ハナレグミ、“歌いたくなる衝動”が生まれる瞬間 アルバム『GOOD DAY』に散りばめられた新鮮な試み
オリジナルアルバム『発光帯』のリリースから約3年半ぶりとなる新作『GOOD DAY』をリリースしたハナレグミ。コロナ禍で抱えた葛藤を経て、転機となった2022年の『FUJI ROCK FESTIVAL』(以下、フジロック)でのライブから新たな作品制作へと繋がったという。さまざまなアーティストとの共作や新しい試みが散りばめられ、ハナレグミの音楽の進化と広がりが表現されている本作について、制作秘話やアルバムに込めた想いに迫る。(編集部)
コロナ禍を経た『フジロック』出演で取り戻した感覚
――オリジナルアルバムとしては『発光帯』(2021年)から約3年半ぶりのリリースとなります。
永積 崇(以下、永積):本当は、その1年前の2020年にアルバムを出すはずだったんですよ。だけどコロナ禍に入ったために、予定が延期になってしまって。この先世の中がどうなっていくのか分からない中、映画の主題歌「賑やかな日々」をレコーディングする機会をもらったのをきっかけに、改めて制作にとりかかったのが『発光帯』というアルバムだった。だから、あのアルバムを出せてよかったなーという思いはありましたね。ただ、その後もコロナに対する状況が一進一退だったから、ツアーをやってても、以前には感じなかったような手探りで進めていく難しさを感じる時もありましたね。
――たとえば席数の制限やマスク着用、声出し禁止など、規制は長く続きましたからね。
永積:そう。お客さんの反応とか、距離感も全然変わっちゃったから。自分の場合、オーディエンスとライブしながらコミュニケーションを取るような、ダンスミュージックのような関係性を必要としていて、それで1回1回のライブが完成していくっていうのを目指していたから。だから、その真ん中にある大事な部分が、なかなか構築するのが難しくてね……。思い切りやれない時期が長く続いて。フラストレーションというか、歯痒さを抱えながらツアーをやってた記憶があります。
――これまでにいろいろな会場で数えきれないほどライブをやってきた永積さんでも、そんな思いになっていたんですね。
永積:だけど転機になったのは、2022年の『フジロック』かな。東京スカパラダイスオーケストラにバックバンドを務めてもらって、FIELD OF HEAVENのトリでライブをやらせてもらった時が、もうね~~。思い切りオーディエンスにアピールしていくスカパラの音楽。ジャンルとかを超えて、エネルギーがすごいじゃん? その上にのっかって、自分の中にあった固まっていた気持ちが、全開に解放できた。ここからまたもう一度、新しく次へ向かって始められるんだなって、そんな実感を伴ったライブだったんだよね。お客さんもそういうムードだった。もちろん、当時もまだいろいろと気をつけないといけない時期だったけど、そういうのを突き抜けて、もっともっと遠くへ向かって心を開いている印象を受けたっていうか。あの『フジロック』を経験できたことで、だいぶ取り戻せた感覚はありましたね。
〈わからないを信じてる/素敵に決まってる〉そこに“歌いたくなる衝動”がある
――今年に入ってからのライブでいうと、3月に東京と大阪で開催された『THE MOMENT 2024』もとても充実した内容でした。ストリングスも入った特別な編成で、ハナレグミの楽曲はもちろん、これまでに影響を受けてきた多彩な楽曲も垣根なくセットリストに並べて歌っていくという内容で。編曲は鈴木正人さんに一任して、永積さんはシンガーに徹するという普段のライブとは一味違うステージでしたね。
永積:『THE MOMENT』は、2020年2月に第1回をやって、コロナを挟んでの第2回だったけど、 今まで自分がやってたことと、その先のことの橋渡しになるような企画になると思ってこのシリーズをやっているんです。今回は是枝裕和監督からアイデアをいただいて選曲や構成を組み立てていくパートもあったりと、新しい試みも生まれて。今後も、自分の好きな音楽をやる基本のテーマにプラスして、いろいろな表現者の視点や表現を混ぜ込んで、化学変化が起きるようなステージが作れたら面白いなあ、なんて漠然と考えています。それが今度は作家かもしれないし、絵を描く人や服を作る人かもしれないしね。
――今回のアルバムにも通じる話だなと思って聞いていましたが、永積さんの表現には、純粋に自分の内側から湧き出てくるものももちろんあるけれど、人と交わって得た外的要素から、新しい表現が生まれることが多いですよね。
