703号室、「偽物勇者」ヒットでの葛藤からアルバム『BREAK』に至るまで 岡谷柚奈自身のルーツも明かす

703号室、アルバム『BREAK』に至るまで

 1stアルバム『BREAK』をリリースした703号室へのインタビューが実現した。

 703号室とは、シンガーソングライター・岡谷柚奈によるソロプロジェクト。アルバムには、ストリーミングサービスで2700万回再生、YouTubeで2300万回再生を超えるなど大きな反響を巻き起こしたデビューシングル曲「偽物勇者」など全16曲を収録している。

 SNS上の誹謗中傷をモチーフにした「偽物勇者」を筆頭に、アルバムのリードトラックとして先行配信された「非釈迦様」や「人間」などダークでフックの強い楽曲を代表曲に持つ703号室。その一方で、ABEMAオリジナルドラマ『ブラックシンデレラ』主題歌として書き下ろされた「裸足のシンデレラ」など爽やかでキュートな楽曲もアルバムには収録されている。

 岡谷柚奈はどんなルーツを持ち、703号室はどういうところを目指しているプロジェクトなのか。語ってもらった。(柴 那典)

「偽物勇者」は世に対しての怒りがあって書いた曲

――まずは703号室のデビューシングル「偽物勇者」について聞かせてください。これが始まりの曲になったわけですが、振り返ってどんな印象がありますか?

703号室 -『偽物勇者』(Music Video)

岡谷柚奈(以下、岡谷):それまでにも自主制作でCDを作ったりはしていたんですけど、「偽物勇者」がリリースされる前は本当に無名で、ライブのお客さんも多くて5人くらいで。「偽物勇者」をきっかけにだんだん知ってくださる人が増えた。なので、きっかけの曲という感じです。

――そもそも703号室は専門学校でバンドとして始まったんですよね。岡谷さんとしては、バンドをやりたいというのと、シンガーソングライターをやりたいというのと、どちらの方が強かったんですか?

岡谷:圧倒的にバンドがやりたかったです。音楽を始めた時からバンドをやりたくて、高校でも軽音楽部に入ってバンドを組もうって思ってたんです。ちょうど『けいおん!』がすごく流行っていた時期だったので、軽音楽部があるものだと思ってたんですけれど、入学してみたら軽音楽部がなくて。一人でやるしかなかったのでシンガーソングライターとして始めたんです。専門学校にもバンドを組むために進学して、そこで気の合うメンバーと結成したのが703号室でした。

――「偽物勇者」の前にも曲を沢山作っていたということですが、そもそも結成した時にはどういう音楽性のバンドをやろうという話をしてたんですか?

岡谷:どういう世界観のバンドになりたいかみたいなことを話していた時には「ディズニーランド」というキーワードはよく出ていました。バンドというよりも、どちらかというとテーマパークみたいな曲を作りたいと話していて。きらびやかな、キラキラしたサウンド感というか。一番近いイメージで言うとSEKAI NO OWARIさんみたいな感じです。「偽物勇者」が生まれる前までは結構そういう曲が多かったですね。

――ということは「偽物勇者」は作った時点ではイレギュラーな曲だった?

岡谷:めちゃくちゃイレギュラーでした。こんな曲を書けるんだって、自分自身でも結構びっくりしました。

――この曲はどういうことがモチーフになったんですか?

岡谷:当時『3年A組 ―今から皆さんは、人質です―』という、菅田将暉さん主演のドラマがやっていて。誹謗中傷や炎上、アンチとかが話題になっていた時期でした。自分自身も、そういう心ない言葉で他人を傷つける人とか、簡単に言っちゃいけない言葉を言っている人に対して、すごく怒りを覚えていて。それまでは何かされて悲しい、挫折して苦しい、しんどいとか、そういうことから自分が救われるために曲を書くことが多かったんですけれど、「偽物勇者」は初めて世の中を変えたい、世に対しての怒りがあって書いた曲でした。自分の中で曲の作り方が変わったきっかけでもありました。

――この曲はおそらく予想を超えて広がったと思うんですが、実感はどうでした?

岡谷:本当にそうで。まさかバズるとは思ってなかったですし、最初にリリースした2019年8月から1、2カ月くらいは全然伸びなかったんですよ。再生回数も2桁くらいで。でも、その時の専門学校の先生に「ワンコーラスだけでもTikTokに出してみたら」と言っていただいて、アップしたワンコーラスがめっちゃバズったんですよ。でも、まさか伸びると思っていなかったから何の準備もしてなくて。ミュージックビデオもなかったんですよ。それでその年の年末ぐらいにミュージックビデオを出して、それがコロナ禍で結構伸びた感じですね。

――話を聞くに「偽物勇者」は703号室のあくまで一部であるわけで。これが伸びたことって、逆にプレッシャーになったりしたんじゃないですか?

岡谷:めちゃくちゃなりましたね。こっちの世界観で行かないといけないんだ、みたいな感じで。それまでは、どちらかと言うとわかりやすくて素直な歌詞が多かったんですよ。でも「偽物勇者」は言葉選びもめちゃめちゃこだわったし、すごく良い曲ができたなって思ったけれど、逆にそこに縛られたこともあって。「哲学的な曲だな」といいうコメントを見て、もっと哲学的な曲を書かなきゃ、と視野が狭まって、自由に曲を作るっていうよりも、この言い回しだと哲学的じゃないなとか、そういうところで悩んだりすることが続きました。

――そこを抜けたきっかけのような曲ってありました?

