日食なつこはなぜ特殊な会場でライブを行うのか 全国の“植物園”を巡るツアーで得た人生初の音楽体験
日食なつこが6thミニアルバム『はなよど』リリースに伴い、全国の植物園などを巡る"ボタニカル"をコンセプトとしたツアー『花鳥域』を5〜7月にかけて開催した。
これまでも喫茶店や寺などでライブを行ってきた日食なつこ。本ツアーでは草花が生い茂る自然豊かな環境の中で、彼女独自の感性で“春”を描いた『はなよど』収録曲を披露するという、特別な時間と空間を各地のファンと共有するツアーとなった。
リアルサウンドでは、本ツアーを完走した日食なつこにインタビュー。『はなよど』制作からツアーに向かうまでの過程、各会場でのパフォーマンスの手応え、そして本ツアーを通して彼女の中で作品がどのように昇華されたのかを語ってもらった。過去に前例がない“ボタニカルツアー”の体験談を、東京公演のレポートと共に届けたい。(編集部)
※TOP写真は『花鳥域』静岡公演(下賀茂熱帯植物園)
ライブツアー『花鳥域』を振り返る
ーー振替の愛媛公演(7月23日)をもってツアー『花鳥域』が終了したばかりです。
日食なつこ(以下、日食):はい。最終地点が一番暑かったです。温室という会場の特性上仕方がないんですけど、進めば進むほど会場が暑くなっていくツアーで(笑)。春をコンセプトにしたツアーなんですけど、最終地点は完全に夏でした。
ーー(笑)。なぜ植物園でツアーをやろうと思ったんですか?
日食:植物園やプラネタリウム、あとは水族館とか、以前からやりたいと思っていた会場がいくつかあって。春をコンセプトにした『はなよど』という作品を4月に出したんですけど、その中にある「やえ」や「ダム底の春」という曲には、〈桜〉や〈花束〉という言葉が出てきますし、全体的に植物にまつわる曲が多かったので。今回のような場所を巡っていくツアーにした方が、コンセプトとしてまとまりがいいのではないかと思いました。
ーー鬱蒼とした緑に囲まれながら歌う姿を見ていると、それだけで曲の聴こえ方が変わっていくような気がしました。
日食:普段はライブハウスやホールのようなクローズドな会場で暗いところに照明を使って演出するような場所が多いんですけど、それとは違うオープンな空気の中でやれたので、私としても開放感がありました。いつもより肩肘のはらないツアーだったのかなと思います。
ーー各会場ごとに全然雰囲気が違いますね。当日の写真を見てみると、公園のようなところもありますし、東京はカフェのような空間でした。
日食:東京は全然違いました。広大な緑地の中にあるカフェスペースを使って、その施設の中にある植物を持ち込んでいくような作り方をしています。一方で初日の岩見沢は、ドームの中にピアノをドンと持ち込んで、会場の空気そのままに聴かせていましたし、島根の松江フォーゲルパークさんは一番華やかで、天井に花が吊るされているんですよ。なのでライブ中に花が落ちてきたりしますし、明るい色の花が多いので、南の国という感じの雰囲気でした。それは普段のライブでは絶対にできない演出ですし、そういう体験も含めて、お客さんは良かったと言っています。
ーー植物園を会場にしたライブツアーなんて、滅多にないことだと思います。実際にやってみた手応えと、課題があれば教えてください。
日食:手応えがあったのはSNS周りです。その辺はスタッフチームがめちゃくちゃ頑張ってくれて、ライブハウスやホール系のライブでは絶対に提供できないビジュアルを、惜しみなく発信していきました。「何かヤバいことをやっているらしい」というのを、今回来れなかった人にも見せられたので私としてもすごく面白かったです。 課題の方は、山ほどあります(笑)。そもそもこのツアーを始めようと言った時にも、やろう! って返してもらえるような空気感ではなかったんですよね。できるかこれ? という感じで。
ーー確かにそうなりますよね。
