大河ドラマ『光る君へ』作曲家「成功体験みたいなものはない」 冬野ユミ、劇伴制作の喜びと苦労

大河ドラマ『光る君へ』作曲家インタビュー

ラジオドラマの音楽で劇伴作曲家としてデビュー

ーー演奏活動から作曲にシフトされたのは?

冬野:ずっと演奏活動を続けていて、大学を卒業してからはスタジオのお仕事もやっていたんですけど、ある時、舞台の音楽を演奏する仕事が来たんです。それまでお芝居の音楽は全くやったことがなかったんですけど、そこで意気投合した音楽監督の方が、NHKのラジオドラマの演出を手掛けていらして、「ラジオドラマの音楽をやってみない?」と声をかけていただいたのが、きっかけでした。

ーーその方のお名前は?

冬野:今はもう亡くなられてしまったんですけど、角岡正美さんという、ラジオドラマの神様のような方です。角岡さんからは、ものすごい洗礼を受けましたね。角岡さんとの初作品は、海外ラジオドラマ『屈辱』でした。その後、「FMシアター」というラジオドラマ枠で、当時はものすごく攻めたドラマを作っていらして、音楽もウィスキーの瓶に水を入れてシェイクした音をサンプリングして取り入れたり、とにかく一風変わったものを求められました。「今度はオンド・マルトノでやって」とか「民族音楽のケチャでいくから」と言われたりして。そういうやり方に感化されて、どんどんのめり込んで行きました。

ーーかなりアヴァンギャルドですね。

冬野:当時、AKAI professionalから出ていた「S900」というサンプラーが恰好のオモチャじゃないけど、それを使って音楽を作るのがとにかく楽しくて仕方がなかったです。他にも夜の町に繰り出して雑踏を録り、それをサンプリングして音楽を作ったこともありました。

ーー昔の劇伴は、現代音楽の作曲家が食い扶持としてやっていたり、譜面が書ける歌謡曲や演歌のアレンジャーが片手間で手掛けることがあったようですが、全く別のところから入られたわけですね。

冬野:私の場合、全くそういう方向ではなかったんです。これも角岡さんのアイデアでしたが、NHKにあるスタインウェイの素晴らしいピアノの弦の間に消しゴムを挟んだりして。プリペアド・ピアノと言うんですけど。

ーージョン・ケージが生み出した手法ですね。

冬野:ええ。今はもう時効だと思いますけど、もちろん楽器班には内緒で(笑)。NHKでそんなことをやったのは、たぶん私だけだと思います。そうこうしているうちに、朝ドラの『スカーレット』や、今回の『光る君へ』のチーフディレクターの中島由貴さんが入社されてきて、彼女が初めて手掛けるラジオドラマ作品で、私がやっていたBANANAというユニットが音楽を担当することになり、そこで初めて一緒仕事をしました。大道珠貴さん脚本の『おっぱんさま』というラジオドラマで、お互い若くて、彼女もかなり尖っていて、これもかなり弾けた内容だったんですけど、音楽もコントラバス奏者に音程を無視してギーギー演奏してもらったり、彼女からの注文でアンビエントな音を入れてみたり、とにかく色々なことをやりました。中島さんとは、今も角岡さんとの思い出を含めて「あの頃はおもしろかったよね」なんて話をよくしますね。

絶えず面白いことはないかと探している

ーーこれまで多数の作品を劇伴を手掛けられて来た中、どういった部分で苦労されましたか?

冬野:劇伴で一番大変だなと思うのは、自分で好き勝手に音楽を作ればいいわけじゃなくて、演出家の意向を汲みつつ、音楽を作ることです。もちろん事前に台本を読んで自分なりにイメージを膨らませたりするわけですが、(作曲家としては)作品はやっぱり演出家のものだと思うので、演出家がどういう音楽を欲しているかを探るようにしています。特に初めて組む方の場合は気を遣いますね。

ーーそこはお互いの擦り合わせが大事だと。

冬野:特に音楽は言葉ではなかなか表現し難いところもあって、たとえば演出家から「ここは悲しい感じが欲しい」と言われても、お互いどういう音が悲しいと思っているのか、全然違うこともあります。そこで意思の疎通が図れないと、何回もダメだしされてしまいます。これは以前の経験談ですが、演出家から既存のオーケストラ曲をイメージとして提示されたことがありました。その雰囲気を取り入れてデモを出したんですけど、監督からは何度やっても「違う」と言われてしまって。後々、分かったことなんですけど、監督が欲していたのは、そのオーケストラの中にうっすらと流れているピアノの音だったんです。つまり、同じ曲でも聴く人によって、どこを聴いているのか、どういう風に思って聴いているのか、全く違うんですよね。また、演出家の好みがある一方、自分の音楽をも出したいので、どこかで帳尻を合わせるというか、納得していただくというか。そういったところは苦労といえば苦労ですね。

ーー参加された作品について、映像と音楽の関係性については、どのようにご覧になっていますか?

冬野:昔の映画やテレビドラマは、画を観て尺に合わせて作曲する「当て書き」が主流だったんですけど、現在では、放送が始まる前にまとめて何十曲と録音して、そこから選んで使ってもらうスタイル(※溜め録り&選曲方式)がほとんどなんです。ですから、オンエアを観ると、「ここにその音楽を付けるのか」みたいなことが毎回あります。観ると色々とストレスが溜まるので(笑)、中にはオンエアを観ないこともあるし、自分が書いた曲についても「もう少しこうした方が良かったかな」と後悔する気持ちがよぎってしまうので、あまり成功体験みたいなものはないんですよね。それと、演出家から「音楽で救ってください」なんて言われることもあるんですけど、良き映像には、音楽はいらないって思うし、音楽で救えたらとは思いますが、なかなかむずかしいと思っています。もちろん、演出家の方々に喜んでいただけることが第一なので……来るもの拒まずで、いただいたお仕事に関しては常に全力で取り組んでいますが。

ーーそういう意味では、連続テレビ小説『スカーレット』は、幸運な出会いだったと言えるのではないでしょうか。主題歌はSuperflyの「フレア」でしたが、劇中で、メインテーマ的に使われていた「エカルラート」は印象に残っている人も多いかと思います。

冬野:とにかくドラマがヒットすると、音楽の印象も深まるものなんですよね。大勢の方が『スカーレット』を好きになってくださって、いい場面で「エカルラート」がかかることで、皆さんの胸に響くものがあったのだと思います。あの作品は、音楽を聴いて泣いてくださったり、たくさんの反響をいただいたので、自分としても『スカーレット』と出会えたのは、すごく幸せなことだと言えますね。

ーーお話をうかがっていると、非常に自由闊達に音楽を作られている印象がありますが、ご自身の作風はどのように捉えていますか?

冬野:そうですね。絶えず面白いことはないかと探しているところはあるんですけど、やっぱりバート・バカラックやパーシー・フェイスなどの昔の映画音楽や、クラシックだと、ラベルやドビュッシー、マーラーといった近代音楽に影響を受けたところはあります。美しく切ないメロディに、音をぶつけたり、ちょっとした違和感のあるハーモニーをつけた予定調和じゃない音楽が、自分の真骨頂かなと思っています。

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