エイサップ・ロッキー『Don’t Be Dumb』徹底解説 音のコラージュが映す“ストリート”と“ランウェイ”を繋げる人間の野心

 昨年公開のスパイク・リー監督作『天国と地獄 Highest 2 Lowest』において、デンゼル・ワシントン演じる音楽業界の大物を脅し、世間の注目を集めて成り上がろうとするストリートのラッパー役として登場したエイサップ・ロッキー。演じたキャラクターは、現実のロッキーをストレートに投影した訳ではなかったが、“演技”という仕事においても真面目に取り組む彼はその役を演じ切った。映画が公開される前後でも新作アルバムの発表を世間から待望されていたなかで、満を持してリリースされたアルバム『Don’t Be Dumb』は、一部を取り出して全貌が見えるようなアルバムではなく、一歩引いて全体を眺めてこそ彼の野心が見えるような作品になっている。

多彩なカルチャーを接続させる“アーティスト”

 彼が所属していたニューヨークのクルー A$AP Mobは、ストリートとハイカルチャーの匂いを同時に漂わせるような集団だ。ファッションカルチャーとも親密に関係する彼らの存在はエキサイティングでアイコニックなものでもあった。

 一方で、音楽的にはリル・ビーやスペースゴーストパープなどのアーティストから派生するクラウドラップやフォンクといったサウンドに傾倒。2011年にロッキーがリリースしたミックステープ『Live. Love. A$AP』は、そういったサウンドをパッケージし、メインストリームにその文脈を可視化させながら、独自のラップミュージックを提示した重要作である。

 ニューヨーク、ハーレム出身のロッキーは、ファッションショーのランウェイを歩き、映画で演技をしながら、直向きに音楽にも向き合う。彼のアーティストとしての存在感は、雑多なニューヨークのアンダーグラウンドのアートカルチャーがかつて内包していた、“絶えず繋がり進化と拡張をする生命的な動き”を思い起こさせるところもあり、その姿はまさに現代のラッパーであると同時に、“アーティスト”という言葉がしっくりくるようなものだ。

『Don’t Be Dumb』で語られる疑心暗鬼、裏切り、因縁

 彼の作風は安定することなく、作品ごとに新しい挑戦を見せるが、さまざまな要素がコラージュされ、それが雑多に詰め込まれている本作では、多彩な土地の文化の香りがパッケージされている。

 たとえば、冒頭の「ORDER OF PROTECTION」から始まる前半は、南部の粘着性と浮遊感を称えたサウンドとオーセンティックな東海岸のストリートラップが同居したロッキーらしいラップミュージックのスタイルを確認できつつ、「PUNK ROCKY」では酩酊感を湛えたバンドサウンドを取り入れ、「ROBBERY (feat. Doechii)」ではデューク・エリントンの「Caravan」の上でラッパーのドーチーとスキルフルなラップの協奏を繰り広げる。さらに、アルコール依存について歌った「WHISKY (RELEASE ME) (feat. Gorillaz & Westside Gunn)」ではウエストサイド・ガンとGorillazを共演させた。ティム・バートンが手がけたアルバムジャケットも含めて、一筋縄では行かないゲストやサウンドを敷き詰める混乱した作品の成り立ちは、巨大なモザイクアートのようだ。

A$AP Rocky - PUNK ROCKY (Official Video)

 そういったカオティックで巨大な景色のなかで語られるのは疑心暗鬼と裏切り、因縁の物語だ。特に大きな要素となっているのは、結果的にこのアルバムのリリースが長引いた理由にもなった2025年の裁判だろう。A$AP Mobのメンバーのエイサップ・レリから2021年の暴行事件で起訴され、最終的に無罪を勝ち取ったこの一件に対する怒りが「HELICOPTER」や「STOLE YA FLOW」、ハードでイリーガルな過去を持つソース・ウォーカらと共演する「STOP SNITCHING (feat. Bossman Dlow & Sauce Walka)」といった曲の内容に強く反映されている。

〈They lookin’ around like, “That could be them”/Lot of opps is around and you could be them〉
(奴らは周りを見回して敵を探している/敵はそこらじゅうにいて、お前もそのなかのひとりになるかもしれない)
「HELICOPTER」

A$AP Rocky - HELICOPTER (Official Video)

〈Stole my flow, so I stole yo' bitch/If you stole my style, I need at least like ten percent〉
(お前が俺のフロウを盗むなら、俺はお前の女をいただくぜ/俺のスタイルを盗むなら、10%は俺に渡せ)
「STOLE YA FLOW」

〈These days, these young niggas make snitchin' cool/Youngins play by different rules, look, uh/I'm from where niggas taught to get physical〉
(若い連中は密告することをクールに見せる/あいつらは違うルールで動いている/俺が育った場所ではフィジカルな方法で解決する)
「STOP SNITCHING」

 いかにもストリートラップらしい、スリリングでハードな世界観を構築/演出しながら、個人的な経験からくる疑念に満ちたロッキーの世界の捉え方はリアルなものだろう。お互いを卑怯なやり方で攻撃し合い、奪い合いが横行するような世界のなかで、いかに自由度を保ちながら自分を守るか。彼のスリリングでユニークなサウンド世界は、外部から刺激を受けながらも他者に何も奪わせないような強固なものだ。多様なアートへのひたむきな姿勢と現代の世界への挑発が詰め込まれた『Don’t Be Dumb』は、メインストリームにおいて希少価値の高いラップアルバムと言えるだろう。そこに宿るのはストリートとランウェイを練り歩いて繋げる人間の野心だ。

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