リアルサウンド連載「From Editors」第64回:ディック・ブルーナが描くミッフィーは尊さで溢れている

 「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。

誰にでも書けそうなうさぎだけれど、ディック・ブルーナだけが描けるうさぎ

 ここまで図録についてよく書いてきたので、今回も素敵図録を紹介しようと先日神保町に行って探したのですが、あまりときめく作品がなかったんですね(個人的には一見した時の“ときめき”が大事だと思っています)。なので、持っている図録のなかから、今回はピックアップしてみました。『誕生60周年記念 ミッフィー展』の図録です。

 オランダ語で「うさちゃん」という意味の「nijntje」(ナインチェ)と名づけられた小さなうさぎ。絵本作家のディック・ブルーナによって生み出された真っ白のこのうさぎは、やがてミッフィー/うさこちゃんシリーズの主人公として愛されるようになります。ミッフィーの生誕60周年を記念して開催されたのが、2015年に日本で開催された『ミッフィー展』です。

 1955年にブルーナが描いた最初のミッフィーの原画が初めて公開されたのが、この展覧会でした。その最初のミッフィーが、図録の表紙に描かれているうさぎです。今の姿とは違って、すこしずんぐりむっくりしていますよね。でも、真っ白のうさぎであること、口がバツであることは、今とまったく同じです(1963年の2版目から、今のミッフィーに近いスタイルになったのです)。耳もハート型でとってもキュート。真っ白の布地に黒の線で描かれた素朴な表紙ですが、これだけでときめきポイントは爆上がりです。しかも、サイズは単行本とほぼ同じ。小さなサイズの図録というのは意外と珍しくて、自分の図録コレクションのなかでも特にお気に入りです。

 ミッフィーの絵本には、それぞれにテーマがあります。雲に乗ったりお月さまの滑り台で遊ぶという夢を描いたもの、お姉さんになっていく成長を描いたもの、大切なくまのぬいぐるみを失くしてベッドにもぐりこんでしくしく泣いている姿を描いたもの。ベッドからどのくらい耳を出すのか、やっと見つけたくまのぬいぐるみを大事に抱くミッフィーの表情はどんなものなのか……何枚も何枚も描き直したスケッチがこの図録には収められています。

 ミッフィーの顔は小さな黒い目とバツの口だけで、すごくシンプル。だからこそ、悲しいのか嬉しいのか怒っているのか喜んでいるのか、その微細な描き分けがとても重要なんですね。平凡で誰にでも書けそうなうさぎだけれど、耳の角度、目と口の距離、涙の粒の大きさ、一つひとつの配置がミッフィーという小さなうさぎを象る重要なポイントであることが、何枚も重ねられたスケッチによって伝わってきます。

 ミッフィーの作品には、よく手紙のモチーフが登場します。これはブルーナ本人が手紙が好きだから、という理由だそう。このブルーナの話が私はとても好きで、ミッフィーには、ミッフィーの絵本には、彼の好きのすべてが詰め込まれているんですね。そもそもミッフィーは、ブルーナの息子がうさぎが好きで、そこからうさぎのお話を絵本にしようと思い立ったところから生まれたのです。素敵な人だなあとつくづく思います。

 昨年はブルーナの絵本誕生から70年を記念して開催された絵本展にも行きました。来年の2025年6月21日には、ミッフィーが誕生してから70年を迎えます。きっと再び『ミッフィー展』が開催されることを祈りながら、その時にはまた図録コレクションを増やしたいと思います。

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