ポール・マッカートニー、グライムス……海外では一定の成果も AIによる音楽制作の“合法利用”を考える
昨年、ユーザーが入力したテキストに応じて、AIが画像を生成するMidjourneyやStable Diffusionといった画像生成AIが注目を集めた。これらのAIの登場は、これまで人間が行っていた作業を代替するものでもあるため、クリエイティブ業界に大きな衝撃が走った。これをきっかけにクリエイターたちの間でも、AIの活用に対し、ポジティブなものからネガティブなものまでさまざま意見が交わされるようになっている。
そのような状況が見られるなか、今年に入ってからは同様のことが音楽の分野でも起きている。特に注目を集めるAIのひとつといえば、Googleが発表した自動で音楽を生成するAIのMusicLMだろう。MusicLMは、MidjourneyやStable Diffusionと同様、ユーザーが入力したテキストに応じて、AIが音楽を自動生成するツールだ。現時点ではまだ一般的には普及していないが、今年5月にGoogleは、その試用版を公開している。そのため、近い将来、一般的にも広く普及していくことも予想される。
ジェネレーティブAI(生成AI)を利用すれば、特別な知識やスキルがなくともユーザーは自分のオリジナル音楽や画像を手軽に作成できる。ジェネレーティブAIを利用する大きなメリットはそこにあると言えるだろう。しかし、一方ではAIが人間の仕事を奪ってしまうかもしれないという懸念もある。
ここで音楽分野におけるジェネレーティブAIのメリットを挙げてみよう。例えば、音楽制作初心者がDAW(音楽制作ソフト)や楽器を使って音楽を作る際、大抵の場合、突き当たる大きな壁といえば、コード進行やスケールといった音楽理論を理解した上での作曲だ。これらの知識は一朝一夕では身につかないため、それを理由に音楽制作を挫折する、あるいはそれに取り組むこと自体を考えないという人もいるだろう。
しかし、MusicLMのように入力したテキストに応じて音楽を生成するジェネレーティブAIでは、そのような知識を必要とせずとも音楽を生成できる。これ自体は自分のオリジナル楽曲を作ってみたくても、先述の理由で諦めていた人にとっては好意的に捉えられる要素のはずだ。
だが、現状のジェネレーティブAIは、誰でも簡単に音楽を生成できるというメリットがある一方で、正直なところ、多くの人々の心を動かすクオリティのものにはなっていない。どちらかと言えば、差し障りのないものが多いことが実情だ。だからこそ、店舗やYouTube動画用BGMなど、聴き流し可能な汎用的なものであれば、活用できる可能性があるわけだが、そういった音楽を作るクリエイターにとっては、AIにとって代わられるかもしれないという懸念も生じてしまうことは否めない。このようなジェネレーティブAIのデメリットと言える要素が、昨今のAI脅威論につながっていると考えられる。
では、AIは音楽クリエイターの活躍の場を奪うものなのだろうか? もちろん、先述した懸念はある。一方でAIをツールとして活用することで自身のクリエイティビティを拡張させることに取り組むアーティストたちもすでにいる。DJ/プロデューサーのデヴィッド・ゲッタはその1人だ。
今年1月、デヴィッド・ゲッタは、AIが生成したエミネムの音声を使った未発表曲「Emin-AI-em」を公開。賛否両論の大きな反響を得た。このことについて、デヴィッド・ゲッタは、後にBBCのインタビューで「(AIの音楽利用に関する)議論を呼び起こし、その意識を高めることが目的だった」と述べている。また、「音楽の未来はAIにあると確信している」とAIを好意的に捉えていることを明かす一方で「人間にとって代わるものではなく、あくまで道具として利用するものである」との認識を示している。ちなみにデヴィッド・ゲッタはその当時「Emin-AI-em」を商業リリースする予定はないと述べている(※1)。これは次に説明する今春物議を醸したAI音声カバー問題とも関連する。
現在、音楽シーンではAIによって自動生成された音楽に対する懸念がある。AIは基本的に既存の音楽や画像などを学習することで新しくクリエイティブを生成するが、ここ最近、特に問題視されているのは、その学習が合法的に行われているか否かということだ。
例えば、無許可でドレイクなど有名アーティストの音声をAIに学習させることで、架空の有名アーティスト同士のコラボ曲や新曲が大量に生成された“AI音声カバー問題”。このAIによるディープフェイク楽曲の乱立に対し、アーティストやレコード会社は大きく反発。権利侵害を理由に多くのディープフェイク楽曲が削除された。
しかし、この状況を逆手に取ったのがかねてからAI音声カバーに対して、肯定的なスタンスを表明してきたグライムスだ。グライムスはAI音声カバーについて、「私の声を使用したAI音声音源のうち、成功した曲については、コラボするアーティストと同じ条件で、ロイヤリティの50%を分け合いたいと思います。罰則なしで私の声を自由に使ってください。私はどのレーベルにも所属していないので、法的な拘束はありません」(※2)と、ほかのアーティストよりも一歩深く踏み込んだ意見をSNSに投稿。その後に自身の声をAIにカバーさせるAI音声ソフト Elf.Techも公開し、AI利用に伴う権利侵害をクリアにする形で音楽分野における合法的なAI活用の一例を示した。
そして、驚くべきことにこの取り組みはすでに一定の成果を上げている。Elf.Tech公開後には、アマチュアレベルのアーティストだけでなく、有名プロデューサー/DJのKitoもこの取り組みに参入。公式のAI Grimesとの初コラボ曲となる「Cold Touch (feat. GrimesAI)」をリリースしたことに注目が集まった。さらにグライムスは、音楽ディストリビューションサービス TuneCoreとの提携により、Elf.Techを利用してリリースした音源の収益分配システムを確立。合法的にAI音声カバー音源を商用利用できる筋道も示して見せた。