古内東子、『Long Story Short』の根底にある無駄を削ぐ美学 恋愛もラブソングも「全部言えばいいってものじゃない」
古内東子が、2年ぶりのニューアルバム『Long Story Short』をリリースした。 プロデュースを手掛けたのは、代表曲「誰より好きなのに」の編曲を手がけた小松秀行。直訳すると“手短に言えば/要するに”というタイトルを掲げ、大人の恋愛や日常にそっと寄り添う、全8曲が収録されている。古内は、完成したアルバムを“等身大”、“素直な曲たち”と言い表す。ピュアな気持ちで音楽と向き合い、今表現したいことを詰め込んだ収録曲を、ひとつひとつ丁寧に語ってもらった。(編集部)
ハッピーすぎず、アンハッピーすぎず、みたいなところが自分らしい
ーー通算20枚目のアルバム『果てしないこと』から2年半ぶりのニューアルバムがリリースされます。制作前はどんな作品にしたいと考えてましたか?
古内東子(以下、古内):2022年にリリースした19枚目のアルバム『体温、鼓動』がピアノトリオで、前作『果てしないこと』はバンド録音と、毎回、少し変えていて。今回もまた違うものにしようってことで、アレンジャーを迎えてやろうかなっていうふうに思いました。
ーー1996年にリリースされた7枚目のシングルとして大ヒットした「誰より好きなのに」の編曲で知られる、元オリジナル・ラブの小松秀行さんをアレンジャーに迎えてます。小松さんがアレンジするのは2018年にリリースされた18枚目のアルバム『After The Rain』以来、実に7年ぶりとなりますが、どうして小松さんにアレンジを依頼しようと思ったんですか?
古内:ここ1〜2年、シンプルにベースプレーヤーとしてライブをやってもらってるんですよ。あと、昨年、5thアルバム『Hourglass』(1996年6月発売)、6thアルバム『恋』(1997年8月発売)、7thアルバム『魔法の手』(1998年8月発売)っていう時代ーーつまり、小松さんがアレンジしていた時代のリユニオンのライブをやったんですね。
ーー1996年から1998年にかけてリリースされた3枚のアルバム縛りのライブですよね。それはどんなきっかけでやることになったんですか?
古内:まず、中西康晴さんというベテランのピアニストの方に弾いてもらいたいっていうのがあって。『体温、鼓動』の時に1曲やってもらっていたんですけど、しばらくお会いしてなかったので、とにかく中西さんにライブで弾いてもらいたいっていうのがメインテーマだったんですね。当時のミュージシャンの方が皆さん出てくれたし、お客さんもそのアルバムたちを聴き込んでくださってる方が多いので、喜んでくれて。かなり胸熱だったんです。だから、今回はその時代のアレンジャーさんにお願いするのもいいかなと思って。
ーー小松さんは古内さんにとってどんな存在ですか?
古内:ライブで皆さんが聴きたがる曲はやっぱりその頃の作品からが多いので、感謝しています。当時はカセットのデモテープを聴いてもらって、そこから編曲をしてもらっていて。そんなやり取りだったんですけど、今はLINEで簡潔に送るようになって。時の流れを感じますね。
ーーお二人の最初の出会いは1994年9月にリリースした3rdアルバム『HUG』に収録されていた「うそつき」ですよね。この曲のアレンジャーさんは木原龍太郎さんで、現在の古内さんのライブメンバーでもあるドラムの佐野康夫さんともこの時が最初でした。3人ともオリジナル・ラヴのバンドメンバーだった方々ですね。
古内:そうですね。その時にプレイヤーとして初めて小松さんに演奏していただいて、アレンジもやってみたいっていうことで、5枚目で初めてお願いしたんですね。海外にも一緒に行ったので、「Wow!」と思わず言ってしまう“体験”みたいなものを一緒にしたりもして(笑)。
ーーあははは。どんな体験だったんですか?
