「大事な時期に何もできない」 音楽レーベル代表が“新人アーティストの囲い込み”に向ける問題意識

ヒゲドライバー、baker、烏屋茶房ら個性派アーティストが多数所属し、2025年で創業14年目を迎えたクリエイター総合マネジメント事務所 TOKYO LOGIC。今回、同事務所に所属する若手アーティストのアオワイファイが、代表取締役であるムラタユーサクに直撃取材。TOKYO LOGICの現在地や所属アーティストに対して求めていること、音楽業界に向ける問題意識からムラタの年収に至るまで(?)……安定的な生活を捨てて音楽の道を選んだアオワイファイが疑問に感じていることに、ムラタが単刀直入に応えていく。(編集部)
ムラタユーサクは、なぜアオワイファイをスカウトした?

ーーまずはアオワイファイさんがTOKYO LOGICに所属した経緯、ムラタさんとの出会いについてお伺いしたいです。
アオワイファイ:最初はムラタさんからいきなりTwitter(現:X)のDMが送られてきたんですよ。当時はボカロの楽曲を投稿し始めて少し経ったくらいだったんですけど、急に事務所の社長を名乗る人から「あなたの曲を聴きました。メロディがすごくいいと思います。よかったら会わないですか?」という怪しい連絡が来て(笑)。で、その頃は浅草に住んでいたので、浅草の喫茶店で直接お会いしたんです。
ーーその当時、TOKYO LOGICのことはご存知でしたか?
アオワイファイ:はい。それこそ僕の大好きなアニメ『よりもい(宇宙よりも遠い場所)』のエンディングテーマ(「ここから、ここから」)を作詞・作曲していたのがヒゲドライバーさんで、しかも編曲はヒゲドライVAN(※ムラタがビノ名義でギタリストとして参加しているバンド)だったんですよね。なので「えっ!ヒゲドライVANのギターの方ですか?」みたいなお話をしました(笑)。
ムラタユーサク(以下、ムラタ):そうそう、そんな感じだった。逆に「よく知っているね」って話をした記憶がある。
アオワイファイ:その当時、僕は新卒で就職して社会人1年目だったんですけど、そこでムラタさんに「プロとしてやる気あるんだったらうちに来ない?」とお誘いいただきまして。でも僕はその頃、音楽でご飯を食べていく想像を全然していなかったので、半年くらい考えました。ぶっちゃけ就職先の会社がいいところだったので、そこにいれば確実に安定した人生を送れる。でも、ここで音楽の道を選ばなかったら多分ずっと引きずるだろうな、という思いもあって。で、その頃がちょうどコロナ禍で「自分もいつ死ぬかわからないよな」と思ったのが後押しになって、ムラタさんのお誘いを受けることに決めました。
ムラタ:自分も最初に「いきなり会社を辞めるのは絶対ダメだから」という話をしたんですよね。音楽の道を選ぶにしても、社会人経験は絶対にあったほうが有利だし、あとは部活動の経験もあった方がいい、というのが持論なので。
アオワイファイ:そう、喫茶店で「高校まで何やってたの?」という話も聞かれました。僕は高校時代、部員が100人以上いる有名校の野球部で甲子園を目指していたので、その話をしたら「おお、じゃあうちに来なよ」と誘ってくださって。
ーームラタさんは直接お話をする前からアオワイファイさんの作る楽曲に可能性を感じたわけですよね。最初に声をかけた決め手は何だったのですか?
ムラタ:もともとはうちに所属しているbakerと「そろそろ新人を見つけないといけないね」という話をしていて、自分が纏めた中から彼にいいと思うボカロPの新人を何人かピックアップしてもらった中に、アオワイファイも入っていたんですよね。それで聴いてみたら楽曲もいいし、名前もいいなと思って。なんといってもうちにはヒゲドライバーという人がいるので(笑)。
アオワイファイ:本当かわからないですけど、僕も「最後は名前で決めた」って言われました(笑)。
ムラタ:いや、でも名前はやっぱり大事なんだよ。例えばアニメのクレジットを見て「ヒゲドライバー」って出てきたら、誰だって気になるし記憶に残るじゃない? アオワイファイも絶対に「アオワイファイってなに?」みたいな感じになると思うし。
ーー確かに。今の話で気になったのですが、そもそもアオワイファイさんの名前の由来は?
