JASRAC 弦哲也会長×ASCAP ポール・ウィリアムス会長対談 両団体に根づくクリエイターファーストの精神

石川さゆり「天城越え」、カーペンターズ……ヒット経験の裏側

――ポール・ウィリアムスさんといえば、カーペンターズの楽曲で有名です。

ポール:カーペンターズのふたりと出会う前、私とコンビを組んでいたロジャー・ニコルズと書いた楽曲は、どれもシングルのB面やアルバム収録曲ばかりで、私たちの楽曲がラジオで流れたことはありませんでした。しかしカーペンターズの兄妹は、そんな私たちの楽曲を全て知ってくれていて。本当に驚いて、ロジャーと「俺たち有名人だね!」と笑った覚えがあります。私たちがカーペンターズに提供した楽曲も、カレンが楽曲に命を与えてくれてヒットしました。あの経験は本当に素晴らしい贈り物でしたね。それから年月が経って、日本のみなさんが彼らの良さを発見して聴いてくれるようになって、二度のギフトをもらったような気がしています。

――弦会長の代表曲である、石川さゆりさんが歌った「天城越え」はどのようにして生まれたのですか?

弦:石川さゆりさんはもともとポップスの歌手でしたが、年齢を重ねて大人の歌を歌える年齢になり、演歌を歌うようになってからは、順調に演歌の道を歩んでいました。ある時プロデューサーと作詞家の吉岡治さんとの話し合いの中で、今までのイメージをチェンジして、新しい石川さゆりを作ろうということになって生まれたのが、「天城越え」です。作るにあたっては、楽曲の舞台になっている伊豆の天城山に実際に足を運んで、吉岡治さんと一緒にその場で一つワードが出てきたらそれにメロディをつけて、というかたちで言葉とメロディのキャッチボールをするように作っていきました。できあがった時は、石川さんのイメージを一新できたと満足していましたし、石川さん自身としてもすごく大きなチャレンジだったと思います。ただ、レコードはあまり売れないと思っていましたし、案の定発売してもヒットしませんでした。楽曲というものは作家の思いとは別に、楽曲そのものに生命力がなければいけません。「天城越え」にはそれがあったのでしょう。最初こそ売れませんでしたが、結果として発売してから3年後、5年後に売れ始め、発売して40年近く経ちますが、ひょっとしたら今のほうが、発売当初よりも生命力がみなぎっているかもしれません。そういう不思議さを私個人としては感じます。楽曲は1+1=2ではなく、1+1がマイナス100にもプラス100にもなり得る力を持っている。音楽は、そうした先を想像できない世界だから面白いし、そこに魅力を感じて、僕らは離れられずにいるのかもしれません。

ポール:「天城越え」は、とても素晴らしい楽曲です。エレガントで、いろいろな要素が組み合わさっていて、本当に興味深い楽曲です。歌声には力強さがあって、もちろんメロディも力強い。しかしその強さの中にも優雅さがあって、歌のパフォーマンスからは、旅のようなものを感じます。本当にこの思いを、日本語で伝えられたらどれだけ良かったかと思うほどです。心から敬意を表します。Bravo!

弦:ありがとうございます。

――数多くのヒット曲を生み出されてきたおふたりです。ヒット曲が生まれるには、何かしらのギフトがあることも影響しているようですが、秘訣のようなものもあるのでしょうか?

弦:毎日神様にお祈りを捧げていればヒット曲が書けるのなら、いくらでもやりますよ(笑)。さきほどの「天城越え」の話と同じで、どんな楽曲であってもヒットするかしないかは誰にもわからない。聴き手側がどう感じてくれるか、本当に神のみぞ知るです。ちなみに私が歌作りにつまずいた時は、旅に出て気分転換をします。旅先でいろんな人と出会って、会話をして、そういうことが、それまで自分が持っていなかった言葉やメロディが生まれるヒントになります。

ポール:私も同じで、秘訣はありません(笑)。私がどのように音楽を作っているかを話すと……人の名前を思い出そうとしてなかなか思い出せない時がありますが、そういう時は、手を洗っていたり車を運転していたり、何か別のことをやっている時にふと思い出すものです。きっとその人との思い出と、その時にやっていたことの何かが結びついていて、それが働きかけてきて思い出すのではないかと。ソングライティングは、そういうことと似ているのではないかと思います。私自身、作詞をする時や作品の音楽を書く時、すぐ始めるのではなく、しばらく放っておきます。例えば『マペットのクリスマス・キャロル』という作品の時は、原作を読み、次に脚本を読み、シーンの映像を観て、自分が何のためにどんなシーンの音楽を作るのかを頭に入れて、その上でほったらかしておくんです。機が熟したタイミングで改めて作詞や作曲を始めると、ドバッといろんなものが湧き出してきます。時には自分の中から引っ張り出さなければいけないこともありますが、大体の場合は自然とあふれ出てきます。頭で考えるのではなく、自分の中にある過去の似たような経験と結びついて、言葉やメロディが引き出されていくんです。

――ヒット曲に秘訣はないけれど、楽曲作りには自身の経験が大事なヒントになっていると。

ポール:はい。昔ボブ・ディランがインタビューで、「どうやってその素晴らしい楽曲を書いたのか」と聞かれ、「私が書いたのではない。降ってきたんだ」と答えていたのが印象的です。もちろん彼の経験を通して書かれるわけですが、そのきっかけはどこかから授かるものです。

弦:ちなみに、今一つ作りたい曲があって。息子がサンタモニカの隣のマリブで結婚式を挙げたのですが、マリブの海岸がいたく気に入りまして。その時、ちょうど雨が降っていて、雨のマリブをテーマにした曲を作りたいと思っています。「マリブの雨」と曲名だけはすでに決まっていて。曲ができたら、作詞してもらえませんか?

