大友良英が語る、『いだてん』音楽制作と劇伴作家としてのスタンス「時代と空気感とストーリーを体に入れながら過ごした2年半」

大友良英、『いだてん』と向き合った2年半

 1年間続いたNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』も大詰め。この記事が公開された数時間後には最終回(第47回)を迎える。音楽を担当した大友良英にとっても、2年半も付き合ってきた大仕事の終わりである。

 『いだてん』オリジナルサウンドトラックの第3弾『完結編』も先ごろリリースされた。メインテーマの「完結編リミックスVer」に始まり、7分以上にも及ぶロングバージョン「1964/いだてんメインテーマロングVer」で終わる内容は、完結編に相応しく、CDだけ聴いても壮大なドラマが脳裏に浮かんでくるような充実ぶりだ。

 この取材が行われたのは第45回「火の鳥」の放映直後。大友自身も、まだ最終回の映像を(音楽がついた状態では)まだ見ていないという段階だった。ドラマの結末も含め、「1964/いだてんメインテーマロングVer」がどんな風に使われているのか。楽しみに待ちたい。(小野島大)

「何が大切なの」っていうところを外さないように、いつでも自分に問いかけてる。 

一一『いだてん』長い間お疲れさまでした。

大友良英(以下、大友):いやいや。ほんと、スタッフみんなお疲れさまでしたっていう感じで。あと総集編の作業が残ってるみたいだけど、もう俺はこれで完全に手が離れて。寂しいですよ。寂しい。めちゃくちゃ寂しい。寂しすぎて思わず昨日『あまちゃん』の映像見ちゃったくらい(笑)。

一一2年半くらいですか。

大友:うん。2年半はやってた。2017年の6月くらいからだから。『いだてん』だけにかかりきりだったわけじゃないけど、ただ、ずっと資料をいつも持ち歩いて読みながら、なんとなく『いだてん』の時代と空気感とストーリーを体に入れながら過ごした2年半かな、って思いますけど。

一一資料というのは?

大友:ドラマ部からいろいろくるんです。田畑さん(田畑政治。阿部サダヲ演じる東京オリンピック招致に尽力した朝日新聞記者)にしろ、金栗さん(金栗四三。中村勘九郎演じる日本人初のオリンピック選手)にしろ全然資料がなくて、だからドラマ部がどんどん提供してくれる資料が重要で。その資料を元に、自分なりに昭和史とか調べたりとか。直接役に立たないことのほうが多いですけどね。当時どんな音楽が流行ってたか、なんて直接には何にも反映しないんですけど、ただ、調べましたね。それも面白い作業ですよ、すごく。

一一当時の流行歌とか、そういうのってほとんど今回のドラマには登場しなかったですね。

大友:うん、ほぼ出てこない。唯一〈♪走れ~大地を~〉っていう、1940年のオリンピックのために作られた曲(「東京オリンピック」)。あれに俺は直接関わってないけど。

一一それから三波春夫の「東京五輪音頭」と。

大友:そう。あと流行歌じゃないけども、金栗さんの奥さんのスヤさんが歌っていた「自転車節」とか。あとは金栗さんが聴いたかどうかはまったくわからないけど「復興節」、当時の、関東大震災のあと流行った曲。そのくらいしか使っていないね。

一一流行歌を流すのが、時代性を示すには一番手っ取り早いと思いますが。

大友:そうですよね。でも最初の段階でそういうことはしないっていう話になってたと思うな。『あまちゃん』みたいな音楽ドラマじゃないので。あと、たとえば昭和初期の流行歌を聴いて「あぁ~、これ昭和4年頃だよな」って思う人少ないでしょ。1980年の松田聖子を流せば誰が見てもあの時代を思い浮かべるけど、たとえば大正末期の歌とか昭和初期の歌を流したってわからないもん。だからそのままは使えないなって思いましたね。

一一たとえば終戦~復興のシーンのときに流れる定番みたいな、「りんごの唄」とか。

大友:〈♪赤い~りんごに~〉。でも終戦のシーンってほとんどなくなっちゃったから。実は終戦の後くらいのパートに渡辺貞夫さんのサックスをいっぱい使おうと思って、貞夫さんにお願いして録音したのに、蓋を開けてみたら終戦の後のシーンがほとんどなくて。一番使おうと思ってた場面が欠落しちゃったんで、ナベサダさんを使う場所が限られてしまった。だからね、ほんとに貞夫さんには申し訳ない気持ちです。

一一じゃあ、そういうシーンがあるだろう、という大友さんの見込みで?