古内:やっぱりサウンドやスタジオミュージシャンのすごさとか。アメリカってすげー! みたいな体験を一緒に味わったので、あの驚きを超えたい、みたいな基準が二人の中にできて。あと、アメリカとは関係ないんですけど、いまだに「やっぱり中西さんってすごい」っていうのが共通の認識があって。なので、今回も「私は絶対に中西さんにお願いしたいんだけど」と言ったら、いいねっていう話になりました。小松さん的にはアレンジの仕事が久しぶりだったみたいで、楽しんでくれていたなと思います。
ーーちなみに鍵盤奏者でもある古内さんは、中西さんの“すごさ”をどう感じてますか。上田正樹、泉谷しげる、長渕剛、井上陽水、中島みゆきといった1970年代から活躍するシンガーソングライターの数々の名作に携わってる方ではありますが。
古内:スタジオミュージシャンの全盛期を引っ張って、今もなお活躍されてる方ですね。デビューが早いので、手がけている曲数にしてはまだまだ若いんですよ。鍵盤はメロウで美しい旋律を奏でるものというイメージもありますが、そばで見てると中西さんは本当にタッチが強いんですよ。まず、そこが、私の好きなところですね。かといって、乱暴だったり、ピアノは打楽器だ! みたいな感じでもなくて。ジャジーなんだけど、あくまでもポップで、歌に寄り添ったフレーズを弾くところが本当に大好きですね。
ーーこのアルバムの入り口になったのはどの曲ですか?
古内:1曲目「ラジオ」ですね。1人でちょっと体を揺らしてるイメージというか。大人の日常風景が浮かんでくる曲だなと思っていて。飲んでるハイボールの氷や外の雨の音、なんとなく部屋の広さやライティングまで想像できますね。テレビもついていて、土曜日でも日曜日でもなく、平日のある夜、みたいな。いろいろあって、家に帰る。そこは自分の城で、明日もいろいろあるだろうけどっていう空間の歌。いわゆる、恋愛の歌ではないけど、自分らしい歌だなと思えるんですよ。サウンドとしてすごくハッピーなんですけど。
ーーコンガとホーンが入っていて、心地よいグルーブになってます。
古内:ハッピーなフィーリングもありつつ、どこかちょっと切ないというか。どこか頑張れと言いたくなる曲ですね。
ーー歌い出しで、何か嫌なことがあったとわかります。
古内:でも結果、楽しそうというか。嫌なことあったんだけど、ちょっと取り戻しているところもあって。そういう意味での、ハッピーすぎず、アンハッピーすぎず、みたいなところが自分らしいなと思っています。
ーーこの流れで1曲ずつ伺いますが、「満月のせいにして」がリード曲になってます。
古内:これも恋愛の雰囲気がありつつも、実は曲を作っていた時の自分の心情の歌ですね。8曲を作っている中で、次どういう曲にしようとか、あと何曲も作らなきゃなんとか、そういうふうに思う時もあって。スタジオに入る日にちが決まっていて、来てくださるミュージシャンの方がいる。近い未来のことを想像すると楽しくもあるんだけど、とりあえず今はすごく孤独だなっていう時に、いろいろモヤモヤと考えてたりする。そこで、昔は思わなかったようなことも思ったりして。
ーー昔は思わなかったようなことというのは?
古内:今は歌詞や曲を考えているけど、家のことでやらなきゃいけないこともあるなぁ、とか。自分との戦いという意味では、アーティストだからというわけではなくて。それが特別なことでも変わったことでもなく、大人がみんな思ってるようなことな気がしてきて。あ、これは曲になっていくなと思いました。でも、年を重ねていくと図々しくもなったりする。「ま、いっか」みたいなことも増えてきて、すごく悶々とするんだけど、「寝ちゃうか」とかそういう諦めの境地みたいな。「満月だからかな」とか、「月曜だからかな」とか。自分でいろいろと言い訳を考えたりして、オチをつけるっていう。毎日それの繰り返しだななんて思いながらできた曲なんです。
ーー仕事に対することですか?
古内:いや、仕事も含めて、毎日ぐるぐるする。その気持ちを歌にしてます。今の自分にとってはリアリティがあって、愛おしい曲ですね。こういう曲が出るようになったという発見がありますし、結果的に聴いている誰かのエールになればいいなって思ってます。
ーーちなみに歌詞のなかで思い出してる〈あなた〉っていうのはどんなイメージですか?
古内:どなたにも当てはまるような過去の誰か。そんな誰かのことを思い出すことさえも、「なにを言ってんだか」みたいなことで片付けたりして生きてるじゃないですか(笑)。いろいろなものに追われて、それでも日々を機嫌よく過ごすことを目指して頑張ってる私たち、みたいな。
ーーしかも、この1〜2曲目は自分で自分の機嫌をとりながらリカバーしてるんですよね。そこが大人にはグッとくるし、音楽とは別の場所で日々、闘ってる人たちに響くエールソングになってるなと感じます。
古内:そうなればいいなと思って。エールソングを書こうと思って書いたわけじゃないんだけども、今後、歌うたびに自分自身へのエールにもなると思うし、一番すっと出た、素直な曲になったなと思いますね。