ポール:お安いご用です(笑)。弦さんの話しぶりから、どれだけ感銘を受けた景色だったかが伝わりました。こうした会話も、音楽と同じで心です。私はブラジルの有名なグループの歌手と交流したことがあるのですが、ポルトガル語が全くわからなかったけれど、やっぱりおかしい時は私も同時に笑ったし、シリアスになる時はなったし、会話の雰囲気から伝わるものがあります。ぜひ弦さんとも、今後何かご一緒できたらうれしいですね。

クリエイターが安心して創作活動ができるための環境づくり

――今、世の中ではAIが絵を描いたり、リアルな映像を作って物議となっています。ずばりお聞きしますが、AIがヒット曲を生み出す時代は来ると思いますか?

ポール:それはあり得ません。我々が持っていて、AIが持っていないものがあります。それは「痛みを感じるこころ」です。あくまでも人工知能であって、人工感情ではないのですから。

弦:わかります。私も同じ考えです。AIについては、クリエイター全員、思っていることは同じだと思います。どんなに緻密に、パズルのようにパーツを組み上げたとしても、ハートというパーツだけは組み込むことができません。以前、実際にAIで作られたメッセージを聞いたのですが、やはり心からのメッセージと、AIが作ったメッセージは響き方が全く違います。楽曲も一緒です。

ポール:AIは人によっては素晴らしいツールで、医学の分野においてはとても期待しています。しかし音楽の現場では、やはり一定のルールを設ける必要があり、ASCAPとしてはAIに関して6つの原則を設けています。「ヒューマン・クリエイターズ・ファースト。人間の創造性への権利と補償を最優先にすること」「透明性の確保。AI生成物か人間の創作物か、作品の出所を明確に識別するためのメタデータを保全すること」「同意。自分の作品をAIの学習に使っていいか決める権利の確保」「補償。自分の作品がどんな形であれAIに使用されたら、クリエイターに公正な報酬が支払われるようにすること」「クレジット。AI生成による新曲にクリエイターの楽曲が使われた時に、クリエイターの名前をクレジットすること」「世界的な一貫性。知的所有権が、グローバルな音楽やデータのエコシステムの中で、同じ基準で尊重されること」、これらのことがしっかり実現されれば、将来私がASCAPの会長を退いた後でも、何十年後の未来でもクリエイターの権利は保障されるはずです。

――では最後に、著作権管理団体の存在意義やクリエイターが加盟するメリットについて教えてください。

ポール:私が音楽でご飯が食べられるようになったのも、車にガソリンを入れられるようになったのも、日本のみなさんがカーペンターズの音楽を愛してくださったおかげ、そしてJASRACのおかげです。またASCAPも私の楽曲の権利を保障してくれました。著作権というライセンスは、クリエイターにとって当然の権利です。JASRACは1939年の発足以来すばらしく成功していて、会員のみなさんの意見や声を届け、権利の保護に努めてきてくださいました。それによって、多くのクリエイターが音楽で生計を立てることが可能になりました。音楽を聴くためのプラットフォームは時代と共に変化をしてきて、新しいものが出るたびにいつも戦っているような気になりますけれど、ASCAPのエリザベス・マシューズCEOは不眠不休で、クリエイターの権利保護のために尽くしてくれています。また、弦さんとの友情も育みながら、長くいい関係を続けていきたいです。

弦:JASRACの会長は歴代作家が務めてきて、いわば作詞家、作曲家、編曲家の代表者です。だからこそ、クリエイターの痛みや苦しみ、喜びが手に取るようにわかります。クリエイターが安心して創作活動ができるための環境をどうやったら作れるか。代弁者として、事務方のみなさんと共に、いいものは伸ばし、改善すべき点は改善して、クリエイターと管理者のパイプ役になれることに、私自身幸せを感じていますし、やりがいのある仕事だと思っています。JASRACは設立85年、設立当初からASCAPに管理方法や楽曲の守り方など全てを教わり、音楽文化の面では恩人と呼べるほどで、熱い絆で結ばれていると思っています。これからも末永くお付き合いいただければうれしいです。

ポール:Thank you!

※1:米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP / American Society of Composers, Authors and Publishers)は、アメリカ合衆国における音楽の権利保護を目的とした非営利の演奏権管理団体で、96万人超の会員を有する。1914年2月13日に設立され、創立110周年を今年迎えた。2023年度徴収額は17.37億米ドル。

※2:世界の音楽、映像、演劇、文芸および視覚芸術分野の著作権管理団体により構成される非営利・民間の国際組織。1926年に設立され、2023年現在、116カ国・地域の225団体が加盟。著作権の保護、クリエイターの利益の促進、円滑な集中管理制度の実現などのために活動。1960年に加盟したJASRACは、1980年から理事国に選出されているほか、地域委員会であるCISACアジア太平洋委員会においても中心的な役割を果たしている。フランスに本部を、アジア太平洋、ヨーロッパ、南米、アフリカに地域事務所を置く世界のクリエイターを代表するネットワーク。

一般社団法人 日本音楽著作権協会(JASRAC / Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishers)

1939年、音楽クリエイターたちが集結し、JASRACを創設。
以降、JASRACは音楽クリエイターの権利を守り、その挑戦を支えてきました。
JASRACはこれからも音楽著作権の管理を通じて、
ゆたかな創造あふれる未来を音楽クリエイターとともにめざしていきます。

JASRACホームページ: https://www.jasrac.or.jp
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/jasrac_official
公式X:https://twitter.com/JASRAC_1939

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