大友:見込みの元に。最初の段階ではまだ本ができてないから。でも当然、時代を追っていったら終戦後とか進駐軍が入ってくる頃とか、あとは選手村になった代々木のワシントンハイツのあたりの風景は描かれるんだろうなと勝手に思ってた。でも実際には、進駐軍の話も思ったほどは出てこなくて。

一一台本ができてなくても、こうなるだろうと、ドラマの先行きの展開まで読んでいる。

大友:読んで作ってましたね。(予想を)外したところもあるし、外れなかったとこも。

一一じゃあ、作ったけども使われなかった楽曲もいっぱいある。

大友:あります、ありますよ。300何十曲作って、多分7割くらいは使われてると思うけど。CDに入ってるので使われなかったのもありますからね。CDも先行して出ちゃうから。使われるだろうと思って使われなかったの、実はある。

一一じゃあサントラ盤を買った人が、この音楽を流れるシーンを見つけようとしても見つからない。

大友:うん、前のCDで一曲ある。言わないでおくけど。それをもし言い当てる人がいたらほーんとに大したもんですよ。

一一なるほど。今さらですけど、2年半やってきて一番苦労した点は。

大友:苦労したのは最初ですね。このドラマがどういう方向に向くかが全然わからなかったので。オープニングのテーマは「なんかこれでイケる」と思ったんですけど、そのあと最初の劇伴を作る段階で、宮藤(官九郎)さんの脚本を読みながら「一体どっちの方向を向いていいか」って、すごく苦労しましたね。だから曲をいっぱい書いちゃった。どうにでも転べるように。後半に行けば行くほど曲数が少なくなるんですけど、それは絞れてきたからだと思います。僕のほうでも「あ、こういうの作ればいい」っていう。まぁ外したのもあるけどね。でも後半はかなり絞れたと思う。

一一ドラマを見てて思うんですけど、ほんとに伏線がいっぱい散りばめられてて、めちゃくちゃ後になってそれが回収される。今でもやってるじゃないですか。あれじゃ先の展開も読みづらいだろうなと思って。

大友:だって、47話あって「前半の伏線が最後の40話くらいで回収される」って言われても、最初の頃は読んでてもわかんないですもん。まさか五りん(神木隆之介演じる古今亭志ん生(ビートたけし)の弟子)がこうなるなんて、最初のほうの本を読んでてもまったくわからない。

一一五りんくん、どうなるんですか、あれ。

大友:迷走にも程があるよね(笑)。なぜ迷走させてるかと言うと、このドラマの中にいくつものストーリーが入ってるんだけど、落語の「富久」の筋と五りんをシンクロさせているんだと思います。それで最後に「富久」のオチと五りんのオチを一致させる展開ですよね。だから一本のストーリーじゃない。『いだてん』は群像劇だけど、金栗さんのマラソンランナーとしてのストーリーもあるし、田畑さんのオリンピックを東京に呼んでくるっていうストーリー、嘉納治五郎(役所広司演じる柔道の創始者)のストーリーも、いくつものストーリーがあって、そこに「富久」のストーリーもずっとどっかで常に流れてる。「富久」だけじゃなくいろんな落語のがね。でも特に「富久」は重要なんだと思う。

一一そういう意味で見る人の、ある種の教養が問われるみたいな。

大友:そういう意味では普通のドラマよりハードルは高いですよね、やっぱり。俺もこんなに脚本読み込むのに大変だったドラマ、ないから。『あまちゃん』はラクだったもん。何も考えなくてもバカバカしくて面白かったんだけど、これはけっこう考えないと。「きっとこれ将来これに繋がるんだろうな」とか、いろいろ想像しながら読んだりしてましたから。嘉納治五郎が最初のほうで松明持って羽田の競技場でワーッとみんなとやってるところ、これは後々聖火ランナーに繋がるんだろうなとか思ったり。そういうふうに読み解いて音楽をつけていかないと。もはや文学ですよね。

一一音楽担当としては、監督に言われるがまま付けてりゃいいってもんじゃない。

大友:うん。その先の想像力も必要だし。とはいえ、日曜の20時にやる娯楽ドラマですから、それを娯楽にどう落とし込むか、その係のひとりが音楽だったような気もするんですよね。だから文学的な音楽を作るつもりは一切なくて。このドラマがどうすればわかりやすくなるか考えてた。音楽がないとけっこうわかりにくい作りだなとも思ってたので。

一一音楽が付いてない画だけのものは我々は見る機会はないですけど、だいぶ印象は違う?

