TETORA 上野羽有音、サブスクを解禁しない理由 “名盤”を目指して『13ヶ月』が完成するまで

 TETORAにとって4枚目のアルバム『13ヶ月』が6月19日にリリースされた。「1月」から「12月」までの12曲を収録したコンセプトアルバムとなっており、上野羽有音(Vo/Gt)らしい切り取り方で季節ごとの情景がひと繋ぎに描かれている。一方、TETORAは現在サブスクで音源を解禁しておらず、そのことが本作の届け方にも大きく関係しているのだとか。今回のインタビューでは、上野にストリーミングや配信についての見解を語ってもらいながら、『13ヶ月』が生まれた背景や、TETORA独自のリスナーへの“問いかけ”に迫っていく。(編集部)

TETORA - 13ヶ月 - いつもバージョンティザー
TETORA - 13ヶ月 - ハッピーバージョンティザー

ライブハウスに行けない時期を経て“新しいTETORA”へ

――まず、この半年間はいかがでしたか?

上野羽有音(以下、上野):今年は声帯ポリープの手術から始まって、2ヶ月ぐらいお休みして、やっとライブできるようになって、『cut off Polyp tour』というショートツアーをまわって。バンドの活動がようやく元に戻って、今いい感じになってきたところです。

――『cut off Polyp tour』ってユーモアのあるタイトルですよね。上野さんが声帯ポリープのことを明るく受け止めて、ファンの人にも「大丈夫だからね」と伝えてくれているような感じがしました。手術前後で声の調子も変わると聞きますが、不安はありませんでしたか? 

上野:ありました。私は声が特徴的だとよく言ってもらえるんですけど、その特徴が全部なくなったらどうしようと思ってました。そこらへんにいるただの歌うまお姉さんみたいになっちゃったら、TETORAじゃなくなる気するな……と。だけど手術しようと決めて。手術することを公表するかしないかも迷ったんですけど、ポリープになったことのあるバンドの先輩に相談したら「それ自体も強みにできないバンドはおもんないで」と言ってくれはって。それならもう前面に出していこうと決めました。そんな感じで、ツアーのタイトルも(笑)。

――復帰ライブが3月1日でしたね。ライブのない1~2月はどのように過ごしていましたか?

上野:1月はライブハウスに行くのも禁止で。病院の先生には「空気が悪いから」と言われたんですけど、同じ病院に行っていたポリープの先輩からは「音楽を聴くだけで声帯震えるからアカンって先生に言われたよ」と聞きました。それで「音楽を聴くのもアカンのか」と思いつつ……ライブのない日もほとんどライブハウスに行っていたような人間やったので、音楽のない1ヶ月が分からなすぎて、涙が出てきましたね。

――つらかったんでしょうね。

上野:つらかったです。病院の先生に「ホンマにあかんのですか? ライブハウスにとても行きたいです。悲しいです」とメールしたんですけど、やっぱり「いけません」って。ホームのライブハウスの(心斎橋)BRONZEが1月で10周年だったんですよ。1月は久しぶりに来てくれるバンドもいたのに、自分は行けへんくて、SNSで楽しそうな様子だけ見ていて。それがもうムカつきすぎて、でも声出せへんから泣くのも我慢して、ずっとイライラしてました。2月からライブハウスに行けるようになって、喋れるようになったので、そこからリハビリしていった感じです。

――復帰後最初のライブはいかがでしたか?

上野:最初のライブの時はヤバかったです。キーの感覚がとれなくてずっと全音上を歌っているみたいやったし、自分の歌の癖みたいなものも何も出なかったし。「誰の声?」って感じでした。だけど2~3本やったら、だんだん感覚掴んできて、癖もちゃんと出てきて。ライブ前に一人でカラオケ行って自分の曲をめっちゃ練習したけど、その時は全然歌えなかったんです。でもライブになると、アドレナリンなのか、人前で歌うことの責任感なのか分からないけど、感覚が戻ってきて……喉以外の感覚は自分の体が覚えていたということなのかな?

――それはあるかもしれないですね。TETORAはずっとライブやっているバンドだから、ステージに立つ時の姿勢とかも今さら毎回意識しないかもしれないけど、歌う時に脚をどのくらい開くか、胸をどのくらい張るか、みたいなことは体が覚えていて、ステージに立てば自然といつもの姿勢になるという。

上野:そうかもしれないですね。1本目のライブはガチガチでしたけど、2~3本目以降はマリオがスターを取った時みたいに、ちょっと声を出しただけで大声がバーンと出るみたいな感じでした。理屈とか全然分からんけど、バーンと声が出て。だから結論、手術してよかったです。

――音楽と距離をとらなきゃいけなかった期間を経て、心境の変化などはありましたか?

上野:まず、「ライブってこんなに楽しいんや」と純粋に思いました。あと、ライブやバンドにずっと没頭していた分、時間を置くことで客観的に見れるようになった気がしていて。2月になって久しぶりにライブハウスに行った時には「私らがいてた世界ってこういう感じやったんや」という感じで第三者目線で見ることができました。

――第三者目線で見た時にどんなことを感じましたか?

上野:自分たちは、細かいことで悩んでいたんだなって。「いや、気にするべきなのはそこじゃないよね」「全体を見たら、もっとできることがあるよね」というふうに気づけたことがいろいろありました。過去のライブ映像を観ていて「あっ、ここ恥ずかしいな」と思う部分が変わったんですよ。そういう発見があったのがよかったなと思ってます。

――上野さんが発見したことはメンバーにも話して共有するんですか?

