藤井 風を再び突き動かした“夢”と“原点” 「この作品が必要だった」――NHKドキュメントが映す『Prema』への3年間

 10月9日、『NHK MUSIC SPECIAL 藤井 風 ~いま、世界で~』(NHK総合)が放送された。

 9月5日に3rdアルバム『Prema』をリリースした藤井 風。本番組は、アルバムが完成するまでの3年間を追った内容だった。“初の全編英語詞アルバム”という、藤井にとって大きな挑戦となった本作品。番組からは、アルバムに込めた彼の覚悟、情熱、そして音楽への深い愛が伝わってきた。

 『Prema』のリードトラックである「Hachikō」が配信リリースされた6月13日、藤井はタイ・バンコクにいた。タイといえば、2022年に「死ぬのがいいわ」がバイラルヒットした、彼の名が世界に広まるきっかけとなった場所である。突如発表されたステージにはおよそ1万人の観客が集まり、現地での根強い人気を物語っていた。「これからもう迷いなく連れていきますよ。そんなメッセージみたいなのも一発目に相応しいかなって」――日本はもちろん、世界中で待っているファンに想いを伝えるように、藤井は自身初の英語曲である「Hachikō」をステージで届けた。

 今年夏には初のヨーロッパ&北米ツアーを行い、世界各地の音楽フェスにも出演。そのあいだには南フランスにて、『Prema』収録曲のひとつ「Love Like This」のMV撮影も行われていた。スタッフはヨーロッパのさまざまな国から集められており、藤井も含め、全員が共通言語である英語でコミュニケーションを取っていく。彼自身は幼少期に父から英語とピアノを、姉から洋楽を教わった。なかでも心を掴まれたのは、マイケル・ジャクソンをはじめとした1980年代の洋楽だったという。当時の、音楽と映像が密接に結びついたような作品を思い描き、藤井もアイデアを出しながら制作された「Love Like This」のMV。ストーリー仕立てで、まるで一本の短編映画のような作品である。

藤井 風 - Love Like This [Official video]

 『Prema』が生まれるきっかけとなったのは、遡ること約3年前。2022年に発表された「grace」で、自分は表現したいものを表現し切ったと感じたという。次に何を作ればよいのか迷うなかで、藤井は自身の原点に立ち返った。「(英語のオリジナル曲は)当然、いつかやりたいなと思っていたことでもあるので、そのステップがやっと踏み出せた」と、英語詞の曲を作ることが夢だったと明かした藤井。しかし、制作は思うように進まず、時間ばかりが過ぎていったという。

 そんななかで迎えた、2024年8月に日産スタジアムで行われた『Fujii Kaze Stadium Live "Feelin' Good"』。今の自分の集大成を見せようと臨んだライブで、自身の道のりを振り返りながら、10代の頃の情熱を再発見したという。翌月、楽曲制作のためにロサンゼルスに舞い戻って生まれたのが「I Need U Back」。「次のアルバムに向かうために必要な熱意、情熱をこの曲に奮い立たせてもらおうと思って」と、全編英語詞のアルバムを作る覚悟がこの時に定まったという。アルバムの重要な核となった「I Need U Back」のMVは、番組放送直前の10月9日21時に公開された。彼が「足し算の音楽」と表現した、1980年代の洋楽作品を彷彿させる、どこか懐かしくて輝きに満ちたMV。彼のバックグラウンドを踏まえて観ると、胸が熱くなる。

Fujii Kaze - I Need U Back [Official video]

 自分と通じる“音楽への愛”を感じたことから、アルバムのアレンジはBoAやf(x)、NCT 127などのヒット曲を手掛けてきたプロデューサーの250(イオゴン)にオファー。250も藤井に対して「本当にいいものに対するデータをたくさん持っている人なんだと思います」と語るほど、制作風景からは互いへのリスペクトの気持ちも垣間見えた。

 アルバムの表題曲「Prema」には、〈You are love itself〉(あなたは愛そのものだ)というフレーズがある。「英語はすごくピュアに考えさせてくれる」「ストレートに表現しやすい」と、日本語よりもシンプルでダイレクトな表現になったと藤井は語る。「Prema」は、サンスクリット語で“至上の愛”を意味する。自分自身を愛していくということを、藤井はデビュー当初からずっと歌ってきた。「音楽への向き合い方はそれまでと変わっていないです。でも、新しい一面を共有したいって思いはありました」――そう語る通り、『Prema』は新しい挑戦でありながらも、ずっと変わらない彼の純粋な音楽愛が詰まったアルバムなのだ。

Fujii Kaze - Prema [Official video]

 「Prema」のMVはタイで、アルバムのジャケットは岡山の実家で撮影されたという。「自分自身の魂の成長として、この作品が必要だったんだなということがわかった気がする」と、藤井は語っていた。さらに、「まだ旅の途中ですね」とも。念願だった初の全編英語詞アルバムを送り届けた今、彼は再びツアーで北米を巡ったところだ。その先に藤井はどこへ向かい、どんな姿を見せてくれるのだろう。アルバム制作の舞台裏を知るとともに、これからの彼の旅路がより楽しみになる放送だった。

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