岡谷:ひとつのきっかけになったのは「裸足のシンデレラ」ですね。ドラマのタイアップのお話で、コンペだったので2日で曲を書かなきゃいけなくて。私の中にポップでキラキラした恋愛ソングがなかったし、時間も限られていたんで、素直な言葉を書いたら、ああいう曲ができた。自分ってこういう曲も好きなんだ、こういう曲も書きたいんだって思って、書いてる時に楽しくて。かっこいい路線で行かなくちゃいけないとか、風刺的なことを言わなきゃいけないとか、あんまり考えすぎなくてもいいのかなって思うきっかけになりました。

703号室『裸足のシンデレラ』(Music Video)

――この曲くらいから、爽やかな思春期の恋愛をモチーフにしたキラキラした曲を出していくこともアリになった。

岡谷:そうですね。それまでは恋愛の曲をほぼ書いたことがなくて。恥ずかしいというか、自分に似合わないって思ってた部分があったんですけど。ただ、恋愛に限らず、歌詞を書くときには自分の中で「心」っていうテーマがあるんです。書き終わったものを全部見てみたらそれが一貫してテーマになっていることに気づいたという感じなんですけど。「心とは」みたいなものさえあれば、別にそれが恋愛であっても、人生観であっても死生観であっても何でもいいかなと思った。それも、この曲がきっかけだったというか。

――今までにないテーマのもの、幅のあるモチーフの曲ができたからこそ、自分の軸になるものは何だろうという発想にたどり着いたような感じだった、と。

岡谷:そうですね。ただ「あなたが好きです」じゃなくて「あなたにちゃんと好きって言える自分でいたい」っていう着眼点というか。会えなくて寂しいとかも、なんで私は寂しいのかみたいな、そっち側の気持ちを書きたいという。

憧れたのはMrs. GREEN APPLE

――改めて聞きたいんですけど、岡谷さんがそういう発想に至った由来というか、そもそもこういう風になりたいと思った人、憧れた人、影響を受けた人にはどんな人がいるんでしょうか?

岡谷:Mrs. GREEN APPLEさんですね。初めて聴いた時に衝撃を受けて、Mrs. GREEN APPLEさんみたいになりたいとずっと思っていて。Mrs.GREEN APPLEさんと出会うまでは明確に「この人みたいになりたい」というのはあんまりなかったです。RADWIMPSの野田洋次郎さんからもすごく影響を受けていて。こんな考え方があるんだとか、日常からこういう受け取り方してるんだっていう驚きとか発見を野田さんの歌詞から受け取っていましたが、こうなりたいというのとは少し違っていたので。そういう意味で初めて「こうなりたい」って憧れたのはMrs. GREEN APPLEさんでしたね。

――Mrs. GREEN APPLEのどういうところが一番刺さりましたか?

岡谷:ただただ聴いていて楽しいし、めちゃくちゃ心が躍るし、すごく格好よかったんですよね。本当に寝ても覚めてもずっと曲を聴いていて。ライブ映像を観たり、ミュージックビデオを観たりするだけじゃなく、初めて自分でチケット取ってライブに行ったり、タワレコのインストアイベントでサイン会に並んだりもして。そこまで没頭したバンドはMrs. GREEN APPLEさんが初めてでした。メジャーデビューしたばかりの、500人ぐらいの規模でライブをやっていた時ぐらいに知ったんですけど。絶対に何万人のドームとかスタジアムまで駆け上がっていくんだろうなって、そのライブを見た瞬間に思って。そういう夢を見させられたというか、音楽とか歌詞の世界観もそうですし、歌声もそうですし、全部ひっくるめて、このバンドについていきたいと思っていました。

――じゃあ、やっぱりバンドに憧れている。

岡谷:今でもめちゃめちゃ憧れてますね。バンドがやりたいですけど、自分には向いてないなって思う部分もあって。全部自分でやりたいので、人と何かを一緒に作るのがあまり得意じゃないというか。自分にはソロが向いているのかなと思って、今はこの形で落ち着いてる感じです。

――703号室はソロプロジェクトの名前であるわけですが、岡谷柚奈という名前でやるという発想ではなかったんですね。

岡谷:岡谷柚奈って名乗ってたらシンガーソングライターになっちゃうじゃないですか。シンガーソングライターも大好きなんですけど、自分がなりたい見え方ではなかったので。

――プロジェクトとして音楽をやっていく姿の方が自分にしっくりくる?

岡谷:そうですね。形はソロでも名前は岡谷柚奈じゃないなっていうのはずっと思ってました。あと、703号室の名前は専門学校の教室からとってるんですけど、売れてそこを聖地にしようっていう話を最初にしていて。その夢がまだ叶ってないんですよ。自分が言ったことが叶わないまま終わるのがすごく嫌で。有言実行しないと自分のことを嫌いになっちゃうんです(笑)。どんなに小さいことでも自分との約束を破ると自己嫌悪に陥るから。専門学校にファンが殺到しちゃうくらいまでは辞めたくないなと思って、そのまま703号室って名前を使っています。

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