the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第18回 英語混じりの日本語詞の誕生秘話、意外なアニソンからの影響も

『Memories to Go』全曲解説

 このアルバムタイトルには我々にしては珍しく、一応の意味がある。レコーディングの休憩時間に皆で昔の思い出話(ほとんどバカ話)をよくしていて、しかし、そうやって共有している記憶が録音作業の合間の一服の清涼剤になっているという事実……そこから着想を得て「進むための思い出」というタイトルになったのでした。

intro (a broken navigator) 

 アルバム制作最終盤まで原が粘っていた曲は結局締め切りに間に合わず、それなら次回予告的に曲の一部を使ってアルバムのイントロにしちまえ、という流れでできたインストトラック。アルバム収録曲のいくつかで使った〈silver key(銀の鍵)〉という言葉をキーワードに、「あなたには銀の鍵が必要」という文章を、英語・韓国語・広東語に音声翻訳・自動生成し、スマートフォンで録音。それをサンプリング的に配置した。作りかけの曲はのちに『20 years』(2018年)という我々のベストアルバムに「君が大人になっても」というタイトルで収録される。

ZION TOWN

 ホースから飛び散る水に夏の日差しを反射させたような曲。前作収録の「禁断の宮殿」の延長線上の作風で、ドラムの細かいフィルイン以外は全て原が作った。ライブで演奏する頻度が結構高いのだが、イントロからAメロへ変わる瞬間に、ドラムを叩きながら「キター!」と毎回思っている。

 間奏後半に1歳児の笑い声がステレオ配置されていて、その子を一生懸命笑わせているローディのユキオの声もうっすらと入っている。

 ちなみに最初のサビの歌詞が〈歩いて行こうぜ ZION TOWN/着の身着のままで〉というものなのだが、原に「ZION TOWNって何?」と聞いたら「近所のコンビニ」と言っていた。全編にわたってベースラインがカッコいいと思う。

the band apart / ZION TOWN 【MV】

Find a Way

 マイケル・オマージュなイントロが、少年期に観ていたテレビプログラム「木曜洋画劇場」や「金曜ロードショー」から流れるアメリカを思い出させる。昨今のブラックミュージック由来のおしゃれな感じ……ではなく、いい意味でどこかいなたいところが荒井らしいと思う。

 曲作りのセッションで合わせた時はもう少しロック寄りのアプローチだったが、原に「こんな感じのベースはどう?」とファレル・ウィリアムスによるプロデュースの何か(何の曲か忘れた)を聴かせたところからイントロのベースラインに発展し、それに合わせてギターやドラムに隙間を作っていった。サビの〈never ever stop〉の多重コーラスが部分的にゴージャスでウケるので、いつかライブで再現したい。しかし、それにはまず自分の歌唱力を上げないとね。

Castaway

 いくつもの展開が連なった自分なりのプログレインスパイアな曲を作ろうとして行き詰まり、その一部だけを使って作り直したのが現在の形。アウトロに少し当初の思惑が残っている。ちなみに、そのときに使わなかったパーツが「The Ninja」(2022年リリースの『Ninja of Four』収録)に流用されている。

 「Find a Way」に続いて歌詞の中に〈silver key〉が登場するが、手塚治虫やデヴィッド・リンチの作品よろしく、同じ作家の別作品に共通のキャラクターや概念が登場するときの妙な違和感/安心感の同居が好きなので、その感じを歌詞でも使ってみました。アウトロのドラムは制作時によく聴いていたジューク/フットワークの典型的なパターン。

KIDS

 子供たちの歌。忙しいフレージングと忙しい曲展開が幼児の落ち着かなさを表現している……かもしれませんね(後づけ)。

 Mock OrangeとのスプリットCD『Daniels e.p. 2』収録の曲なので、録音時期が違う。曲数が少ないシングルを録音する時は、我々はもちろんエンジニアの速水直樹氏にも多少の余裕があるので、他の曲に比べて少し凝ったミキシングになっている。アウトロでリフレインされる〈You’re the future/I’m on the way〉というフレーズをMock Orangeの前ギタリスト ジョー・アッシャーがものすごく褒めてくれたのを覚えている。

雨上がりのミラージュ

 80年代後半〜90年代前半、「J-POP」という言葉ができる前後の日本の歌謡曲の雰囲気を荒井的にアップデートしたであろう1曲。そんなムードを狙いながらも、我々が演奏するとどうしても謎のローカル感を纏ってしまうという好例。街の蕎麦屋が出すイタリアン冷やし中華みたいな。

