“奇跡の歌声”で世界を席巻 テイラー・スウィフトら注目のシンガーソングライター ベンソン・ブーンとは

 今年の始めに「Beautiful Things」を初めて聴いた時の衝撃を今でも鮮明に覚えている。素朴なフォークソングを哀愁に満ちた歌声で歌い上げる姿に聞き惚れていると、一転して重厚なロックサウンドが炸裂し、圧倒的なシャウトに思いっきり身体を撃ち抜かれる。恐らく、筆者を含む世界中の人々が、〈Thеse beautiful things that I've got〉と叫ぶあの声を聴いた瞬間に、その歌声の持ち主であるベンソン・ブーンに惹きつけられたに違いない。この曲は全米シングルチャート2位/全英シングルチャート1位を記録する大ヒットとなり、リリースから半年以上が経った今でもチャートの上位を維持し続けている。5月にはラナ・デル・レイが自身のフェスティバル・セットにベンソンを招いて「Beautiful Things」をデュエットするというサプライズを披露し、テイラー・スウィフトは「The Eras Tour」のオープニング・アクトとして彼を起用するなど、まさにベンソンは2024年を代表するアーティストの一人といって間違いない。

Benson Boone - Beautiful Things (Official Music Video)

 2002年6月生まれ、アメリカ・ワシントン州で育った現在22歳のベンソンは、その圧倒的な歌声とは裏腹に、意外にも幼い頃からミュージシャンを志していたわけではなかったという(その見事に引き締まったスタイルが示すように、学生時代はむしろスポーツに打ち込み、特にダイビングのチームで活躍していたようだ)。転機が訪れたのは高校三年生の頃で、当時、友人のバンドのライブでピアノを演奏する予定となっていたベンソンが、急遽、本番直前に脱退したシンガーの代役を務める羽目になってしまったのである。それまでまともに歌を練習した経験のないベンソンだったが、実際にステージ上で歌ってみると、自分には素晴らしい歌の才能があるということを発見したのだ。

 そこからの動きは早かった。歌に専念するために大学を退学し、自身が歌を披露する動画をTikTokに投稿するようになり、アメリカのエンターテインメントを代表するオーディション番組『アメリカン・アイドル』に応募する。すると、同番組で勝ち抜いていく中で一気に注目を集め、視聴者からの熱狂はもちろん、審査員を務めるライオネル・リッチーやケイティ・ペリーといったトップアーティストからの称賛をも獲得したのである。このまま進めば、きっと優勝して『アメリカン・アイドル』発のシンガーとしてデビューすることも夢ではなかっただろう。

 だが、約束された成功への道が開かれていたにも関わらず、ベンソンは「番組をきっかけに売れるのではなく、ちゃんと音楽活動をやりたい」と感じたことで『アメリカン・アイドル』をまさかの途中離脱。以降は自身のオリジナル楽曲をTikTokに投稿し、堅実にファンを増やしていく。そして100万人以上ものフォロワーを獲得した2021年、遂に自分自身の努力によってImagine Dragonsのダン・レイノルズが主催するNight Street Recordsとのレコード契約を手に入れるに至ったのだった(ちなみに現在のSNSフォロワーは1,000万人を超えている)。

 当時はまだ10代であったにも関わらず、自らの才能を信じて大学を中退し、デビューの可能性もあるほどに大きな注目を集めたオーディション番組も途中で辞退したベンソンの経歴は、他者にコントロールされることを拒み、自分らしい表現を追求しようとする強い意思と、何よりも自分を信じる力強さに満ちている。ベンソンが「Z世代を代表する男性シンガーソングライター」として注目を集めるのは、その音楽的才能はもちろん、こうした自らの力で道を切り開いていく生き方も理由の一つだろう。彼が正しかったということは、以降の躍進ぶりからも明らかである。

 TikTokをきっかけとしたブレイクへの道のりや、「Z世代を代表」という言葉を耳にすると、もしかしたら一部のリスナーは距離を感じてしまうかもしれないが、「Beautiful Things」に象徴される、フォークやカントリー、ブルース、ロックなどの要素を巧みに織り交ぜたベンソンの音楽性は、ポップミュージックの伝統をしっかりと受け継いだものであり、まさに「オーセンティック」という言葉がぴったりと似合う。「Beautiful Things」に続くヒット曲となった「Slow It Down」は、切ないピアノバラードを起点に少しずつ感情を昂らせていきながら、やがてスタジアムを揺さぶるほどの壮大でアンセミックなコーラスへと到達するという凄まじい楽曲だが、そのサウンドやパフォーマンスは、自身が幼少期に聴いていたというビリー・ジョエルやスティービー・ワンダー、QUEENといったアーティストからの影響を確かに感じ取ることができるものだ。

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