クボタカイ、切なさも受け入れる新曲「アルコール」 アルバムでの進化を経て得た自由

“かわいらしさ”と“いっぱいいっぱいの憂鬱が両立した自分”を俯瞰した「アルコール」

――歌詞はサビができてきたところから、スムーズに作っていったんですか?

クボタ:そうですね。細かく韻を踏んでたりするんですよ。韻って結構勝手に連れてってくれるというか、縛りがあって選択肢が少ないので、それに合う言葉をってなったらわりとすぐ進んじゃうんですよ。だからわりとスッと歌いました。韻というか、〈ふらつくつくづくむかつく〉みたいな口が気持ちいい感じとか、テンション上がるんですよね。

――自分ではこの歌詞はどんな気持ちを歌ったんだと思いますか?

クボタ:なんかかわいいですよね(笑)。歌詞の中身的には、思い出してしまうような人がいて、悲しい歌ですし。そういう人に届けばいいなと思うんですけど……この最初の1行が結構効いてるなと思っていて。〈忘れられない夜だけを 忘れたい夜があって だから大人は酒を飲むのです〉っていう。このちょっと小生意気な感じというか。それがあるからちゃんと曲として救われてるような気がしてるんです。かわいらしさと、いっぱいいっぱいの憂鬱が両立した自分を俯瞰で見れるような、いい仕組みになったかなと思ってます。

――この歌詞がおもしろいなと思ったのは、忘れたいことがあって、でもお酒を飲んでもそれは忘れられない、消えていかないっていうことに気づくわけじゃないですか。それって切ないことなのに、最後にはそのことを自然に受け入れていく感じがあるんですよね。何も変わらないままなんだけど、でもなぜか少しポジティブな気分で終わっていくっていう。これはどういうことなんだと思います?

クボタ:その要素ももちろんありつつ……僕、お酒の曖昧感がすごく好きなんです。アバウトになるというか、普通に生きてたらすごくクリアに見えちゃうような辛いこととかをアバウトにしてくれる感じ。その状態であればよりポジティブなことを考えたりできるし、すごくいいなと思うんです。お酒を通して忘れられない夜を忘れようとしている主人公だけれど、本当に大事なものを失ったりすると、「忘れよう」と思うほど「忘れられない」というふうにより深く思っちゃうと思うんですよ。そういう歌なんですけど、最後のオチの部分は、別に忘れる必要もないぐらい、幸せだった暮らしをちゃんと愛していこうとポジティブに消化していくっていう。

――〈あなたと僕の全て〉って終わるわけだけど、実際にはその〈あなた〉はもういないんですよね。それはすごく切ない乗り越え方だと思うんだけど、それも受け止める強さのようなものがこの主人公のなかに芽生えたっていうことなのかなって。

クボタ:うん。ただ、僕は聴き手側が思ったことがすべてだと思ってるので、いろんなふうに捉えていただけたら嬉しいです。落ちメロも意味深ですもんね。

――意味深だし、妄想なのか何なのか、ちょっとぼかした言い方ですよね。

クボタ:そう、飲みすぎてそう思っちゃったのか――。

――そうそう。でも、こういうテーマというか、こういうシチュエーション、こういう感情を歌う時って、後悔だったり未練だったり、「あの時ああすればよかったな」とか「もう間に合わないんだ」という気持ちが入ってくるものだと思うんですけど、この曲はそういうものを乗り越えてる感じがするんですよ。その意味では、今までクボタさんが歌ってきた失恋の曲ともちょっと違う。

クボタ:たしかに言われてみれば。今までよりも、真剣な恋愛を歌っているっていうのがあるのかなと思います。ただ好き/嫌いっていうだけのことじゃなくて、ちゃんと暮らしがあって、恋というよりも愛に密着していて、だからそれが離れた時にどう思うのかを歌っている。そういう前提があるからそういうふうに捉えていただけるのかな、と思います。〈二人で歩いた帰路を 一人で歩く日常 飲んだ言葉が喉に触れるたび 胃液の味がした〉とか。今言われて、「そうかも」と思いました。

宮崎にいた時って、今思うとスナフキンみたいな感じだった

――うん。で、ちょっと飛躍するけれど、そこにはクボタカイがポップスを作っていくなかで、作れる音楽も変わり、向き合うオーディエンスも変わり、東京にも移り住んで……っていういろいろな変化があって。アーティストとして表現するうえで見えている景色が変わってきたこととも関係しているんじゃないかと思ったんです。

