BMSG TRAINEE ソロインタビュー Vol.3:KEITO、生きることへの祈り 「僕もBE:FIRSTさんから光をもらったから」

 BE:FIRST、MAZZELに次ぐ、3つ目のボーイズグループを誕生させるべく行われた、BMSGによるオーディションプロジェクト『THE LAST PIECE』。その参加者でもあった面々が多く揃った今のBMSG TRAINEEは、最強の原石が揃っている。その強さとは、一体何なのか、どこからやってきたのか――。

 リアルサウンドでは、3月18日、19日に行われる『BMSG TRAINEE SHOWCASE 2026 〜 Graduation Party for REN, YUTA, RAIKI, TAICHI, and ISANA 〜』を記念して、出演するBMSG TRAINEE 18名のソロインタビュー連載をスタートさせる。まっすぐに自分の理想を追い求めて、今この瞬間もひた走っているこの若き才能たちに、リアルサウンドは全力でベットしたいと思う。

 第3回は、KEITOのインタビューをお届けする。KEITOは、優しさを持っている人だ。物事を伝える相手に対する優しさ、迷いの岐路に立つ自分への優しさ、自らの口から生まれる言葉とメロディへの優しさ――。彼の声は、その優しい歌声は、敵を作らない。「ひとりでも多くの人を救いたい」。これはKEITOがインタビューで終始口にしていた言葉である。音楽のなかに正解があると信じること、そしてその音楽に触れた人のなかにはすでに正解があるのだと教え伝えること。聴き手の人生に関わることが音楽のひとつの天命なのだとしたら、KEITOが追い求めていることはまさにそれだ。かつて自身が音楽に救われたよう――KEITOにとって自分の歌で、自分のダンスで誰かを救うこと、そしてそれは再び自分自身を救うことにもなる。彼が音楽を続ける理由の最も根本にあるものが語られたインタビューになったと思う。(編集部)(火曜日・木曜日更新予定/全18回)

【BMSG TRAINEE】第3弾:KEITO 60秒自己PR

「明日一日だけでも生きてもらいたい」――KEITOが見た音楽に宿る光

――まずは生年月日から教えてください。

KEITO:2009年11月14日生まれの16歳、高校1年生、埼玉県生まれです。

――KEITOさんのいちばん古い記憶は何ですか?

KEITO:子ども頃から人前に立つのが好きで、幼稚園の劇でたくさんの役を演じていた思い出があります。『因幡の白兎』のワニザメの大将とか、魔王とか、『シンデレラ』のお父さんとか。いろいろな役に立候補してましたね。

――王子さまのような主役級の役どころではなく、いわゆるサブキャラクターが多いですよね。

KEITO:たしかに! 何でなんでしょう? でも、自分がやりたいことや望んだことに対しては、幼少期からすごく積極的に取り組む子だったと思います。親に「近くにいて」って言われても、勝手にひとりで遠くまで行って、アスレチックで遊んだりして。ひとりで冒険するのも大好きでした。“言うことを聞かない”で有名なKEITOくんだったので(笑)。

――(笑)。みんなで一緒に遊ぶよりも一人で遊ぶのが好きでしたか?

KEITO:みんなで遊ぶのももちろん好きなんですけど、ひとりのほうが楽だったかな。僕、すごくマイペースなんですけど、同時にまわりに気を遣って、その場に応じた行動を取ろうとするタイプでもあるので。

――最初に抱いた将来の夢は覚えていますか?

KEITO:体操選手です。幼稚園の年少さんから中学2年生まで器械体操を習っていて、小学4年生の時に通っていたスポーツクラブの大会で、北関東で4位を獲ったことがあったんです。だから、将来は「体操選手になって、オリンピックで金メダル獲りたい!」という夢を小学5年生くらいまで描いてましたね。学校の自己紹介カードみたいなやつに、「体操選手」ってめっちゃデカい字で書いていたのを覚えています(笑)。

――そうなんですね。体操のどんなところが楽しかったですか?

KEITO:単純にかっこいいのもあるし、ひとつの物事に対して努力する楽しさを強く感じていたのかなと思います。できない技があると個人レッスンでみっちり教えてもらったし、当時はクリスマスの日にもずっと体操の練習をしていたくらい、体操が自分の中心にあったと思います。

――体操の世界から、アーティストや音楽の世界に惹かれたきっかけは何かあったんですか?

KEITO:僕、一時期学校に行けない時があったんです。その時は目の前が見えなくなって、部屋のなかもどこか暗く見えて、「僕ってなんで生きてるんだろう?」っていうふうに考えちゃってました。母曰く、どこに行っても楽しそうじゃなかったみたいです。そんな時期のある日、母が海へ連れてってくれたことがあって。そこで海を眺めていた時に、母が不意に「ダンス、やってみる?」って聞いてきて。僕も軽い気持ちで「やってみよっかな」というふうに答えました。

――そうだったんですね。

KEITO:その時期、ちょうど母が『THE FIRST』を観ていたので、僕もテーマ曲の「To The First」を聴いたんです。そしたら、「音楽ってこんなに人を動かせるんだ」「こんなに心を救ってくれるんだ」「木漏れ日を差してくれる存在なんだ」って衝撃を受けました。そこで「こんなアーティストになりたい」という夢ができて、音楽業界を目指すことに決めました。

――「To The First」のどんなところに救われましたか?

KEITO:歌詞ですね。たとえば、〈怖くても進め〉っていうフレーズとか。僕も実際に、「怖いけど、明日はやってきちゃうしな」というふうに当時は思っていたんです。ネガティブな気持ちをすごく知ってるからこそ、自分にしか伝えられない歌詞や自分にしか歌えない感情があると思って。それに、自分と同じような気持ちになっている人は絶対にいるから、そういう人を照らせる光になりたい。明日一日だけでも生きてもらいたいなって思うんです。僕もBE:FIRSTさんから、そういう光をもらったから。

――すごく素敵なお話。実際にダンスを始めてみて、どうでしたか?

KEITO:ダンスでは友達にすごく恵まれて、楽しかったです。始めて3カ月くらい経った時に、発表会に出させてもらったんです。器械体操の経験もあって、僕はアクロバットができたので、発表会ではロンダートから続けてバク転を2回を披露したら、あるエンタメ企業にスカウトされて、そこから僕の未来像が具体的になっていった気がします。そう考えると、器械体操にのめりこんでいたことも、偶然だけど必然なんだなって思うし、過去の自分にも感謝ですよね。

――その後、どんな経緯でBMSG TRAINEEになったんでしょうか。

KEITO:スカウトされた会社でダンスを続けていたんですが、あまり結果が出なくて。『MISSIONx2』にも参加したんですが、2次審査で脱落してしまって。しかも、合宿最終日にコロナ(新型コロナウイルス)に感染して熱が39度くらい出てしまって。部屋で寝ていた時に、突然日高(光啓)さんがきてくれて、「声変わりとかいろいろあると思うけど、これからはBMSGでサポートしていきたいと思ってるから、今は焦らずしっかり休んでほしい」って言葉をかけてくださったんです。僕、その時は意識朦朧としてたので、「これ、幻覚なんだな」って思ってたんですけど(笑)。でも、後になって母から現実の出来事だったって聞いて。その後に、本当にBMSG TRAINEE合宿へ誘っていただけて、すごく嬉しかったです。

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