藤井 風、緩急とキャッチーさを生み出すボーカルの個性 「何なんw」から「花」までの変遷を辿る

 藤井 風のボーカルは、ブラックミュージックやジャズなどに影響を受け、その特有のマナーを随所に散りばめながらも、基本は曲のリズムにジャストに音を置いていくスタイルである。歌い出しの最初の一音にクレッシェンドをかけたり、一拍や半拍置いてから歌い出すというパターンもあるが、それをあまり引きずらずに切り上げていく。これは、自ら作り出すメロディのフレーズがコンパクトなことや、本人の嗜好も影響していると思うが、ある意味、歌声を楽器として捉えている部分があるのではないかと考える。歌メロと楽器のフレーズが一緒というパターンも複数曲で見られることも含め、楽器と歌声のアンサンブルでドラマティックに展開する曲が多いと言えるだろう。そんな藤井が、バックサウンドとボーカルを切り離して歌っているのが「Workin' Hard」だ。

 2023年8月にデジタルリリースされた「Workin' Hard」で藤井は、ヒップホップにアプローチしたクールでスタイリッシュなトラックをバックに、様々な歌声を聴かせている。まず改めて驚くのはそのレンジの広さだ。これまで以上に低い音をしっかり鳴らしている上、もっと下も出るのではないかと思わせる。さらに地声で出す高音で、これまであまりなかったクリアで真っすぐなロングトーンを聴かせている。フェイクもスウィートソウルを彷彿とさせるアプローチで長めに聴かせており、クールなトラックとの対比で、ボーカルのソウルフルな趣きが際立っている。ボーカルだけに焦点を絞っても、チャレンジの宝庫のようだ。

Fujii Kaze - Workin’ Hard(Official Video)

 この「Workin' Hard」のチャレンジを自らの宝物に昇華した、最新型の藤井 風ポップスが「花」だろう。ピュアなメロディに合わせ、藤井のボーカルも驚くほどストレートである。前述した「何なんw」や「きらり」と比べると、ピュアというより素朴ささえ感じる。藤井は歌っている際、例えば中高音のロングトーンでもあまり大きく口を開かず、喉の奥の方、もっと言えば身体全体で音を鳴らしている印象があり、ウィスパーボイスだとしても、どこか力強い印象があった。しかし「花」のウィスパーボイスでは、耳元でささやくようなニュアンスが出ている。これは、A.G.クックをプロデューサーに迎えたことに加え、ミックスのバランスが変わったことも大きく影響していると思うが、藤井の声質の柔らかさや優しさが前面に出ているのが、とても新鮮である。

藤井 風 「花」 × 「いちばんすきな花」 コラボムービー

 さらに1曲の中で、ファルセットをこれだけ多く使っているのも珍しい。彼のレンジを考えれば地声で出せたであろう部分も、あえてファルセットにしているのではないかと思う。メロディに合わせ、ボーカルをコントロールするスタイルは一貫しているが、これまであまりなかったトーンの揺らぎや、微妙なディレイもそのまま残しており、儚さと包容力が交互に押し寄せる楽曲になっている。

 シンガーソングライターとしてだけではなく、ボーカリストとしてもアップデートした藤井 風。これから彼がどんな新境地を見せてくれるのか楽しみである。

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