Coldplayが“終わり”を意識して果たす責任 新アルバム『Moon Music』で辿り着いた境地とは

 本作において、まず印象的なのが、トラックリストにおいて「I」が、「JUPiTER」や「GOOD FEELiNGS」、「iAAM」(「i Am A Montain」の略)のように、すべて小文字で表現されているという点である。本作の音楽性は、前作『Music of the Spheres』路線をさらに宇宙的とも言える壮大なサウンドスケープで表現したものが主軸となっており、こうした音像の中で「i」という表記を見ると、広大な宇宙の中で生きる個人(「I」)という存在が、いかに小さな存在であるかを表現しているように感じられる。個人の利害や思惑で衝突するのではなく、同じ宇宙に生きるものとして繋がって生きていこうというメッセージは、これまでのColdplayの表現にも一貫しているものであり、本作ではその想いが作品自体に投影されているのではないだろうか。

 それは、これまでの作品と比較しても、本作がよりマイノリティを支援するという姿勢を明確に打ち出しているという点からも感じることができる。先行シングルとして発表された「WE PRAY」は、UKのクラブシーンを代表する音楽であるダブステップを取り入れ、同シーンで活躍してきたリトル・シムズを起用するという地元へのリスペクトをあらためて捧げるような側面に加えて、ナイジェリア出身のバーナ・ボーイ、アルゼンチン出身のティニ、パレスチナ系チリ人のエリアナといった世界各地のスーパースターを招いた、まさにColdplayらしいグローバルアンセムとなっている。特にエリアナの起用については、イスラエル/パレスチナ間の紛争において、以前から一貫してパレスチナ側を支援してきたバンドの姿勢を改めて打ち出した形だ。同楽曲は今年の『Glastonbury Festival 2024』でリトル・シムズとエリアナを交えて初披露されており、〈And so we pray/For some shelter and some records to play〉(私たちは祈る/シェルターと、再生されるレコードのために)というリリックからも、この曲が(特に)今なお続く戦争の被害者へと捧げられていることが分かるだろう。

Coldplay - WE PRAY (feat. Little Simz & Elyanna) (Glastonbury 2024)

 そんな収録楽曲の中でも特に印象的なのが「JUPiTER」である。ローマ神話に登場する、女性好きで浮気性な主神ユーピテルを由来とした惑星の名を与えられた女性が、その名前を「自分らしい」と感じることができずに苦悩し、それを隠して生きる一方で、天から〈I love who I love〉(私が愛する人を愛する)ようにというメッセージを授かる同楽曲は、自分らしく生きることの重要性を訴えると同時に、極めてクィア的な内容であるように読み取れる。時代を代表するアーティストとして、発信するべきメッセージを的確に捉え、国や世代を超えて届くポップミュージックとして表現しているのである。

Coldplay - JUPiTER (Official Lyric Visualiser)

 そのほかにも、MVに手話を導入している「feelslikeimfallinginlove」や、公民権運動にも参加していた詩人/作家/活動家のマヤ・アンジェロウが伝統的なアフリカ系アメリカ人の歌の歌詞を読み上げる言葉が響く「🌈(英表記は「ALiEN HiTS/ALiEN RADiO」)」など、本作はこれまでの作品の中でも特に「世界中の人々に届けるべき作品を作る」という姿勢が明確に表れた作品となっている。だが、その想いは否定的だったり攻撃的な言葉ではなく、あくまで祈りや、ただその存在を歌い上げることによって表現されているというのがColdplayらしい。アルバムの終盤を飾る「ONE WORLD」で〈In the end, it’s just love〉(最後に残るのは愛だけ)と歌っているように、世界中で起きている悲しい出来事や不平等、問題などと向き合いながら、最終的には一人ひとりを称え、愛を歌う。言葉にすると陳腐に聞こえるかもしれないが、それこそがColdplayがこれまでの活動においてさまざまな形で表現してきたことであり、より理想的な表現を目指して、きっと最後まで挑み続けるのだろう。彼らはそれが何よりも大事だと知っているからこそ、『Moon Music』という作品を作る(あるいは残す)にあたって、これまで以上にその想いを研ぎ澄ませ、見事に完成させたのだ。

【和訳】Coldplay「feelslikeimfallinginlove」【公式】

 「グローバルな活躍をするアーティスト」という肩書きは、その利便性の高さからつい使ってしまいがちだ。だが、Coldplayはその言葉が持つ責任をはっきりと理解し、その影響力を正しく使うということに本気で取り組んできた数少ない存在である。だからこそ、彼らは“活動終了”を決めるにあたって、その決断自体が生む責任とも向き合おうとしているのではないだろうか。これまでにもさまざまな形で“基準”を作り上げてきたColdplayの最新作が、これまで以上に今の世界で起きていることと向き合い、それでもなお愛を信じようとする力作となったのは、作品自体が持つメッセージ性はもちろん、その取り組み方自体もまた、未来の私たちから見た“基準”になるということを願った結果なのかもしれない。

※1:https://www.afpbb.com/articles/-/3382395
※2:https://www.cinemacafe.net/article/2016/05/17/40501.html
※3:https://pophunt.jp/2024/10/01/coldplay-reveals-their-retirement-plan-from-making-music/

■リリース情報
10thアルバム『Moon Music』
発売中
輸入国内盤仕様CD:¥3,410(税込)

<購入特典>
・タワーレコード:タワレコ限定デザイン・ステッカーシート(117x117mm)
・HMV:ステッカーシート(117x117mm) ※HMV&BOOKS Online含む/一部店舗除く
・楽天BOOKS:ステッカーシート(117x117mm) ※特典ナシのカートもございますのでご注意ください
・Amazon.co.jp:メガジャケ ※特典ナシのカートもございますのでご注意ください

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