大友:違うと思いますね。音楽がないとわかりにくかったと思う。ストーリーはすごく面白いけど、一回でパッと見て理解するためには音楽が必要だって思いました。ストーリー細部は多少難しくても、音楽はなんだかわかんないけどいい感じで泣ける、っていう方向を目指した。なんだかわかんないけどすげぇ激しいぞ、めちゃくちゃ走ってるぞ、とか。音楽はむしろ理屈っぽくならないように直感的にわかるように心がけたかな。

一一普段作ってる劇伴とも違う意識だったってことですか。

大友:普段の劇伴ではここまで考えないねぇ。今までで一番、そういうところは考えましたね。音楽はどこの位置にいて、どういうふうに見てる人に伝えればいいのか。俺、自分の中で勝手に『ニュー・シネマ・パラダイス』作戦って呼んでたんですけど。『ニュー・シネマ・パラダイス』って、あのエンニオ・モリコーネの、なんだか知らないけど死ぬほど泣ける音楽が流れると泣けるじゃないですか。あれなんか、細かい筋じゃないと思うんですよね。ちっちゃい子供と映画技師が二人いて、あの音楽が流れるとなんだか知らないけど泣ける、っていうので押していってる。映画音楽にはけっこうそういうのあるんだけど、あの『ニュー・シネマ・パラダイス』のエンニオ・モリコーネ作戦だ、と思って。とにかく「なんだかわかんないけどこの音楽が流れるとこういう感じに見える」っていうことはすごく意識したかな。

一一情緒面を担当していた。

大友:うん。情緒だけじゃなくて設定がわかるというか、背景も。時代設定に関しては美術さんや衣装さんにお任せして、そこに音楽がつくことである時代の状況が見えるようにするとか。情緒を煽るんんじゃなく、ある状態や設定を見やすくしたかった。「この人笑ってるけど、実は困ってるんだ」とか。「この音楽が流れると治五郎の思いが背景に見えるとか」そういうのがわかりやすくなる音楽で、かつ、なるべく長がけしたほうが今回はいいと思って。

一一長がけ?

大友:うん。要はシーンがけっこうカットアップで行ったり来たりするから、それに合わせて音楽がズタズタになるとあんまり良くないと思って。多少筋は無視していいから音楽を長くかけられるように作ったほうがいいと俺は思って、そういうふうに作ったんです。ただ前半はね、けっこう細かく切ったりしてるんだけど、だんだん後半になるに従って長くかけるようになっていってる。で、その長がけの秘訣は、一番最後のシーン、ここでこの音楽を落としたいっていうところに合わせて、その前はどうあれ付けちゃうっていう作戦に、だんだんなっていってるかな。

一一音楽は画を見て付けつけるんじゃなくて。

大友:本を読みながら想像して、で、たとえば2回目3回目の録音になるともうすでに何話か見てるわけだから、そうすると想像がつくんですよ。監督と、それから音響担当と脚本読みながら「だいたいこう作るだろうな」って。それで先読みして作っていく感じかな。もちろん外すのもいっぱいありますよ。そこのシーンに付けるつもりで作ってたものが別のシーンに付いてたりもあるんだけど、あ、それもアリだな、とか。たとえばジャカルタの暴動のために作った音楽がジャカルタの暴動じゃない場所にかかることもあるし、別の曲がジャカルタの暴動に付くときもあるし。それはまぁ、作った後に考えてもらえばいい。

一一回が進んでいくに従ってそういうコミュニケーションもスムーズになって。

大友:そうそう。最初のうちはけっこう抽象的な話しか出ないけど、回が進むと「初回の頃に使われたこういう曲が、時代が昭和になって深くなってくるとこういうふうに変質するってことでいいんじゃないかな」とか、そういう具体的な話し合いになってくるので、最後のほうはスムーズに出来ました。

一一差し支えなければこれは外したなっていう何か例を。

大友:一番外したのは、「田畑のテーマ」。前作のサントラの3曲目に入ってるものすごい速いジャズのやつなんですけど、あれ田畑に合うと思って、田畑のシーンを撮る前に作ったら、合わなかったんです。田畑(の動作や言葉)が速いから、後ろに速い音楽付ける必要がないという。