永積:それは大きいですね。元々バンド活動をしていたっていうのもあるし。バンドって、自分一人の表現だけでは生まれないわけで。メンバーのアイデアと出会って、新しい何かが完成する。そういうやりとりの中に面白さがあると思うしね。今回のアルバムに収録した「Wide Eyed World」の歌詞で、〈わからないを信じてる/素敵に決まってる〉って歌ってるんだけど、わからないものの中に、あるいは、どうなるかわからないからこそ、そこに“歌いたくなる衝動”があるなと思って。そういう気持ちがより明確になって生まれたのが、今回のアルバム『GOOD DAY』なのかもしれないです。
――なるほど。
永積:たとえば、作詞してくれた人の視点を自分のものにして歌うとかね。自分だけで全てを完結できるものばかりになると、何かが止まっちゃいそうな気がしてるのかもしれない。自分の中の、“音楽を止めない”っていう一つの形として、他の誰かの言葉やメロディと交わったりして。その時に自分がどういう歌声でどう表現するのか。その曲をステージで歌う時に、どういう流れの中に組み込んで、どんなアレンジで歌うのか。そういう時に初めて、その曲のより深い部分を感じられる。それってすごく感動的だし、そういう瞬間こそが生々しいというか。音楽の在り方として自然な形なのかなって思うんだよね。
御徒町凧や西田修大がもたらした視点、運命的な出会いから繋がったiriとの共作
――そういう中でも『GOOD DAY』というアルバムは、長年ハナレグミを追いかけてきた人にとっても意外性を感じる、かなり新鮮な驚きに満ちた作品になりました。
永積:今回初めて制作に参加してくれた人たちも多くて、自分でやっていても新鮮だった。それでいて、決して遠くないっていうか、自分の延長線上にある出会い方だなって。
――今回の人選でいえば、「ビッグスマイルズ」「Blue Daisy」に御徒町凧さんが作詞として参加しています。
永積:御徒町凧くんとは、森山直太朗くんとの繋がりでずいぶん前からよく会っていて。現代において、詩人って名乗って活動している人ってなかなかいないでしょ? 彼のことはいつも“ケイ”って呼んでるんだけど、言葉を専門的に扱うケイが、僕の歌詞や言葉を客観的に見て聴いてどう感じたかを話してくれるのがすごく新鮮で。以前から自分が普段から書き溜めている、歌詞にまでなりきらずに手前で止まったままにしていた言葉がたくさんあって。
――断片的なモチーフだけが、溜まっていたと。
永積:そう。結構書き込んでいるものもあるんだけど、やっぱり歌詞にまでなっていないっていうのは、別の視線が入ってこないと立体的にならないような感覚が自分の中にあるみたいで。そこに、客観的な視点として関わってもらえないかなってケイに相談したら、やりたいって言ってくれて。それで、結構な分量がある、歌詞になりきっていない言葉たちをドンと渡して、ケイに見てもらったんです。その中で、「俺、結構これ好きかも」って彼が言ってくれたのが、「ビッグスマイルズ」の原型の歌詞だったんだよね。そこにケイが言葉を足していってくれた。そうして完成させたのが、この曲。
――へえーっ、そうなんですか! 歌詞って、そんな作り方もできるんですね。
永積:サウンドのアレンジ上で、いろいろな人の楽器やサウンドをミックスしていく作業っていうのはこれまでもやってたけど、歌詞の上でセッション的に言葉を足していって完成させたのは今回が初めて。それが、すごく面白かったんだよね。彼の書き方としては、僕(永積)だったらこういう風に思っているんじゃないか、こう見ているんじゃないかっていう感覚から言葉を持ってきてくれていて。
――御徒町さんから想像した、永積さんの視点はこうだろう、みたいな。
永積:そうそう。たぶん、この物語のまだ書かれてない部分は何か、というのを捉えて、それを僕の目線になって完成させてくれた。メールのやりとりで「こういうのはどうかな?」って送られてくるんだけど、たしかに自分でもそう感じてるなって思うフレーズが入っていて。だから、結構びっくりしたんだよね。自分なんだけど、どこか自分じゃない目線がクロスしている感じが、歌っていく上でも面白かった。そうして、まだ世に出てない言葉たちを使ったり、そこに彼が足してくれたフレーズやニュアンスが加わることによって、自ずと出てくるメロディもまた変わってくるし、これまで自分の中で使えてなかったメロディも取り込めたりね。そういうやりとりは、やっぱり刺激的だった。
――それに加えて、編曲で参加している西田修大さんの存在も大きいですよね。
永積:もともとベーシックは弾き語りだけでも完成していて。普通にアレンジしたら、それはそれである意味ブルージーな、今までのハナレグミ的な曲になったと思う。だけど今回は、そこにプラスアルファ明るさを必要としてたんだよね。それは「ビッグスマイルズ」という曲に限らず、今回のアルバムを通して大事にしていたところだけど……。“日が暮れるまでの時間の音楽集”、というのを意識的に考えていた。それには少し若い人たちの発想を取り込みたいって思ったんだよね。(西田)修大はスーパーバタードッグ(※永積が以前に組んでいたファンクバンド。レキシの池田貴史もメンバーとして参加していた)を聴いてくれていて、学生の時にカバーしたこともあるみたいで、ハナレグミにも興味をもってくれていた。アレンジについては基本的に修大の思うようにしてもらっていいし、どんな色でもいいから投げ込んでほしいって依頼したんです。
