【山上路夫×村井邦彦 対談】日本のポップスを更新した巨匠コンビ、半世紀以上にわたる交流を振り返る

山上路夫×村井邦彦 対談

「翼をください」「学生街の喫茶店」……名だたる名曲の制作秘話

ーー山上さんと村井さんのコンビで「栄光の朝」(歌唱はフィフィ・ザ・フリー)という曲を作りましたね。あのあたりがアルファの最初期でしょうか。

村井:第一弾でしたね。すごく時間かけてレコーディングしたからね。

ーーあれこそ、お二人が作りたいものを作ったという感じなのでしょうね。

村井:そうですね。

山上:歌い出しを英語にしちゃったのがちょっとまずかったかなという気がしていますけどね。

村井:本当? いいんじゃないかな。「グロリアス~」ならみんな分かるよ。

ーーしばらくすると、山上さんはアルファを離れますが、改めて理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか。

山上:最初はクニが作曲、僕は作詞ということで、アルファをつくったけど、とにかくクニは仕事が大好きな人で、どんどん仕事を拡大していっちゃったんですよ。僕がついていけなくなっちゃった(笑)。僕はアルファミュージックの経営なんて、それは太刀打ちできないから、クニに任せますということで、作詞家だけでやらせてもらいました。

ーー村井さんはその時、実際にはどのように思っていたのですか。

村井:ガミさんは言い出したら聞かないからしょうがないんだよ(笑)。とにかく突っ走っていましたからね。そりゃそうですよ、録音スタジオをつくって、レコード会社をつくって、アメリカのA&Mレコードと提携してとかって、そこにガミさん、一緒についてきてくれって言われたって困るよ。……っていうことは、今となればすごくよく分かる。

山上:僕はできないからね。

ーーアルファはユーミン(荒井由実)やYMOをはじめ、いろんなアーティストを輩出します。山上さんはどうご覧になっていましたか。

山上:クニのプロデューサーとしての大きな成功例ですよね。それによって日本の音楽が広がっていった。最初は歌謡曲があり、フォークが出てきて、その後にニューミュージックができた。そのあたりから「日本のポピュラーミュージック」といえるものができ上がった。クニのプロデューサーとしての大きな功績だと思います。

ーー当時、アルファが送り出した音楽が、近年になって「シティポップ」と呼ばれ、欧米やアジア各地でリバイバルしています。

山上:これもクニの成功、功績だね。クニがいろいろなアーティストを連れてきて、育て、新しい音楽を作っていった。その成功例だと思います。

村井:『山上路夫ソングブック』のブックレットにガミさん自身の思い出が語られていて、とても興味深く読みました。その中で「学生街の喫茶店」(歌唱はガロ、作曲はすぎやまこういち)にも言及しているんだけど、改めてここで説明してもらえますか。

山上:当時、「学生街」という言葉は、世の中にあまりなかったのね。だから、これを使えば歌になるんじゃないかなと、何年も前から考えていたんですよ。

ーーパリに行った経験も影響があったのでしょうか。

山上:そうですね。クニに連れられてパリに行ったのが1969年で、その前の年がいわゆるフランスの五月革命(1968年5~6月、学生を中心に起きた反体制運動)だったわけですよね。もう1969年にはパリの街はきれいになっていましたけど、ここで学生運動が始まったんだなと感慨深くなったりして。そういう影響も非常にありましたし、もう一つはカルチェラタンの学生街そのものがいいなと思ったんですよ。僕は学校に行かなかった(少年期から長期間病床ですごしたため)からね。

村井:ああ、なるほど。

山上:うん、そういうこともあったし。学生街って、とてもいいものだなと思っていて。具体的にどこの学生街かは決まっていないんだけど、あの曲を書いたんですよね。当時、全国から電話がかかってきたの。「モデルはうちの学生街ですか」とか「うちの大学の話ですよね?」と。みんながそんなふうに思ってくれた。だから、みんなそれぞれに自分の学生街というものがあるんだなと思いました。

村井:僕にとって学生街といえば、御茶ノ水の駅から駿河台の坂を下って、途中に日本大学があったり、明治大学があったり。あのあたりのイメージだな。

山上:あれ、三田(村井の母校、慶應義塾大学がある)じゃないの?

村井:田町の駅から横丁を通って、雀荘がたくさんあって(笑)。みんな授業に出ないでそこで麻雀をやっているから、通称「親不孝通り」というんだけどね。あのあたりは歌のイメージじゃなくて、やっぱり御茶ノ水だったな。

ーー「学生街の喫茶店」は発売当初、シングルのB面でしたが、途中でA面と入れ替えたというのは有名なエピソードになっています。A面からB面に回った「美しすぎて」は山上さん作詞、村井さん作曲です。

山上:「美しすぎて」はいい曲なんだよね。今の時代は「美しすぎて」なんじゃないかな。当時ヒットしたのは「学生街の喫茶店」だけど、それがまた今ひっくり返った。ユーミンも「美しすぎて」が好きだと言っていました。

村井:うちの奥さんも好きだと言っていたよ。

山上:いい歌だよね。

村井:「美しすぎて」はかなり有名になっているけど、もっと埋もれている曲にも光るものがあったりするんです。森山良子が歌っている普通の街の歌で、すごく良い詞の歌があったんだけど、タイトルが思い出せないな。みんなに聴かせたいねえ。

山上:森山良子ちゃんといえば、桜を歌った曲があるんですよね。

村井:あれもいいね。

山上:タイトルは忘れちゃった。

村井:「花びら」という歌じゃない?