アオワイファイ:これが自分でもよく覚えていないんですよ。昔からずっと使っているアカウントIDが「ao_WiFi」で、「アオ」は自分の本名からきているんですけど、「ワイファイ」の部分は多分その時にたまたま近くにあったWi-Fiルーターから取ったのかな? 一応「電波のように広く自分の音楽を届けたい」という回答も用意していますけど(笑)、なんとなくで決めた名前が後々に活きたっていう。
ムラタ:でも名前のキャッチーさは本当に大事だと思う。それこそ“中村さんそ”も、名前を見たときにセンスがいいと思ったから本人にもそれを伝えたし。そもそもうちに最初に所属していた3人の名前が、ヒゲドライバー、ゆよゆっぺ、マチゲリータだからね。
アオワイファイ:(笑)。その意味では自分の名前も弊社の伝統に沿ったものなのかもしれないですね。
ムラタ:実際、名前の付け方にも人柄というか人間性が出ると思うんだよね。普通はみんなかっこいい名前を付けたがるものだけど、あえてそこにいかないっていうのは。それは音楽も一緒で、暗い考えを持っている人は暗い曲を作るし、明るい人は明るい曲を作る。例えば中村さんそは、とにかく自分の中の“かわいい”を最重要視していて、クラブミュージックのビリビリくる低音とかも「これ、かわいいんですか?」って聞いたら「いや、かわいいじゃないですか」と返してくる。本人からしたらかわいいんだから、それは“かわいい”なんだよね。そういう自分の価値観やセンスを持っているのは大事なことだと思う。
アオワイファイ:一時期、楽曲を作ることをプレッシャーに感じていたことがあったんですけど、さんそさんのその話を聞いた時に「自分が良いと思うメロディを信じればいいんだ」というメッセージを受け取って、気持ちが楽になったんですよね。それからは余裕を持って自分の曲を書いたり、楽曲提供の仕事に携われるようになりました。
「社長の年収はいくらですか?」(アオワイファイ)

ムラタ:で、何が聞きたいんだね?
アオワイファイ:では単刀直入に、社長の年収はいくらですか?
ムラタ:早くない!?(笑)。でも、具体的な話をすると生々しくなるから控えるけど、一応それなりにもらっていることは言っておかないと夢もないしね。会社としても、今年で創業14年目になるけど、今のところ皆さまのおかげでずっと売り上げは右肩上がりです。そういえば創業3~4年目の頃にTOKYO LOGICの株主総会と称したイベントを阿佐ヶ谷LOFTで開催したことがあって、自社の顧問税理士を呼んで会社の売り上げや財務を全部発表したことがあって。じゃあ15年目の時にまた株主総会を開いて、そこで年収も発表しましょう。
アオワイファイ:いいんですか(笑)? じゃあ、ここからさらに会社を大きくしていくためにやりたいことはありますか?
ムラタ:やっぱりうちに足りないのは自分で歌ったりする人だよね。別にユニットでも何でもいいけど、クリエイター1人に対して1組くらいの比率で、それぞれが自由にプロデュースできる「何か」みたいなものがあれば、みんなのモチベーションも、もっと上がる気がしていて。
アオワイファイ:要は個人のアーティスト業にもっと力を入れてほしいってことですよね。現状、TOKYO LOGIC所属のクリエイターは作家業がメインになっていて、僕も加入した当初は作家事務所という心持ちでいたけど、ムラタさんから「うちは作家事務所ではなくてアーティスト事務所だから」と言われて、ようやくそういう事務所だということに気付いたんですよ(苦笑)。
ムラタ:うちの会社が作曲家の仕事を始めたのは、立ち上げ時に何かしらで売り上げを立てないとマジでみんなお金がない状況だったからなんだよね。当時はボーカロイドが今ほど一般的ではなかったから、仕事を取ってくるのも大変で。ビクターに知り合いのディレクターがいたので企画を持ち込んで、ビジュアル系のボカロカバー集(2012年のアルバム『I ♥ Visualizm feat. 初音ミク produced by マチゲリータ』)を出したり、街でたまたまBABYMETALのMVを見かけて「これは絶対に面白そうだな」と思って、細いつてを辿ってアミューズの人にゆよゆっぺくんのことを営業したりして。ヒゲさんも平野綾さんへの楽曲提供(2012年のアルバム『FRAGMENTS』収録曲「Sunday」)がなかったら地元の山口に帰って就職を考えていたくらいだったからね。僕が制作の人に長文のメールを送ったりして無事に決まったんだけど、2人でレコーディング現場に行ったときに平野さんが「これで地元に帰らずに済みますね」と言ってくれてすごく感動したのを覚えてる。