 本編中に書いた「英語混じりの日本語詞」を意識的に試した初めての曲でもある。「あえてああいう感じにしたいんだけどダサいかな」と荒井が心配していたが、ダサいどころか大きく影響を受けた。個人的に、これ以降の歌詞の書き方が変わったという意味でも思い入れのある曲です。スネアのチューニングに違和感があって面白い。まあ、そんなことを言い出したらベースとかモズライト(ギター)もそうなんだけど。そういう整ってないところが“バンド”らしい。

She is my lazy friend

 「雨上がりのミラージュ」が僕たちの少年期の邦ポップスオマージュだとしたら、こちらはその洋楽バージョン。映画『グーニーズ』で流れるシンディ・ローパー、あるいはVan Halen「Jump」のイントロのような明るさ、しかしどこかしらノスタルジックな雰囲気が同居しているところなど。

 作曲者の荒井が歌詞を任せてくれたので、素敵で自由な女の子と、その子に恋をするモラトリアム真っ最中野郎を想像しながら作った。そうした傾向の歌詞は我々の楽曲には数少ないと思うので、これはやはり曲調の賜物なのだろう。

 聴いたのが久々だったので、シンプルにポップで良い曲だなーと思いました。そして少し眩しい。アウトロに入っていく部分でのリズムを無視した川崎のギターが良い。採譜者キラー。

BOOSTER

 ギターで曲を作るのに飽きてしまい、MIDIにコードを打ち込みながら作った曲。今ほどギターと鍵盤の響きの違いがわかっていなかったので(今もそんなにわかってないけど)、いざ演奏してもらう段階でボイシングをかなり調整する羽目になった。川崎のパートにいたってはアルペジエイター(コードの構成音を自動でアルペジオにしてくれる装置)で作ったりしていたので、これも人間が弾ける運指へと彼に修正してもらった。

 怪我の功名ではないが、この曲の録音時に川崎の持っているギターエフェクターの種類と面白さに気づいて、以降の曲ではかなり多用させてもらっている。

 曲タイトルは当時ハマって集めていたアディダスのウルトラブーストから。今でも散歩の時に履いている。しかし忙しないドラムだなー。

Super High

 「Find a Way」で旅に出た主人公が「Castaway」で頑張ったのにアウトロで遭難、「Super High」で漂流しながら諦念から来るハイテンションに身を任せているという「銀の鍵」物語の完結篇……なのか?

 川崎が作った原型をスタジオで合わせながら、全体的に皆でアレンジした記憶がある。サビの変拍子は荒井のアイデアだった気がする。物語のエンディングにしては全くハッピーエンドを感じさせないアウトロがいい。各地でのライブ後、来てくれた人と話す機会があるときに「あの曲やってください」とリクエストされる曲ランキング1位でもある。

 聴くのが久しぶりだからもう少し客観的な感想を書きたいところなんだけど、「ちょっとファンキー、ちょっとスペーシー。」という糸井重里に憧れたボンクラが3秒で思いついたようなコピーが浮かんで頭から離れないので、ここに残しておきます。

お祭りの日 (LIC2.1)

 寂しげな曲調を逆説的に強調したく思い、いかに音数を減らすかに腐心した曲。例えばシンバルを叩かないなどのアプローチは、どちらかと言えば音を足したり重ねたりしてアレンジを進めがちな自分としては、新たな試みになった。エンジニアの速水さんに「やる気のない感じのミックスでお願いします」と言ったら、「そんなオーダーされたのは初めて」と笑っていた。

 歌詞の面でも、個人的に懐旧や追憶を感じる単語をピックアップしていくうちになぜか和風になっていき、この時に得た感触は、のちの「夢太郎」や「O.Bong」(夏夜)あたりに引き継がれていると思う。

 〈賽銭箱にお金を投げて/甘酒 飲みまくる〉という箇所に、CONFVSEの山崎聖之が過剰反応してくれて嬉しかった記憶。「そりゃあいい……『波長が合う』ということかもしれない……」(岸辺露伴)

38月62日

 曲に関しては寡作だが、歌詞を書く速さにおいてはラッパー並みに定評のある原が珍しく苦戦していて、序盤の歌詞を僕と共作したレアな曲。しかしその作業が何らかの刺激になったのか、そこから日本語の箇所はすべて彼が書いた。荒井の作った曲とはまた違うベクトルのノスタルジーを感じる。

 僕たちは同じ時間の流れの中で等しく歳を重ねているから、過ぎ去った歳月に対して、真面目に思いを馳せることは少ない。喫煙所の駄話の中に若くしていなくなった友達の変わらぬ面影を見つけても、次の日にはまた記憶の引き出しにしまわれてしまう。だから、というわけではないが、僕たちのアルバムや曲のタイトルには、その時々に関わっていた人たちの名前や場面が散りばめられている。これも、そんな曲の一つ。

 それでは皆さん、さよなら、さよなら、さよなら。

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