Kroi、「HAZE」が映し出す新境地 初の映画主題歌『九龍ジェネリックロマンス』との向き合い方、サウンドへのこだわりを語る
デビュー以降、圧倒的な音楽的吸収力とジャンルレスな表現でリスナーを魅了し続けてきたKroi。2024年には日本武道館公演や横浜赤レンガ倉庫でのフリーライブ、さらに2025年2月にはぴあアリーナMMでの初アリーナワンマンを成功させるなど、ライブアクトとしての存在感をさらに高め、アニメやドラマ、CMなど数々のタイアップ曲も手掛けるなど、活動の幅を大きく広げた。
そんな彼らによる、映画『九龍ジェネリックロマンス』(眉月じゅん原作/吉岡里帆・水上恒司W主演)の主題歌「HAZE」は、九龍の街並みが持つノスタルジックかつ人間味あふれる世界観を鮮やかに映し出す新境地。空間を意識したサウンドプロダクション、作品と共鳴する歌詞世界など、これまでの彼らとはまた一味違う深みを感じさせる。
今回は、その「HAZE」制作の裏側から、映画との関わり方、ミックスやMV撮影のエピソード、さらには彼らが今どんなモードにあり、どんな未来を見据えているのかまで、じっくり語ってもらった。(黒田隆憲)
“音でどこまで伝えられるか” 質感まで追求した初の映画主題歌
――まずは、映画『九龍ジェネリックロマンス』の主題歌を担当することになった率直な心境について一人ずつ伺えますか。
関将典(以下、関):アニメのタイアップはこれまでも経験してきましたが、実写映画に携わるのは初めてで、率直に嬉しかったです。僕自身は依頼を受けるまで原作を知らなかったのですが、メンバーの中には知っている者もいて。これまで関わってきたアニメ作品のような超人的な世界ではなく、人間味のある物語だったので、新しい挑戦になると思いました。
長谷部悠生(以下、長谷部):レコーディング前に映画のラフ映像を観せてもらい、九龍の街並みなどを思い浮かべながら演奏しました。曲作りの段階からシネマティックな要素を意識していたと思いますし、僕自身もレコーディング中は映画館の映像を強くイメージしていましたね。
千葉大樹(以下、千葉):まず思ったのは、これでKroiも吉岡里帆さんに認知されるバンドになれるということ。多くの日本人男性の憧れの的である彼女と、音楽という正攻法で関わることができたことに達成感がありますね。「吉岡里帆さんの脳内に“Kroi”を刻み込めた」と。
益田英知(以下、益田):(笑)。依頼をいただき、これは絶対に映画館で観よう、とまず思いました。僕もまだラフ映像でしか観ることができていないのですが、ノスタルジックな世界観へと没入できると聞いているので、ぜひとも体験したいですね。僕らが作った楽曲も、風景が思い浮かぶような仕上がりになりましたし、映画館で聴いたら相乗効果でさらに良くなると思います。
内田怜央(以下、内田):これまでアニメやドラマのタイアップもやってきましたが、納期が早くて作品が完成する前に曲を作り始めることが多かったんです。でも今回、映画のラフ映像を観ながらじっくりと作り込むことができたのが嬉しかったですね。恋愛映画はあまり観てこなかったのですが、大学生の時に同じく眉月じゅんさん原作の『恋は雨上がりのように』を実写映画で観て、とても面白くて何度も劇場に足を運んだことがあるんですよ。なので、今回のお話をいただいた時も「やってみたい」と思えました。完成した作品もすごく面白いと思うので、ぜひ映画とともに僕らの「HAZE」も楽しんでほしいです。
――実際の曲作り、アレンジはどのように進めていったのでしょうか。
内田:タイアップの時はいつもそうなのですが、今回もいくつかデモを書いて、その中からメンバーやチームと話し合って決めました。東洋の街の湿度や温度感、室外機が並んでいる風景、自然と建物が入り組む様子など、生活の中から自然に生まれたカオスの美しさ……そこに息づく生活感も含めて楽曲に落とし込みたいなと。
長谷部:最初に怜央が書いたデモの段階では、オリエンタルな要素はそこまで強くなかったんです。でも、九龍を舞台にした楽曲に仕上げていく上で、中華的なフレーズやニュアンスを意識してギターでアレンジを加えました。イントロのフレーズを起点に、オリエンタルさを少しずつ足していった感じです。普段はあまりやらないアプローチですが、映画に寄せて新たなアプローチにチャレンジできましたね。
――エレクトリックシタールのような音色が全編にわたって鳴っていますが、あれも長谷部さんが演奏したのですか?