アオワイファイ:最近でそういう熱いエピソードはないんですか? 実は裏でめっちゃ営業していたんだよ、みたいな。
ムラタ:今でも新人が入ったら色んなところに「こういうところがいいので機会があれば使って欲しい」という話はするよ。それこそ『デレマス(アイドルマスター シンデレラガールズ)』の柏谷さん(日本コロムビアの音楽ディレクター・柏谷智浩)にもアオワイファイくんの話をしたし。
アオワイファイ:その件は本当にありがとうございます! TOKYO LOGICにはヒゲドライバーさんや烏屋茶房さん、篠崎あやとさん、橘亮祐さん、Powerlessさんといった「デレマス」の楽曲を手掛けてきた人たちがたくさんいるので、自分もここに入って「デレマス」の曲を書きたい、と思ったのが入るきっかけのひとつだったので。
ーー実際に2022年には、辻野あかり(CV:梅澤めぐ)、砂塚あきら(CV:富田美憂)、夢見りあむ(CV:星希成奏)が歌う「UNIQU3 VOICES!!!」の作詞・作曲を担当して(作曲はLenとの共作)、その夢を叶えましたね。
アオワイファイ:そうなんです。もちろんすごく楽しかったのですが、CDにはそれぞれのソロ歌唱バージョンも収録されていて、歌詞が違うので計4曲分の作詞をすることになって、『デレマス』への愛が重い分、プレッシャーもすごかったです(笑)。ムラタさんはクリエイターの好みや得意なものを把握したうえでプッシュしてますよね。
ムラタ:そうだね。それこそYASUHIRO(康寛)くんは『リゼロ(Re:ゼロから始める異世界生活)』が大好きっていう話をずっと聞いていたので、この間のアニメ第3期で関われるように仕事の話を持っていけたからね(※第56話挿入歌「水面に揺れるプリステラ」の制作を担当)。
アオワイファイ:そうやって作家業がある一方で、TOKYO LOGICは個人のアーティスト活動もサポートしてくれる土壌がありますよね。その割に自分は全然やっていなかったので、今年は作家もアーティスト活動もどっちもやる、というのをテーマにしていて。実は社内の人たちでやり取りしているチャットでも宣言をしたんですよね。「今年は僕にフォーカスしてください」というアピールをして。
ムラタ:そういうのは今まで少なかったから嬉しかったよ。

ーームラタさんはアーティストとしてのアオワイファイさんをどのように評価しているのですか?
ムラタ:僕が彼に声をかけたのは「明晰夢」(2020年)という楽曲がきっかけだったんですけど、どのアーティストに影響を受けて書いたのかが何となく見えて、本人にその名前を挙げたらズバリ当たっていたんですね。でも、それは逆に志村けんさんや内村光良さんみたいな憑依芸人タイプの素質があるということ。まあ、最初の頃は「こういう感じの曲を作って」ってリファレンスを示すと、似すぎててパクリみたいになることが多かったけど(笑)。
アオワイファイ:そんなこともありましたね(笑)。
ムラタ:それと自分はメロディラインを意識して聴くことが多いんですけど、ワイファイくんはそれがすごくいいですよね。同時期に入ってきたLenくんというアーティストがいて、彼は去年にTikTokでバズった「Watch me」(TVアニメ『2.5次元の誘惑』第1クールEDテーマ)を作った子なんですけど、2人が入ってきた当時、周りのスタッフはみんなLenくんの方にセンスを感じる、みたいな話をしていたんですよ、実は。
アオワイファイ:そうだったんですね。まあ僕は名前がふざけてますから(笑)。
ムラタ:でも、自分はその頃からワイファイくんの書くメロディにもすごく才能を感じていた。どこかヒゲさんと通じるものがあったんですよね。もしうちの事務所で「次のヒゲドライバーは誰か?」となった時に、一番感覚値が近いのがワイファイくんだと思うし、それはヒゲさん本人も感じていることだと思います。それこそこの間も「初めて自分に近い感覚の人が(TOKYO LOGICに)入ってきた」みたいな話をしていたので。
アオワイファイ:確かに僕は楽曲を作る時、歌詞とメロディの親和性を一番意識していますし、ムラタさんからはよく「ヒゲさんと近いものを感じる」という話をしてもらっていましたけど、まさかヒゲさんがそう思ってくれているとは……正直、以前はプレッシャーに感じる瞬間もあったんですけど、今は本当に光栄な話なので、今年は気合いと根性で作家業もアーティスト活動も頑張ろうと思います!