上野:メンバーとは話さないです。話さなくても同じテンションでやれているような気がするし、合わせてくれているような気もする。直接やいやい言うよりも、感覚的なものを共有しながら、一緒にやっていく方が分かり合えるんですよね。私のせいでTETORAがライブできなくて、2人の活動も止めちゃったけど、その間に2人はいっぱいライブハウスに行って、いろいろなライブを観に行ってくれていたみたいなんです。だから2人にもいろいろな価値観の変化があったと思う。それがミックスしているのが今のTETORAの状態やと思います。

「入り口を広げるために音楽活動をしているわけでもない」

――さて、4thアルバム『13ヶ月』が完成しました。前作リリースから2年の間にもTETORAはたくさんライブを行っていましたが、「そろそろ次の作品に向かっていきましょう」というモードになったのはいつ頃でしたか?

上野:いつ頃やったか忘れたけど、レコーディングの日を先に決めてもらって、そこに向かって曲を作っていきました。そうじゃないと、たぶん一生曲できないタイプなので(笑)。

――アルバムのタイトルは『13ヶ月』で、「1月」から「12月」までの12曲を収録。ここまで明確なコンセプトを持ったアルバムは今作が初めてです。「コンセプトアルバムにしたい」という思いが当初からあったそうですが。

上野:私らの世代は「あの曲めっちゃ好き」というふうに曲単位で喋ることが多いんですけど、打ち上げとかで先輩と喋った時に、「Nirvanaのこのアルバムが好き」というふうにアルバム単位で語れる人が多いなと思ったんです。「1stアルバムはここが良かった」「2ndアルバムのここが好き」というふうにリリースの時系列も理解した上でアルバムの話をしているのが私にはすごくカッコよく見えたし、なんだかしっくりきたんです。TETORAは今、配信とかサブスクをやっていないから、「もしかしてTETORAやったら、アルバム単位で話題に上がるような、カッコいいアルバムを作れるのかな?」と思って。それでコンセプトアルバムを作ることにしました。

TETORA - 1月 - MUSIC VIDEO

――「アルバムの話をする先輩がカッコよく思えた」という感覚について、もう少し詳しく聞かせてください。

上野:今って「このバンドはあの曲だけ知ってる」とか「TikTokで流れてた数秒間だけ知ってる」「1番だけ知ってる」みたいな人が少なくないというか……もちろん全員がそうではないと思うけど、そういう聴き方がブームになっている気がするんです。例えるなら、映画のクライマックスだけを観ているような感じ。あるシーンだけを切り取って「これはハッピーな映画だね」と思っても、最後まで観たら全く違う印象になることもあるじゃないですか。私たちは数秒間だけの音楽を作っているわけではないし、1番だけを作っているわけでもない。1曲だけを聴いてほしいんじゃなくて、CDに入れた曲は全部聴いてほしいと思っている。アルバムの話をしていた先輩は、全部ちゃんと聴いた上で好きと言っているのがカッコいいなと思いました。私らも、ちゃんと全部を聴いた上で好きだと言ってほしい。今のブームの中で、その意図を一番分かりやすく伝えるにはコンセプトアルバムがいいのかなと思いました。「名盤」という言葉は全曲知らないと言えないじゃないですか。だからサブスクをやってない私らから、「名盤」と言われるアルバムをリリースしたいなと。

――とはいえ、「TikTokをきっかけに注目が集まる→ストリーミング配信の再生数も伸びていく」というのが2020年以降の一つのヒットルートであるというのもまた事実で、そういう形でのヒットを狙って制作をしたり戦略を組んだりしているアーティスト、チームも少なくありません。だけどTETORAは現状CDでしかリリースをしておらず、ある意味ではトレンドに逆行する運営方法と言えます。このルートを歩みたいという気持ちはありませんか?

上野:今のところはないです。だけど、TikTokで流行っているバンドや「TikTokを通じてこの曲が好きになった」という人のことを否定的にも思っていません。受け取る側として音楽との出会い方って、なんでもいいと思うんです。「TikTokで流れてて」でも「街中で流れてて」でも「好きな人がよく聴いてて」でも。だけど最終的に行きつくところは1つの曲であってほしいし、アルバムを作る人間として私は「1曲だけしか知らない」という状況も絶対嫌やから、ちゃんとアルバムまで聴いてもらいたいなと思います。

――今おっしゃった「最終的には曲全体を愛してほしい」「他の曲も愛してほしい」という気持ちは、おそらく多くのアーティストが持っているものだと思います。それこそ「出会い方はなんでもいい」という思いがあるからこそ、「入り口が1つでも増えるなら」という感覚でTikTokを運営したりバズを望んだりしているんじゃないかと。だけどTETORAは現状TikTokもストリーミングもやっていない。やらないことに、何かこだわりがあるんですか?

上野:「やらないこだわりがある」というよりかは「やる意味がまだ見つからない」という感覚に近いかもしれないです。サブスクもTikTokも、別にやりたくないとは思っていないんですよ。だけど「これをやることは、こんなにもカッコいいことなんや」という理由がまだそこまで……私の心のコップが溢れてない状態。やから別にやっている人のことを否定もしないし、やりたいと思ってもいないという感じです。

――「ストリーミング配信やTikTokがあれば、TETORAのカッコよさに気づく人の数が増えるかもしれない」というのは、「やってもいいかな」と思う理由にはならないということですかね。

上野:そうですね。別に、入り口を広げるために音楽活動をしているわけでもないので。自分たちがホンマにカッコいいと思うことをやって、それに気づいてもらえるのが一番理想的な気がします。自分の納得できることだけをやりたいです。

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