Adoとは誰のための“Ado”なのか 自愛へ向かうための絶唱、流した涙の意味――初ドームツアー『よだか』

 メジャーデビュー5周年の節目にして、ワールドツアーを経ての日本凱旋公演となった初のドームツアーに、Adoは『よだか』というタイトルをつけた。ライブ中のMCによれば、このタイトルは宮沢賢治の書いた短編『よだかの星』から名付けられたものだという。『よだかの星』は、宮沢賢治の没後に発表された童話で、醜い容姿ゆえに周囲から嫌われ、疎まれる夜鷹(よだか)が、その仕打ちと自己嫌悪から生きることに絶望し、ひとり夜空を高く高く飛び上がっていくという物語だ。すべてを失ったよだかは、やがて青い炎で自らの身を燃やし、カシオペア座の隣で青白く輝く星となる。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 11月11日、『Ado DOME TOUR 2025「よだか」』東京ドーム公演1日目。本編最後のMCのなかで、Adoはツアータイトルの由来を明かしたあと、「この『よだか』が私みたいだなとずっと思っていて。私もよだかのようになりたいなと思ったんです」と語った。「世界ツアーが終わって、今回のドームが決まって、正直私は直前まで焦っていました。大事な機会をいただいたのだから、私はドーム(という会場)にふさわしい人間にならなければいけない。皆さんの期待に応えられるような人間としてちゃんとドームに立たないといけないなと思っていました。でも……いつも私はそうして背伸びをし続けてきましたが、よだかはそういうのではないかもしれないなと思いました。そうやって取り繕うのはやめようかな、って」――。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 『よだかの星』が、存在を否定されたよだかが最後に“星になる”という形で自分自身を肯定する物語だとするなら、このツアー『よだか』でAdoが表明しようとしたこともまた、“自分自身を受け入れる”ということだったのではないか。ライブを観終えた今、あらためてそう思う。「コンプレックスもあるし、大嫌いなところもいっぱいあります。でも、大嫌いでも、大嫌いなまんまでいいから、前に進もうと、自分のなかで決めました」。いつものライブのように整理された言葉ではなく、その場で思いつくままに語られる彼女の言葉にはその意思がはっきりと示されていたし、何より、この日東京ドームで見せたそのパフォーマンスは、今まで観てきたどのAdoとも違って見えた。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 ライブは「踊」から始まった。Adoが立っているのは、ステージ中央に設られた巨大なLEDの円柱のなか。内部にリフトが仕込まれているらしく、ライブのスタート時点では床面からだいぶ高いところに配置されていた(Adoによれば7mくらいの高さだったらしい)。広いドーム全体を見渡せるであろうその場所で、Adoはダイナミックに体を動かしながら、いきなりパワフルな歌声を響かせた。続く「唱」でも、バンドの凄まじいプレイからAdoがシャウトを轟かせた「リベリオン」でも、異様にエネルギッシュで、異様に熱のこもった歌とアクションが、ドームに集まったオーディエンスを高揚させていく。そんな「リベリオン」から引き続きロックモードで「逆光」を届けると、早くも盛り上がりは絶頂を迎える。曲を重ねるごとに客席から上がる声や手拍子もパワーを増し、東京ドームはたちまちひとつになっていった。