一一あぁ、説明過剰になっちゃう。

大友:そう! もう十分に田畑だけで速い音楽になってるので。でも結局予告編に結構使われました。かなり力入れて遊びも入れて作った大曲だったのに。でも、毎回ちょっと遊んでるとこもあって。たとえばテーマ曲だったら『スーパージェッター』と『木枯し紋次郎』とか、自分の中でちょっと遊びながら、パクるんではなくてテイストを取り入れてる。で、その田畑の回は『サンダーバード』なんですよね。『サンダーバード』のいろんな断片を取り入れてるんですよ。田畑は組織を組んで、チームでいろいろ解決していくじゃないですか。それは『サンダーバード』だなっていうふうに勝手に思って(笑)。しかもマーチですから、オリンピックなので必ずマーチ的なものは必要だろうと思っていて。そういうふうに自分の中で遊びながらやってた部分もある。

一一それは打ち合わせで具体的な名前は……。

大友:それは監督には言わない。言ったら「違う」って言うに決まってるし(笑)。たとえば『いだてん』のオープニングは『スーパージェッター』でやりますって言っても誰にも意味が通じないし、俺の中だけの話でいいと思ってる。聞いても誰も『スーパージェッター』なんて思わないように作ってるから。だけど『スーパージェッター』の音楽を聴いてもらうと「ほんとだ、この出だし一緒だ」ってわかると思うんです。それ以外のいろんな音が違うので雰囲気は変わるんですけど。あのちょっとアナログな、オールドな疾走感とか。

一一『スーパージェッター』のアニメをやってた時期って……。

大友:1965年です。オリンピックの時期の何かでやろうって決めてたんです。それでそのへんのものをいろいろ探ってて。出だしの♪ジャンジャカジャンジャカってリズムだけは使おうと思って。最初は実際のオリンピックのファンファーレで行こうと思ったんですよ。だけど許可が下りなかったので、じゃあオリンピックそのまんまじゃなくていいけど、オリンピックと同じスケール感、ハーモニー感を使った別のファンファーレを作って、それで♪ジャンジャカジャンジャカって始まったところで、何のジャンルの音楽でもないものに展開して、と思ったのね。それがだんだんサンバみたいになっていったり、どこの国の音楽でもないものになっていく。自分の中ではそういうストーリーを作ったんです。

一一直接的に当時の流行歌を使わなくても、大友さんのインスピレーションの中にそれが入っている。

大友:入ってる場合もある。ただ、僕がそれを働かせられるのは60年代までだから。昭和初期って言われても、知識としては知ってるけど体に入ってないもん。体に入ってないものは無理して使わないようにした。たとえば「自転車節」とかオリジナルもあるんだけど、それそのまま流しても今の人にはまったく伝わらないから。完全に変えちゃっていいやと思って、メロディも変えさせてもらったりしました。綾瀬はるかが歌って可愛く聴こえるのが大前提だから。それで、ちょっと昔っぽく聴こえるものを捏造させてもらいました。そこはドラマなので、フィクションにさせてもらったかな。ほんとのノンフィクションにしちゃうと、今の人が見てもただ古臭く聴こえちゃうから。

一一そこの匙加減は難しいところですね。

大友:そうですね。だから、ドラマそのものも実際の史実を使ってるんだけど、そのまんまただ持ってきたんじゃドキュメンタリーになるだけだから。それをどうドラマに落としていくかっていうことだったと思うんです。

一一たとえば戦国時代とか、何百年も前の話だったら音楽との整合性みたいなものは考えなくていいけど。

大友:あんなのはもう全部捏造するしかないもんね。誰も知らないんだから。

一一でも今回は中途半端に時代が近いから。

大友:そう。みんな知ってるし、自分の血の繋がってるおじいちゃんは生きてた時代だったりするわけだから。そこは戦国時代のような嘘はつけない。だけど、とはいえ明治とか大正のメンタリティを今そのままドラマにしてもたぶん伝わらないから、今の人がわかるものに変えてはいる。音楽もそうだし喋り方とかもね。『いだてん』は俺のちっちゃい頃の時代を含んでるわけだから、やっぱり時代劇とは違いますよ。ちゃんと自分に繋がってるって意識でどっかでやってるから、音楽の中に自分の歴史を込めようと思ったところも……『スーパージェッター』にしろ何にしろ、自分が全部見てきて影響を受けたものだから。そういうのはもちろん遊びなんだけど、曲作りの中に自分にとっての昭和史も入れたいなって思いはあったかな。

一一なるほど。他に苦労した点とか注意した点、面白かった点などは?

