エルスウェア紀行がオーディエンスへ届けた“別れのないメロディ” 『夢幻飛行 2025』で見えた新たな旅路
6月14日、エルスウェア紀行が単独ライブ『夢幻飛行 2025』を東京・渋谷 CLUB QUATTROで開催した。昨年リリースされた2nd アルバム『ひかりを編む駐車場』が話題を呼ぶと、今年1月に放送された『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)の恒例企画「プロが選ぶ2024年のマイベスト10曲」で、アルバムに収録されている「素直」を川谷絵音が紹介して、さらに注目度が急上昇。本公演はエルスウェア紀行にとって過去最大キャパでの公演だったが、見事ソールドアウトを記録し、満員のオーディエンスがフロアを埋め尽くした。
ルームランプが並ぶステージに、列車の音を用いた幻想的なSEが流れ出し、「これからのひととき、エルスウェア紀行がお送りする音楽の旅。お忘れ物はございませんか? それでは皆さま気をつけて、行ってらっしゃいませ」というアナウンスとともにメンバーが登場すると、ライブは「ひかりの国」からスタート。この曲は昨年5月に東京・渋谷WWWで開催された単独公演『幌をあげる』の本編最後に演奏された曲で、この日のセットリストには“0曲目”と表記されていた。そこから逆再生のような音を挟んで、“再生”をテーマに作られた1曲目の「ムーンドライバー」が始まっていく。こうした物語性の高い構成からは、2人のライブに対するこだわりが感じられる。
普段のエルスウェア紀行は安納想(Vo/Gt)とトヨシ(Gt/Dr/Cho)の2人編成でライブをすることが多く、ベースの千ヶ崎学、キーボードのsugarbeans、ギターのクロサワを迎えてのフルバンド編成は『幌をあげる』以来だが、演奏の完成度は非常に高い。シティポップ調の「マイ・ストレンジ・タウン」、ジャジーな「スローアウェイ」など、ゴスペルや日本のポップス〜歌謡曲をルーツに持ち、透明感の中に確かな芯がある安納の歌声で、曲の持つ感情や風景をオーディエンス一人ひとりに丁寧に届けていく。かと思えば、Queenや上原ひろみをルーツに持つトヨシの編曲による複雑なリズムアプローチの曲はファンから“魔改造シティポップ”とも呼ばれ、「キリミ」ではトヨシのアグレッシブなビートに、クロサワの歪んだギターが絡み、高い熱量を生み出す。こうした曲ごとの振り幅の広さもエルスウェア紀行ならではの部分だ。
ここで一度安納とトヨシの2人だけがステージに残り、今年3月にヒナタミユから安納想に改名をしたこと、音源はバンドサウンドなのに2人組なこと、トヨシは普段の2人編成だと足ドラム/ギター/コーラスを担当し、バンドセットで普通のドラムを叩く時は手ドラムと呼んでいることなど、「ちょっとややこしい、わかりにくいバンド」であることをユーモラスに説明すると、そんな自分たちの根幹にある“ハッピーサッド”の感覚、“言い切れなさ”を表現したという「問題のない朝」を2人の歌とアコギだけで披露。そこに千ヶ崎がアップライトベースで加わって、「天国暮らし」を演奏すると、ラジオが混線したようなSEから、再びバンド5人で披露されたのはボサノバ風の「ひとときのさよなら」。〈ゆっくり カフを上げて/BGMは夜とギター〉と歌うこの曲は、ラジオ番組『JET STREAM』(TOKYO FM)がインスピレーション源になって、「家にいながら、音楽で旅をする」をコンセプトにしたエルスウェア紀行を象徴する1曲だと言える。
安納はMCで「アルバムのインタビューで、"自分はセンサーが敏感な器であるような感覚があったが少しずつ変わってきた"という話をした。(この2〜3年よく考えていた「自分って何なんだろう?」という問いに)どんな曲をやってもエルスウェア紀行であって、それを好きだと言ってくれる人たちが増えて、空っぽの向こうに輪郭があることを知りこのままでいいと思えた」と想いを伝え、「600人のみんなが聴いてくれたら浮かぶものは600通りあって、それは誰とも共有できないけど、でもその時間と空間は共有できる。いろんな想いを抱えたまま、ありのままの自分をちょっと好きになれたらいいなと思って歌います」と続けて、「素直」を披露した。
この曲の安納による歌唱や抑えたトーン、〈かなしみと手を繋いで/いられたらいいじゃん〉という歌詞も実にエルスウェア紀行らしく、憂いを湛えながらも軽やかでポップなこの曲が、バンドの知名度をさらに高めるきっかけになったのはとても幸運なことだったように思える。そして、「素直」はもちろん、その次の「無添加」や「イマジン」、その間に演奏された「まなざしはブルー」も含め、どんな曲調であってもメロディの美しさ、ポップさは失われていないことが、バンドに対する信頼に繋がっていると強く感じる。