YOASOBI Ayaseは小説を歌詞に昇華する“言葉の錬金術師” 「アイドル」「夜に駆ける」に感じる原作の読解力と編集力
そんなYOASOBIにおけるAyaseの作詞が新たなステージに到達したのが「アイドル」だ。原作小説は『【推しの子】』原作者・赤坂アカによる小説『45510』。『45510』は『【推しの子】』の最重要キャラクター、星野アイが生前に所属していたアイドルグループ“B小町”の元メンバーによるモノローグ形式で進んでいく。グループのセンターに立ち、ファンからの視線を一身に受けていたアイに対する愛憎入り交じる独白は、『【推しの子】』における星野アイに関するシリアスなストーリーにより深みを与える。
そんな『45510』の要素は「アイドル」においても踏襲されている。最も『45510』の要素を感じるのは2番Bメロの詞だ。
〈はいはいあの子は特別です 我々はハナからおまけです お星様の引き立て役Bです 全てがあの子のお陰なわけない〉
“あの子”とは星野アイ、“我々”とは『45510』の語り部である“私”を含むB小町の面々だろう。“私”たちによる星野アイへの強烈な憎悪と愛情を韻も交えながら表現している。「アイドル」を読み解く上で『【推しの子】』だけでなく『45510』を踏まえると、最後の歌詞の聴き心地もグッと変化するのだ。
〈いつかきっと全部手に入れる 私はそう欲張りなアイドル 等身大でみんなのこと ちゃんと愛したいから〉
一見すると貪欲なアイドルがその業界で頂点を目指す詞、『【推しの子】』におけるアクア(星野愛久愛海)とルビー(星野瑠美衣)がアイドルとして成り上がっていくストーリーや、出産を経てもアイドル活動を続けるアイを描いているように感じる。だが、『45510』を読んだ後にこの部分を改めて聴き返すと、嫌われ役であったアイがそれでもグループのメンバーと仲良くいたいと願う切実なメッセージに変化する。
『45510』はもちろん、『【推しの子】』本編を彷彿とさせる要素も「アイドル」には盛り込まれている。“アクア”や“ルビー”といったキャラクターたちの名前を盛り込んでいるのは分かりやすい要素といえるだろう。
〈そう嘘はとびきりの愛だ〉という歌詞は『【推しの子】』第1話で星野アイが雨宮吾郎に向けて告げたセリフそのものだ。他にも「アイドル」には『【推しの子】』の要素を取り入れたフレーズがふんだんに出現する。
こうした細かな部分で『【推しの子】』を彷彿とさせる要素を取り入れながら、作品のテーマにもきちんと寄り添い、なおかつ『【推しの子】』、そして『45510』という2つの作品の要素を織り交ぜつつ、作品を知らずとも楽しめる普遍性をも兼ね備えたことで、「アイドル」は他の楽曲と比べても頭ひとつ抜きんでた歌詞、そして楽曲に仕上がったといえるだろう。
Ayaseは作詞の過程を「小説の概念に入り込む」、そして「曲として最後にみんなに残るものは何かを考えていく」とインタビューで答えている(※1)。小説の核となるワードを選定して要約、さらに万人に届く歌詞へと昇華する(そこにはネタバレのラインも考慮されていることだろう)。言葉のセンスはもちろん、作品をさまざまな視点から咀嚼し、そこから新たな価値を見出す編集能力、別のものへと変容させる錬金術的な能力がAyaseはずば抜けて高いのではないかと想像できる。
映画、アニメ、CM……ありとあらゆるコンテンツにおいて、音楽は重要な役割をになってきたし、今後もその重要性は増していくだろう。どんな作品にも寄り添うAyaseの作詞はこれからも音楽シーンと各業界を繋げ、発展する存在となるに違いない。
※1:https://www.uta-net.com/interview/2211_yoasobi