大友:……いやー、もう最高に面白かったですけどね。ただ……俺の話じゃないんですけどね、今、こんなにTwitterとか世論でみんなグラグラするような状況になってるんだなっていうの、思いましたけどね。ピエール瀧問題に始まり。

一一いろいろと呪われてましたね。

大友:徳井(義実)さん問題もね。可児徳さん役をやった古舘寛治さんがTwitterでいろいろ安倍政権批判とかするとみんなに超ディスられまくったりとか。昔のドラマだったらそういう状況って起こらないじゃないですか。すごい今っぽいなと思いながら。徳井さんの問題にしても、俺はまったくなんにも、NHKが何かに配慮する必要すらないと思ってるんですよ。犯罪者じゃないし、脱税して逃げてるんじゃなくてちゃんと指摘されて修正申告して払ったわけだから、何の問題もないと思う。あれたぶん世論に負けたんでしょうね。最初にテロップ出して、ほんのワンシーンだけとはいえカットした。Twitterとか、NHKに実際に苦情が来たらしいんだけど、「徳井を出すな」って。だけど俺、そんなのでテレビ局がグラグラしちゃいけないと思う。

一一私も一応出しましたよ、NHKに。「カットしないでくれ」って。

大友:ありがとうございます。だからあれ(カット)、たった一回、ほんのちょっとだけで済んだけど。俺はあの一回すらやるべきじゃなかったと思ってる。前例作っちゃったからね。徳井さんの問題に関しては俺はNHKの判断が間違ってると思います。

一一あれ1分間短くなってるって話ですけど。かなり変わったんですか?

大友:えっとね、俺は前を知ってるから言っちゃうと、1分間削ったことで音楽のタイミングがズレたのが俺は気に入らねえなぁ。「クソー!」って。

一一あぁ、そういうのあったんですか。

大友:あったよ。「いいタイミングだったのに、なんだよこれ!」って思ったけど。その恨みもあるので言ってるのかもしれない。だけど僕はあの判断は間違ってると思ってる。毅然とすべきだよ、報道機関なんだもん。

一一結局Twitterとか、ネット上で過剰に増幅された世論に過敏になってる。

大友:うん。それテレビ局だけじゃないと思うよ。政治から何から今そうなっていて、たぶん日本だけじゃなくね。だからそのことをちゃんと考えないと俺、世界はヤバくなると思うけどね。

一一大友さんは、Twitterとかネット上の反響っていうのは全然気にならない?

大友:なるよ(笑)。人だもん。褒められりゃ嬉しいし貶されれば嫌ですよ。だけど、過剰に読まないようにしてる。だってこっちは人生かけて一生懸命やってるのに、たった一瞬ちょっと見ただけで言ってるかもしれない言葉をどこまで相手にすればいいか。それね、実は『いだてん』にもそのシーンがあって。田畑が川島(川島正次郎。浅野忠信演じるオリンピック担当大臣に任命された大物政治家)に追い詰められて困ってテレビに出てるのを、志ん生の家で今松(荒川良々演じる落語家)が見て「ダメだよ、こいつ辞めさせろよ。こんなのやってたらダメだよ」って言うんだよね。あれってまさに今の状況と同じようなことで。テレビを見てる側は無責任じゃないですか。お茶の間で言ってるぶんには別にいいんですよ。「こんなんダメだよ、辞めりゃいい」なんていうのは。俺だって言うしさ。それがネットに出たときに、その程度の軽い発言なのに、ちゃんとした専門家が言ってることとまったく同等に扱われちゃう状況に今なってるじゃない。それに対して人はまだ慣れてなくて、過剰に受け取ってるような気がする。テレビ局にしろ個人にしろね。

一一よくも悪くも、いろんな情報が虚実入り混じって溢れかえっている状況の中で、何かを貫き通しながら音楽なりモノを作っていく作業って、骨が折れるものでしょうね。

大友:ほんの15年前まではこういうことを一切気にしないでやってこれたような気がするんだけど。だからドラマの人たちも、そこでグラグラしたらいいものはできないと思ってるので。「そもそも何やりたいの」「何が大切なの」っていうところを外さないように、俺はいつでも自分に問いかけてる。「そもそも何?」って。じゃないと、それ以外の反応で何かモノを作るようになっちゃったらもう終わりだと思うから。視聴率が悪くて「脚本に手が入った」とかいろいろ雑誌なんかでも言われてたけど、そんなの一切なかったからね。メディアの発言だっていいかげんなもんですよ。周りから「いいドラマだ」って言われるのは何よりも救われたかな。

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