入野自由、アーティスト活動再始動で向き合ったテーマは「疑念と確信」 仕事や人生に通じる哲学を語る
声優、舞台俳優、アーティストとして幅広く活躍する入野自由。2009年にアーティストデビューして以降コンスタントに作品を発表してきた彼が、レーベルを移籍しての第一弾シングル『Who I Am』をリリースする。TAILが手掛けた表題曲「Who I Am」を始め、軽やかでグルーヴィなサウンドと入野ののびやかな歌声から伝わってくるのは、新天地に一歩踏み出したからこその瑞々しさと昂揚感。新たなスタートに相応しい3曲ができあがった経緯から、自分と向き合って見つけたテーマ、さらに音楽制作や歌への想いを聞いた。(後藤寛子)
アーティスト活動再始動で選んだテーマは「疑念と確信」
ーーまず、アーティスト活動を再始動した今のお気持ちを教えてください。
入野自由(以下、入野):歌うこと自体は好きでずっとやってきたことでしたし、新しく何かを始めたというより、これまでのアーティスト活動と地続きでありつつ環境を変えることに意味があるのかなと思っています。
ーーとはいえ、約15年活動してきた環境を変えるというのは大きな変化ですよね。新しいレーベルで再始動第一弾シングルを作るにあたっては、どういう気持ちで制作に臨みましたか?
入野:制作が始まる前まで舞台をやっていたり、自分の音楽活動のことを考えない期間が結構長かったんです。音楽制作のやり方を忘れていたわけじゃないんですけど、なかなかモードが切り替わらなくて、最初の一歩目をどうするかはすごく悩みました。いろんな作品を観ながらむりやり絞り出そうとしても、あまりいい方向にいかなくて。考える中で、フッと浮かんできたものがテーマとしていいかもしれないとチームのスタッフに話して広げていきました。
ーー具体的に、そのテーマというのは?
入野:「疑念と確信」みたいなことですね。芝居をする時も、歌う時も、人生を生きていく中でも大切にしていることなんですが自分だけが楽しんでいないか、自分ひとりで突っ走っていないか、本当にこれで正しいのか? と、ひとつひとつ考えることが大事だと思っています。これが正しいと決めつけてしまうと、妄信的になってまわりが見えなくなってしまうので。
ーーたしかに。
入野:このテーマが浮かんできたのは、『教皇選挙』という映画を見たのがきっかけなんです。映画の主人公は人や信仰というものを疑わなくてはいけない状況に置かれるんですけど、その状況が作品の中で言葉になっていくのを見ていたら、自分が考えていたことと繋がったので、それをTAILくんに話して楽曲にしていきました。
ーーただ音楽をやりたい、歌いたいという目的より、自分と向き合って掘り下げていくところから始まったんですね。
入野:アーティスト活動をする中で、いつ頃からかな……10年経ったあたりから、自分が歌う意味を見つけたいと思うようになったんです。自分が作詞作曲をたくさんするタイプではないからこそ、全部お任せして作ってもらったものを歌います、というだけではダメだなって。役者業では、役や作品というフィルターを通して、言いたいことや投げかけたいことが生まれてくる。でも、アーティスト活動ではどちらかというと自分に近い部分……今、自分がどんなことを考えているのか、どんな思いなのかを考えるようにしています。
ーーそこで音楽の情報をインプットするのではなく、映画からヒントを得たというのが面白いですね。
入野:基本的にいつもそうかもしれません。音楽からというより、映画や舞台、ニュース、日常の会話も含めて、ふとした瞬間に自分に返ってくるというか。ハッと「自分は今、こういうことを思っているかも」と気づいて、掴んでいくことが多いです。
ーーそこから、TAILさんに依頼した理由は?
入野:僕がレーベル移籍して環境が変化したタイミングで、TAILくん自身も向井太一からTAILになるという変革の時期にいて。彼のインタビューを読むと、彼自身も音楽と自分というところに対して悩んだ時期を経て、名前を変えてやってみることにしたという経緯を語っていたんです。以前にも楽曲を提供していただいて共通言語がすでにあるし、さらに今の自分にも通じるものがあるんじゃないかということで、TAILくんにお願いしたいと思いました。
ーーさっきお話していただいたようなテーマを共有したんですか。
入野:そうです。舞台の地方公演中に映画を観て「ああ、これだ!」とビビッときて、連絡しました。「こういう映画を観てこういうことを思った」と話したり、今のタイミングだからお願いしたいという意志も伝えたら、TAILくんも共感してくれて。その中で、疑うということをマイナスに捉えがちだけど、そうではないんだということを投げかけるような曲になったらいいよね、という話になったんです。
ーーしっかりディスカッションを経て作っていったんですね。
入野:音楽的な部分よりも、今思っていることを伝える。ヒントになりそうなことを全部伝えていく、という作り方ですね。その中からTAILくんの感覚でポイントになる部分を拾ってもらって、そのまま使うのか、違う言葉にして使うのかはお任せという感じでした。
ーー以前も、そういう作り方だったんですか?
入野:まず会って話すことが多いですね。最初に提供してもらった時も、実際に会って打ち合わせしました。TAILくん側も、こっちがどんな人なのか、どんなことを思っているのかがわからないと書きづらいということで。
ーーそういう作り方のほうが深いところまで分かち合えますよね。
入野:それもありますし、自分の中の感覚として、楽曲に対して無責任になってしまうのが嫌なんです。会えるなら会いたいし、話せるなら話して、知ってもらいたい。僕が今考えていることを、伝えたいというよりも話したいという気持ちが強いかもしれないです。
ーーそこから「Who I Am」という、まさに自分が何者かを問う曲ができあがって。最初にタイトルを見た時はどうでした?
入野:まさに、まさに!と思いました(笑)。納得感がすごく強かったですね。TAILくんから提供してもらった曲は、タイトルが強いものが多くて。初めての時は「FREEDOM」というタイトルだったんですけど、僕の名前の中にある言葉だから、それまで避けてきていたんです。でも、この曲と今なら「FREEDOM」という言葉が使えるな、と思わせてもらえた。いつも、そんな機会をくれるアーティストですね。「Who I Am」も、自分の伝えたことがこういうふうに音楽に昇華されていくんだ!という感動が大きかったです。実感がともなう言葉をやりとりしたので、歌詞のなにげない部分にも、自分にとってはすごく具体性がある言葉がちりばめられていたので、とても新鮮に感じました。
ーー歌詞とともに、ここから始まる解放感や自由な感じが伝わってくるサウンドで。
入野:再始動一発目のリード曲なので、サウンド自体には解放感や爽やかさがあるものがいいという話はしていました。あと、「疑う」というテーマ性と、サウンド感の間にギャップがあったほうが面白いんじゃないか、ということで。自分を疑いながら考えていることではあるけど、決して自分を否定するのではなく、前に進むためのものなので。悩みはするけども、悩むことも悪くないし、最終的に常に前向きであるというマインドを表現したかったんです。
ーーなるほど。
入野:ギターのカッティングとかファンクの要素は、ここ数年好きで取り入れていた部分だったので、そういう話もしました。いろいろ細かく話して決めていったので、デモを聞いた時は、「これだ!」と思いました。