――「ビッグスマイルズ」も、後半に進むにつれてだんだんとタガが外れたように大胆なアレンジになっていくのが斬新です。さらに言えば、西田さんと荒木正比呂さんがトラックメイキングを手掛けた「雨上がりのGood Day feat. iri」は、突き抜けるようにポップで爽快な打ち込みサウンドになっていて。ハナレグミの新機軸といえる楽曲になっています。
永積:トラック先行の曲作りをいつかやってみたいなって思ってたんです。ヒップホップやレゲエの人なんかは、まずベーシックなトラックがあって、そこから曲が生まれるっていう。話だけは聞いていたけど自分はやったことがなかったから、どういうものなんだろうっていう興味もあってね。修大がストックしていたトラックをいくつか聞かせてもらった中で、このトラックがすごく気に入ったんです。
――この曲にはシンガーソングライターのiriさんがフィーチャーされています。
永積:この曲を作る前から、今回のアルバムの中には誰か別の人の声が入ってきてほしいなっていうのをスタッフと話していて。その中でiriちゃんいいよねって名前が上がってたんです。で、その打ち合わせをした日の夜、RADWIMPSのワンマンを横浜まで観に行ったら、なんと俺の隣の席がiriちゃんだったの!
――なんという偶然!
永積:これは運命だなって(笑)。ライブ終わった後に「実は今日こういう話になって、改めてスタッフ経由で相談させていただきます」って話したら、すごく喜んでくれて、後日正式に参加してくれることになった。
――iriさんというシンガーについては、どんな印象を持っていましたか?
永積:とにかくもう、声がめちゃめちゃ魅力的だよね。あまり聴いたことのない声質だし、声に景色がある。僕はそういう歌声が好きなんです。聴いているうちに、なんだか自分の記憶を引き出されるような感じっていうかね。あとメロディに対しての言葉の乗せ方が、すごく新しく感じたし、独特だなって。自分も30代の頃はR&Bみたいなブラックミュージックに魅力を感じて聴いていたけど、J・ディラ的なちょっと揺れのあるビートと日本語は分離しちゃうなって感じていたし、そういう風に日本語の歌で寄せていくって、やっぱり無理があるなって思っていたフシがどこかであった。だけど、彼女はそれを軽々と超えているし、それでいて日本人的な憂いや気怠さも立ち上がらせてる。ああ、こういう風に歌えるんだなって、彼女の声を聴いているとすごく感じるね。
――最初に「雨上がりのGood Day」を聴いた時、永積さんとiriさんの声が、あまりにも溶け合っているのに驚きました。
永積:そうなんだよね(笑)。僕の声は男性でいうとハイトーンな方で、iriちゃんは女性の中では少し低めなトーンでしょ? 二人で歌ったら、どんな世界観になるのかなって。最初はどういうバランスになるのかわからなかったし、わからないからこそ、ただの男女デュエットじゃないものが生まれそうで、そこが面白いなって思ったんです。
――曲名にある“Good Day”が、アルバムタイトルにも採用されているように、今作のキーワードとなっている印象を受けました。
永積:朝起きたら天気が良くて、青空が気持ちよくて、雲の向こうに遠くの景色が見えて……“Good Day”って思える瞬間って、それぐらいのスピード感じゃない? あまり逡巡せずに、理由もなく「なんかいいかも」って思える。この気分も今回のアルバムのテーマになったなって思ってる。深く推敲しなくていいっていうか。パッと思ったことだけを書く詞にする。それだけでいいと思ったんだよね。特にコロナ禍は、逡巡する時間が本当に長かった気がして。悪い意味ではなくて、浅くて軽いところで心を動かされるようなことに身を委ねるというかさ。そして、そこにあまり疑いを持たなくていいんじゃないかって。
――作詞にはiriさんも参加していますが、彼女にもそういったことを伝えて?
永積:うん。彼女には、デッサンみたいなイメージって伝えたかな。色をいっぱい塗り込んだり、油絵みたいに重い色をのせて削っていくんじゃなくて、鉛筆でラフスケッチするみたいに、ふぁーって書いていく。「イエーイ!」っていうような歌詞でいいと思うよ、って伝えて。そうしたら最高のリリックを書いてくれた。言葉の中に動きがあるというかね。列車に乗って、どこか次の場所に行くまでの間にパッと閃いたことを書いたような軽やかさがあって、すごくよかった。これもまたセッションだなって思ったね。