム『chouchou』で「Woman“Wの悲劇”より」をカバーしてらっしゃいましたよね。あの曲を聴いていて、歌詞で綴られた情景が声に出てるって思ったんです。ご自身は、そういう感覚を持ちながら、今回の『texte』もレコーディングしていたんですか?

上白石:嬉しいです。ありがとうございます。まさに、今回も“観る”つもりで歌うようにしましたね。

――マイクの前で歌っている時、上白石さんの目の前にはスクリーン的な情景があって、それを観て歌っている感覚なんですか?

上白石:ですね。心の目で。

――それにはすごくイメージトレーニングが必要ですよね

上白石:そうなんです。集中もしなきゃいけないし。今回は、ほとんどの曲をブースを真っ暗にして録ってるんです。

――真っ暗に? どうしてです?

上白石:心の目が情景を見やすいように(笑)。真っ暗だから、歌詞も覚えていないと歌えないので、歌詞を覚えて歌いました。本当に映像を観ている気持ちで、歌いましたね。

――真っ暗にして録るのはいつもですか? 今回初めて?

上白石:これまでも、時々やっていたんですが、今回は明確に「真っ暗にしよう」って思ったんです。「なんでもないや (movie ver.) texte ver.」のレコーディングの時に、思ったように歌うことができなくて。邪念が多いなと思って、「一回、お部屋を真っ暗にしていいですか?」って全部消してやったら、いい歌が録れました。自分ではそんなつもりはなくても、ブースにあるいろんなものを見てしまって、見ながら考えちゃっていることに気がついたんですよね。たとえば、歌詞を見ながらさっきのテイクのこと考えてしまったり。そういうのを全部なくそうと思ったんです。曲にちゃんと入っていけるように視界を断つ、みたいな。それが上手くいって「あ、これなのかも」と。ひとつ覚えでほかの曲でもやってみたら、結構やりやすくて。今後の私のスタンダードになりそうな予感がしています。

――10周年で、そういう“自分の持っていき方”を見つけられたっていうのは今後大きいですよね、歌い手として。

上白石:これがいついかなる時も万能ってわけではないと思いますし、その時々ですがりどころを探してやっていくんだろうなとは思うんですけど。でも、今回ひとつ見つかってよかったです。

――デビュー作『chouchou』にも収録されていた楽曲の再録もありますよね。「変わらないもの」や「なんでもないや (movie ver.)」。過去の曲を再レコーディングすることは、上白石さんのなかではどういう意味合いを持ちました?

上白石:今を知る、と言いますか。自分の現在地を知るような感じ。最初はあまり深く考えずに「10周年だから」みたいな感じだったんですけど、蓋を開けたら「これはえらいことだぞ」と思ったんですよ。当時にしかない煌めきみたいなものがあるし、私は10年経ってやっと自分の歌い方とか声を「いいな」って思えた。それを超えるというわけではないにしても、“録り直す”ということは当時と同じではいけないと思ったし、また何か違う景色を見つけなきゃいけない、って思って。だから、もうとにかく大変だったんですけど(笑)。でも、自分がこの10年で何ができるようになって、逆に何が“自分”になったかを知るきっかけにもなりましたし、「これからも歌っていくんだ」っていう新たな決意にもなりました。それに、当時アレンジをして演奏もしてくださった河野伸さんとまた一緒に「10年だね」「どうしようね?」って言いながら、当時のように声を録れたのが、自分にとってすごくいい時間になりました。常に初心が心に寄り添ってる状態って、いい緊張感だと思うので、そこは挑んでよかったなと思います。

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