Photo by 木下マリ

 もちろんワールドツアーを経て鍛え上げられたものもあるだろう。初のドームツアーに向けた気合いが迸っているというのもあるかもしれない。だが、それ以上にAdoが自身を囲むLEDからはみ出してこちらに迫ってくるような迫力が、そのパフォーマンスには感じられた。「私は最強」のハイトーンがドームの天井を突き破るかのような勢いで放たれる。動きも声もリアルだ。もちろんライブだから当然なのだが、それにしても、これほどまでにAdoの“生身”を感じることは今までなかったかもしれない。その後も立て続けに楽曲が繰り出されるなか、最初のハイライトが訪れる。最初の音が鳴り出した瞬間に「うおー!」と地鳴りのような歓声が沸き起こり、次いで「オイ! オイ!」と掛け声が生まれた「うっせぇわ」である。最後のサビでメロディをぶっ飛ばして叫ぶAdoの声。内側にあった感情がたまらず爆発していくようなその歌唱に、ドームは曲を終えてもなお騒然となった。間違いなく何か新しいものが彼女のなかで胎動しているし、それを彼女自身、飼い慣らすのをやめたのだと思った。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 椎名林檎提供の「行方知れず」を真っ白な光をバックに届けると、じっくり間を取って「ルル」へ。切なさと激しさとかわいさとすべてが入り混じったようなこの曲でドームをさらに熱狂させると、ここでAdoは「新曲です」と一言。どよめきが起きるなか、ジャジーなサウンドが響き渡る。タイトルは「アイ・アイ・ア」。曲のなかでどんどん変化していく声遣いがとても自由だし、歌いながら踊るAdoのダンスも本能のままという感じで、切れ味とともに解放感も感じられる楽曲だ。そこに重ねられるのが、ドームにぴったりのスケール感で響き渡る「ロックスター」である。手を叩きながら「Sing with me!」と呼びかけるAdoに、オーディエンスが大合唱で応えていくさまは壮観だった。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 そんな「ロックスター」の余韻も冷めやらぬなか、「風と私の物語」で一言一言を丁寧に噛み締めるような歌を届けると、ここからは“歌ってみた”のコーナー。まず披露されたのはワールドツアーでも世界中を盛り上げたシーアのカバー「Chandelier」だ。この曲は当時アルコール依存症だったシーアが、その苦しみと絶望を綴ったものだ。〈明日なんてないみたいに生きる/明日なんてないみたいに/鳥みたいに夜空を飛んで/涙が乾いていくのを感じる〉。Adoが世界に持っていくカバー曲としてこれを選んだのは、もちろんこの曲がグローバルなヒットソングだからというのもあると思うが、それと同時に、この曲に描かれる閉塞感や切なさに共鳴する部分も少なからずあったのではないかと、『よだか』というツアータイトルに込めたものを知った今思う。それほどに、この曲を歌うAdoの声は切実でリアルだった。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 バンドメンバーによるセッションコーナーを経て、次に披露されたのもカバー曲。「ずっと歌いたかった歌を歌います」という言葉とともに始まったのは、Adoにとってとても大事な存在であるAfter the Rainの「彗星列車のベルが鳴る」だった。今年4月のさいたまスーパーアリーナ公演で、彼女は同地でAfter the Rainのライブを観て「私もいつか変われるかもしれない。未来は違うかもしれない。と思わせてもらった」と自身の体験を語っていた。気持ちよさそうに踊りながら歌うAdoの姿を目にして、その言葉を思い出す。自身に多大な影響を与えたアーティストの曲を、東京ドームの大舞台で歌う。それは「自分を変える」という新たな決意の表れだったのかもしれない。さらにレーザー光線による演出が盛り上げるなかwowaka(ヒトリエ)「アンノウン・マザーグース」を届けると、ライブは終盤に突入していった。Adoのラップが冴えわたる「0」に「Episode X」と、自身を鼓舞して前へ前へと突き進むような楽曲が畳み掛けられ、Adoの歌もいっそう熱を帯びていく。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 そしてMCを経て「いばら」を語りかけるように届けてライブ本編を締め括り、あとはアンコール……なのだが、ここでさらなる驚きが待っていた。ドラムがビートを叩くなか「Adoはどこだ?」と思っていると、なんと自作のキャラ「はちゃん」の上にマグロの寿司が乗っているというデザインの気球に乗って登場したのだ。場内をくまなくまわりながら「阿修羅ちゃん」に「きっとコースター」、そしてファントムシータもアリーナで盛り上げるなか「わたしに花束」へ。「やー、すごい。空を飛んでいる!」と言いながらオーディエンスのすぐ近くまで接近して歌うAdoに、大歓声が浴びせられた。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

 ステージに戻ってきたAdoは高揚した口調で「Adoも空飛べるんだ」と言っていたが、それに続いて、再び自身の胸の内を語り始めた。「よくひとりで泣くんです。『どうしてAdoはたくさんの人に愛されているのに、私自身はなんで変わっていないの?』『どうして私は私なの?』って。いつも、大きくなっていくAdoにふさわしい自分にするために、自分に言い聞かせてきたところもありました」。とても赤裸々な告白。「どうして、どうして私なんだろう」、声を詰まらせながらAdoは何度もそう繰り返す。そして、「でもね」とAdoは言葉を継いだ。「私は私なんだなと思った。もっと美しくAdoとして生きてみたい。でも、そうやって大嫌いな自分から目を背けて、ずっとクローゼットのなかで泣いているのは変わらない。だから、これから私は私のまま生きてみようかなと思った」――。

Photo by 木下マリ

 自分のことを愛せるかどうかはまだわからない。だが、自分という存在をありのままに認め、受け入れることはできる。Adoにとって大きなテーマであり続けた“自愛”に向けて、彼女はまた一歩踏み出したのだ。「私は過去も未来も全部含めて、前に進もうと思っています」「近い未来に、今まで見えてこなかった私のことを知ってもらうことにしました」――そう宣言し、Adoは最後に「これまで私のことをたくさん助けてくれたボカロと歌い手、私の歌を信じてくれたみなさん、そして、クローゼットで泣いている私に向けて」と、「心という名の不可解」を歌った。その歌の響きの違いが、Adoという人間のなかにある固い決意を物語るように聞こえてきた。

Photo by Viola Kam(V'z Twinkle)

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