クボタ:ほう。

――『返事はいらない』というアルバムもそうでしたけど、もちろん届けたいものを届けるんだけど、それに対して見返りを求めすぎないというか、「あとは好きなように受け取ってね」っていうおおらかさというか。もうちょっと曖昧に、広い場所に向けて音楽を作るようになったからこそ、この曲も忘れられない記憶も受け止めて肯定するような強さに辿り着けたんじゃないかなと思ったんです。気持ちを届けるべき〈あなた〉は具体的には見えないんだけど、でも「届けるんだ」っていう態度は、ポップスを作るということと通じるものなのかなと。

クボタ:ああ、ありがとうございます。スタンスだったり作り方だったり、いろいろと変わっていくなかで、今は音楽に携わるにあたって自分の伝えたいことだったりとかもしっかり出てきていて……難しいですね。なんとなくで作る、すごくラフなものもある種音楽の本質だし、伝えたいことを伝えるっていうことも音楽の本質だし。ただ僕は、その中間をやっぱり目指すべきだなって最近はすごく思うんです。まずは楽しまないとダメだし、そのうえで学びがないと「うん、そうだよね」って聞いているだけの話になっちゃうし。「そこはこうじゃない?」というものがあって初めて会話になるじゃないですか。それが音楽だったら、より顕著な気がするんですよ。楽しみつつ、パッションもちゃんとありつつ、そうやって作るのがいちばんいいのかなと思って。

――「アルコール」は、まさにその「中間」だと思うんですよ。この曲は、言ったらもっと派手にすることもできたし、パンチを強めていくこともできたし、一方ではもっと素朴にすることもできたと思うんですよね。実際、弾き語りでもできる曲だと思うし。今回でいえばknoakさんが入ることで形ができあがっていったわけですけど、だからといってプロデューサーと一緒にバリバリやりましたよ、っていうものにはなっていない。すごくニュートラルなところに着地することができた楽曲なんだと思います。

クボタ:ありがとうございます。自分で言うのは簡単ですけど、人にそう言っていただけると、「ちゃんと伝わってるな」って思えてすごく嬉しいです(笑)。派手か地味かはそんなに考えていないんですけどね。でも、この曲はこれが最適解だったかなと思います。

――だから自分のなかでいいと思えるところに誠実に曲を作っていくわけですけど、そこに対する信頼度みたいなものも増してるんじゃないですか? 鼻歌で生まれてくるメロディに対する自信というか。

クボタ:疑いつつですけどね。でも、たしかに自信はこの曲を通してひとつつきました。僕が「作りたいな」と思っていた曲がドンピシャで出てきたような印象なので。僕はこの曲、すごく好きです。ただ、これまでを通していろんなジャンルだったり音色だったり、ある程度作ってきたので、今の自分がしたいこと、そして今のマインド――やっぱりマインドは曲の材料なんですよ。ポジティブなマインドのままネガティブな曲を作ろうとするのは、もったいないじゃないですか。今ポジティブがあるんだったら、レゲエしちゃいなよ! みたいな(笑)。あるもので戦うのがいちばんいいと思うから、それでやっていこうかなと思ってます。

――そういう意味では、たとえば住む環境が変わって、感情の動きとか生まれてくる感情のバランスとか種類は変わってきました?

クボタ:変わっていきますよ。向こう(宮崎県)にいた時って、今思うとスナフキンみたいな感じだったんですよ。釣り糸を垂らして、魚を待ってるあいだにギターを弾いて、そのうちにプルプルって竿が震えて、それで釣った魚を持って帰って、料理作って、お酒飲んで、リラックスして、「さっきの曲の打ち込みでもするか」みたいな。いいと思うんですよ……いや、めっちゃいいな(笑)。ただ、今は今でちゃんと都会のなかで思ったこととかを鼻歌で歌って、家に帰って曲にして。こもりっぱなしで、ずっと(曲が)できたり。だから、マインドは変わっていますね。

――スナフキンじゃないクボタカイがこれからもっともっと出てくるんでしょうね。

クボタ:技術的なものもひとつずつステップアップしていきたいです。僕は今アコースティックギターを弾いてるんですけど、ライブでエレキを追加したらよりおもしろいんじゃないかとか、そういうことをいろいろやっていきたいですね。やれることが広がると作り方にも影響するんです。特にコードなんかはより顕著なので、がんばります。

――新しいコードを覚えると曲は変わっていきますからね。

クボタ:そうですね。コードって語彙力なんだなと思いました。「悲しい」、「寂しい」、「嬉しい」だけじゃなくて、「夜ひとりで寂しい」みたいなコードもあったりとか「おかしくなりそう」みたいな変なコードもあったりとか。そういう細かいところもちょっとずつでもちゃんと覚えたいなと思っています。

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