日食:座席が平たくなることや、貸してくれる会場さんがどれだけあるのか、あったとしても施設の営業時間とどう兼ね合いをつけるか、そしてお客さんの誘導の仕方など、裏方の部分で未知の課題が山ほどあって。スピーカーから卓から全部持っていくことになるので、スタッフチームには本当にお手数をおかけしました。
ーー音の響きも変わってくると思います。
日食:全然違いました。岩見沢は芝生にピアノとスピーカーを置いてやったので、音の跳ね返りが全然予想できなかったです。実際に置いてみたらすごく低音が返ってくる会場で、芝生がステージだとこうなるんだ、ということがわかりましたね。 温室なので基本的に音は回るんです。でも、リバーブやエコーもかけたいし、そこをどう上手くやるのかも考えものでした。あと、ライブが始まる直前まで一般のお客さんを入れて営業されているので、リハの時間が10分から15分しかなくて。それもハードでしたね。
ーー東京公演もリハを本編にくっつけて、リハーサルも含めて丸ごと見てもらうようなライブでした。
日食:東京が一番時間がパツパツでしたね。見ていただいた演奏が、あの会場で音を出していた時間の全てです。次にやる時は、相当今回の教訓を活かさないと大変だなと思います。
ーー演奏した楽曲についても聞かせてください。「少年少女ではなくなった」と「ヒューマン」は、お手紙でたくさんのリクエストがあったそうですね。
日食:『大行脚』(ライブツアー『蒐集大行脚』)の時にもらった手紙は全部読んでいて(日食なつこのライブ会場に設置される「日食なつこ直通のポスト」が、『蒐集大行脚』ツアーから復活している)、今回は『はなよど』の曲をやりつつ、お手紙ポストからの要望に応えるようなセットリストにしました。実はMCでは言わなかったんですけど、「座礁人魚」を書いてくれた人も結構多くて、中盤の3曲は『大行脚』の時にもらった手紙への返事という感じです。
ーー日食さんにとってライブは、コミュニケーションを取る場所なんですね。
日食:そうであったらいいな、とは思います。「少年少女ではなくなった」は、一時期ライブの定番曲になっていた曲なんですけど、今回久しぶりに演奏したように思います。『大行脚』の時期が年度末だったから、新社会人になる人がこれから大人になるという意味で書いてくれたり、色んなエピソード共に曲をリクエストしてくれる方がいたので、今回セットリストに入れようと思いました。
ーー『はなよど』の中でしっくりきた曲はどれですか?
日食:どれも等しく好きな曲なんですけど、このツアーでやったということを思うと、「ダム底の春」ですかね。花束をダムに捨てに行くというストーリーの曲を、花が満開の会場で聴かせるところから始めるという。それは割とツアーの良い入り口になったんじゃないかと思います。
ーー「幽霊ヶ丘」も会場の空気に馴染んでいるように思いました。ちょっぴりもの悲しくて、しっとりしていて、聴いていると森の中で幽霊に出会うような気持ちになります。
日食:植物との親和性が高いのかな。「幽霊ヶ丘」はススキが枯れているところから始まる曲なので、植物園にあるのはみずみずしい植物なんですけど、その中にふと枯れた植物の面影を見るというか。悲しい曲ですけど、お客さんを黙って悲しい沼に引きずり込んでいく楽しさがあって、演奏していて楽しかったです。
ーー日食さんの音楽は、物語を聞かせる曲が多いですよね。それは何かの影響があるんですか?
日食:なんだろう。あんまり意識したことがないので、元々持っている気質ですかね? 最初は歌を書き始めたのではなく、インストというか......いや、インストですらない。ピアノだけで16小節1曲、みたいな。そういう曲作りを小学生の時に始めたのが(音楽キャリアの)スタートなんですけど、その裏で小さい物語を描くのも好きだったので、その二つを合致させたら歌になるじゃんと。その作り方の名残を引いているところがあるかもしれないです。