長谷部:実はあれ、エレクトリックシタールではなくギターなんです。少しペラッとした質感にして、クリアだけど独特の響きを出すようにしたので、そう感じてもらえたのかもしれないですね。ギターでも、フレーズ次第でオリエンタルさが強く出せると思うし、そんなふうに感じてもらえたなら本望です。あと、二胡(中国の擦弦楽器)の音色をサンプリングして、それをギターフレーズにレイヤーしているので、それもシタールっぽく聴こえた理由かもしれません。
関:ベースは、怜央から「銅鑼のようなゴーンと響く伸びやかさを出してほしい」と言われました。最初は動きのあるフレーズを弾いていたんですが、あえて一発ドンと置くことで、広がりや遠くに届く感じを演出できると気づいたんです。そこから伸びやかに弾くことを意識しました。そのアプローチが曲全体のオリエンタルな雰囲気にも繋がったと思います。
千葉:ピアノはアコースティック1台で録りました。全体的にゆったりしたプレイですが、実は裏には常に16分が流れていて、それを意識しないとだらけた演奏になってしまうんですよ。特に、サビはシンプルに弾くだけなんですが、どこで音を切るかでグルーヴがまったく変わる。ペダルや鍵盤を離すタイミングでコントロールするしかないので難しかったですが、その中でうねりを作ることを意識しました。中国的な要素は入れていませんが、それはギターが担っていたので、僕はゆったりした中のうねりに集中しました。
益田:僕も千葉が言った16分の流れを意識しました。ほかの楽器がゆったりしているので、今回のドラムはリズムを与える役割が大きくて。全部を16分で刻むわけではないですが、ハイハットで16分を強調しています。特に怜央から「2拍目の裏を強く」とオーダーがあったので、そこをグルーヴの要にしました。ほかがゆったりしているぶん、僕は割とマッチョに、しっかり強めに叩いています。
――歌詞についても伺いたいのですが、九龍の街並みや映画的なフレーズを選びながら、Kroiとしての作品性と映画の世界観をどのように融合させたのでしょうか?
内田:ここ最近は特に“音でどこまで伝えられるか”を意識しています。音楽の良さって、言葉にできない感覚を共有できるところにあると思うんです。逆に言葉で説明しすぎると“正解”ができてしまって、音楽が本来持つ余白を失う気がする。それはもったいないなと。だからこそ、なるべく音に寄り添う歌詞を書きたいと思っています。
ただ、寄り添いすぎると自己満足になったり、意図が伝わらなくなったりすることもある。今回はタイアップで多くの人に聴いていただく曲でもあるので、音に寄り添いつつも街並みや映画的なニュアンスを補うようにしました。そうすることで、結果的に「Kroiが作品の中に入り込んだ」みたいな内容になったと思いますね。
――後半で一度ブレイクしてローファイな質感になり、記憶が靄の中に消えていくような構成がとても映像的だと思いました。
益田:あの部分は、全員で構成を詰めたときに出てきたアイデアだったと思います。怜央が画面共有をしながら「ここにこういう展開を加えよう」と話し合った記憶がありますね。アウトロでローファイっぽく沈ませることで、おっしゃるように靄の中に入っていく感覚を音像で表現する狙いでした。レコーディングの中でも調整しながら質感を強めていったと思います。
――ミックスやサウンドプロダクション、音の質感についてはエンジニアの方と密に話し合って進めるのですか?
関:ミックスは最終的に千葉が担当しています。その上で、全員で細かい調整をしていく流れですね。レコーディングはメジャーデビュー以降、柳田亮二さんにお願いしています。ライブのPAも担当していただいているので、僕らが表現したいことを常に理解してくださっているんです。スタッフも毎回同じ方々に入っていただいているので、「今回はこうしたい」と伝えればすぐに共有できる。今回の“オリエンタルな空気感”も、スムーズに伝わったと思います。
千葉:今回の曲は、複雑なフレーズの絡みなども特になく、普段のKroiに比べるとわりとすんなり進みました。ただ、映画館で流れることを想定していたのでサラウンド対応が大きなポイントでしたね。映画館だと11.4chなどで流れるので、2MIXで仕上げたあとに、エンジニアの古賀健一さんのスタジオでサラウンド展開をチェックさせてもらいました。
古賀さんはAppleがDolby Atmosを導入する前から、自分のスタジオであるXylomania Studioをサラウンド対応にしていた方で、かなり先駆的な設備を持っているんですよ。その環境で聴くと「やっぱりいいな」と思います。今はまだ民生機での普及は限定的ですが、5年後、10年後にはもっと一般的になると思うので。そういう意味で、映画館でこの曲を聴いていただくのは、僕らが狙った質感を体感してもらえる貴重な機会。表現したかったものとの齟齬がないよう、しっかり質感を意識してミックスしました。
――この曲のMVも撮影したのですか?
関:アジア特有の、少し殺伐としているけれど温かみやノスタルジーもある空気感を盛り込んだ映像になったと思います。今回はこれまで多くのMVを手掛けていただいている新保拓人さんに「Sesame」以来、久しぶりにMVを監督していただいて。新保さんの作るMVは、こちらの想像を超えて世界観を広げてくれる。今回もオリエンタルな雰囲気を残しつつ、独自の感覚で表現していただきました。楽曲との親和性も高く、力強い映像作品になったと思います。
――今のKroiとしてのモードや、これからの発展・活動の方向性について教えてください。
関:ここ数年は海外でパフォーマンスする機会も増え、映画やアニメといったカルチャーを通して海外のリスナーが増えているのを実感していて。基本的にはこれまでと変わらず、作品をリリースしてライブを回る。その流れは続けつつも、表現の精度ややりたいことの優先順位をさらに高めていきたいと思います。
一方で、タイアップの機会が増えてきたことで、“自分たちから自然に生まれる純粋な作品”が減ってしまう恐れも少なからず感じていて。そこは常にメンバー同士で意識し合っていますね。それもあって、今後もタイアップだけではない純粋なオリジナル作品を積極的に出していきたい。そうした作品でも、映画やアニメをきっかけに僕らを知ったリスナーにKroiの魅力として届くようなバンドでいたいなと思います。