山上:そうそう。〈桜をひとひら 口にふくみ あなたの くちづけに 花びらあげるの〉……という詞なの。

村井:それはすごいね。曲は僕が書いたの?

山上:もちろんそうです。いい歌なんだよね。最初ね、良子ちゃんが「意味が分からない」と言っていて、後で意味が分かって「夢に見ちゃった」と言っていた(笑)。

ーー『山上路夫ソングブック』に「花びら」の音源は収録されていませんが、ブックレットの巻末に載っている山上さんの作品リストによると「花びら」は1989年の作品です。歌はやはり森山良子さん。

山上:平成元年か。いい歌ですよ。あれはアレンジをちょっと変えて欲しいんだよね。ジャズになっちゃって。

村井:ジャズか。そうそう、思い出した。やっぱり間違いなく「花びら」という曲だ。当時、編曲家のボブ佐久間さんがジャズにしちゃったから(笑)。これ、やり直ししよう。

山上:いいですよ、アルバムにいっぱい良い曲があるんですよ。

村井:『ソングブック』を補遺するCDを作りましょう。

山上:大変だよ(笑)。この『ソングブック』だって、いろいろあって3年かかっちゃったんだから。

ーー山上さんにとって、村井さんとの曲で、最も印象に残っている曲を挙げるとしたらどの曲でしょうか。

山上:えーっと、いっぱいあるんだよね。なんだろう。さっき言った「花びら」というのも印象に残っているんですよ。クニから最初にもらった「夜明けの子守唄」(歌唱は森山良子)もそう。

ーー印象に残っている曲は、ヒットしたとか、しないとか、そういうこととは関係ないのですね。

村井:ないんだね。2人ともそういうのは全然考えないね。いいと思うものだけを作る。これをやれば当たるだろうとか一切考えていなかったね。

ーー村井さんにとって、山上さんと作った曲で印象に残っているのは?

村井:やっぱり「翼をください」ですね。〈この大空に翼を広げ 飛んで行きたいよ 悲しみのない自由な空へ〉……というところがね、最高ですよね。本当にいい詞だよ。

ーー山上さんは少年時代、病床にいることが多かったそうですが、翼を広げて大空に飛び立ちたいという思いは、少年時代の夢を反映しているのでしょうか。

山上:それは遠因にはなるかもしれないですね。あの詞を書いている最中はやたらと忙しくて、苦しかったんですよ。それでも書かなきゃいけない。合歓の郷のコンクールで発表する時間が決まっていたものですからね。3日間くらいしかなくて。七転八倒しながら書いた記憶があります。だから、歌の中にそういう意味がこもっていますよ。自分の日常生活が入っているという感じですね。

ーー最初、山上さんは「希望」という詞を書かれて、それを書き直しして「翼をください」が生まれたそうですね。

山上:「希望」を書いて、クニに渡したら曲が返ってきたんです。このままでは詞が負けちゃうから、曲を生かせない。それで書き直したんですよね。書き直すに際して、もう3日しかなくて、コンクールの当日に渡したと思うんですよ。2時間くらい前に彼ら(赤い鳥)に渡ったんでしょ。だからコーラスのアレンジもできていなかったみたいで。

村井:楽屋でアレンジして、その場で教えたの。

山上:そうなんだね。よく歌っていたよね。すごいよね。

ーー村井さんも山上さんもコーラスがお好きという印象があります。

村井:僕はコーラスが好きですね。ガミさんもお父さんがコーラス隊をやっていて、コロムビアだっけ? お父さんが専属で仕事をしていた会社は。

山上:コロムビア・リズム・ボーイズ。その後、東京リーダーターフェル・フェラインという男声合唱団の創設に関わった。日本一のアマチュア男声合唱団になって、今でも活躍しています。

村井:ガミさんのお父さんはバスだよね?

山上:バス。

村井:そうか。やっぱり「翼をください」がコーラス曲になるのは必然だったんだね。

ーー山上さんと村井さんのコンビは55年になります。改めて振り返るとどんな思いでしょうか。

村井:ガミさんと一緒に仕事ができて、本当に幸せなことだったと思いますよ。55年間、詞について心配しなくてよかったんだもん。送れば、何か良い詞が返ってきて(笑)、いい曲になって、残る曲ができていって。

山上:面白いんだよね。クニとやっていると。とんでもない良い詞ができたりするんですよね。どういうわけか分からないけど。

村井:まだまだたくさん書こうねー。

山上:そうですね。やりましょうね。

■リリース情報
『山上路夫 ソングブック-翼をください-』
仕様:CD5枚組三方背BOX入り 
山上路夫自身が語る作品への思いや濱田髙志による楽曲解説を掲載したブックレット全176P
完全生産限定盤
監修:濱田髙志
発売日:2024年3月13日
品番:MHCL30853-7
価格:14,850円(税込)
発売元:株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ
収録曲・購入詳細はこちら:https://www.110107.com/s/oto/discography/MHCL-30853

■ラジオ情報
番組タイトル :ニッポン放送『日本のスタンダード』ソングをつくった男・山上路夫の軌跡
放送日時 :2024年5月2日(木)11:00~13:00
パーソナリティ:泉麻人 濱田髙志
アシスタント :箱崎みどりアナウンサー(ニッポン放送)
特別出演 :山上路夫
コメント出演 :大野真澄、亀渕昭信、松井五郎、Myuk、村井邦彦、森山良子、由紀さおり
※あいうえお順
企画・構成 :濱田髙志

『モンパルナス1934』
村井 邦彦/吉田 俊宏 著
詳細はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/64366f9e427a88002f502e94

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