「夢を見れなくなったらもったいない」The Orchard 鈴木竜馬氏が目指す、グローバルヒットへの新たな道筋

 音楽配信を代行するディストリビューターが音楽業界で存在感を高めるなか、1997年にニューヨークで設立されて以来、高い技術力を武器に数多くのアーティストやレーベルを支援してきた「The Orchard」。現在同社のシニア・ヴァイス・プレジデントとして日本での展開を主導するのが、一昨年までワーナーミュージック・ジャパンでA&Rからレーベルヘッドまで、一貫してエッジの立ったアーティストに寄り添ってきた業界の雄・鈴木竜馬氏だ。

 The Orchardはこの4月、新サービス「Artist Service(アーティストサービス)」をスタートさせた。従来のディストリビューションサービスに対して、メディアへのプロモーションやアナリティクス運用など、アーティストとより深い関わりを持つことにより、新たなヒット作りの提案を推し進める。さらに秋以降にはアーティスト目線でカスタマイズされたサービスで、アーティストが「夢を見られる」シーンの実現に向けた取り組みを行っていく予定だ。

 The Orchard/鈴木竜馬氏は現在の音楽シーンをどう捉え、何を実現しようとしているのか。ディストリビューター隆盛の背景からThe Orchardの強み、その“やりがい”まで、じっくり話を聞いた。(編集部)

“クラスの端っこ”を世界に届けたいという気持ちは全く変わっていない

――今まで何度かお話を聞いていますが、以前のインタビューで鈴木さんには、ポップミュージックの世界で「アウトサイダー的な存在を世の中に広めていく」というレーベル運営論を話してもらいました。通常は受け入れられがたい先鋭的な価値観を、レーベル運営や音楽を通して届けていくというお話でしたが、ディストリビューターという新たな仕事においても、同じ方向性は実現できますか。

鈴木竜馬(以下、鈴木):そうですね。あれはレーベル運営の理論ですが、根っこにあるインディーズが持っているパンクマインド、クラスの端っこを世界に届けたいという気持ちは全く変わっていない。今も、いきなりメジャーディールを締結できなくても、なにか可能性のあるインディーのアーティストたちとの接点を増やして、世界に届けられるこのスキームをぜひ使ってもらいたい、という思いは常にあります。いいアーティストを見つけたら「ぜひうちでやりなよ」と声をかけるのは日常的にやっていますね。

 メジャーレーベルに携わっているときは、所属アーティストの大きな会場でのライブに出向くことが多かったけれど、最近は久しぶりに平日の小さなライブハウスやクラブイベントに顔を出していて、すごくプリミティブに音楽やアーティストに向き合えている。こういうところからスターが出ていく可能性を作れるのは楽しいです。メジャーだとどうしても「1年後にZeppを埋められるのか」とか、ビジネス的に短いタームでどうヒットを作れるか、という観点から見なきゃいけないけれど、もう少しピュアになれるというか。今は色々なことが細分化してるわけじゃないですか。特にHIPHOPがそうですが、ハードコアな人たちからYouTubeだけで発信しているようなソフトタッチな子たちも含めて、どこにでもポピュラリティーを獲得する可能性があるからこそ、細分化している中でそれぞれと向き合うことができる。それが個人的にも楽しいし、可能性も感じられますね。

ーーThe Orchardに加わって1年ほど経ちますが、手応えはどうですか。

鈴木:めちゃめちゃ面白いですよ。音楽業界の新たな潮流などを勉強している人たちに対して、これまで培ってきた僕の知見を共有できる環境もいいなと思って。だから結構、若いライブハウスの店長やコンサートプロモーターなどとも、たくさんメシを食ったりとかしてますよ(笑)。そういうのも明日を夢見ている音楽業界の人たちにとっては絶対プラスだろうなって。夢を見れなくなったら、もったいなすぎるから。

――夢が見られる環境を作れそうだと。

鈴木:去年の1月にワーナーミュージックを辞めるとき、もちろんまたメジャーレーベルでやるという選択肢もあったんです。ただ、ソニーミュージックには優秀なレーベルヘッドやA&Rがたくさんいて、そこに入っても僕がやれることはあったとも思いますが、それよりも今のマーケットを見たときに、「僕はThe Orchardをやらなきゃいけない」と思ったんです。当時、ワーナーミュージックの中で「僕がADA(Alternative Distribution Alliance)をやらなきゃいけない」と思ったように。まぁ、当時は結局やらせて貰えなかったんですが(笑)。最近のストリーミングの国内シェアをチャートで見ると、グローバルメジャーのソニーミュージックやユニバーサルミュージックがいて、続いて同じくグローバルメジャーのワーナーミュージックや、ドメスティックメジャーのavexがランクインしていたところが、現在ではTuneCoreが入ってきている。そのなかにあって、我々The Orchardも現在6位につけています。さらにその後ろには、SPACE SHOWER FUGAもディストリビューターとしてトップ10に入ってきている。この環境はもう避けられない潮流だから、インディーズのアーティストにとっても可能性が拓けているということだと思います。

ーー具体的にディストリビューターというお仕事について伺います。メジャーレーベルとThe Orchardの仕事の一番の違いとは何でしょうか。

鈴木:端的にいうと、これまではアーティストとともに原盤を制作し、目の前でヒットを生み出すというメジャーレーベルに身を置いていたんですが、今は基本的に原盤・出版を持たずに、いわゆるインディーアーティストを、日本でいえば1億2000万の人口という規模ではなく、全世界80億のマーケットに対してどう届けていくのかを追求するカンパニーに身を置いていると思っています。

ーーなるほど。楽曲に関する権利から離れて音楽を支援していくというのは、これまでとは感覚が違いますか。

鈴木:メジャーディールと決定的に違うのは、アーティストへの還元方法ですね。上代ベースが高かったフィジカル中心の時代は、アーティスト印税も当然それなりの金額になり、作詞・作曲をやれば著作権料も入るので、売れればまとまった金額が入りました。でも今はもはやダウンロードでもなくストリーミングの時代に突入していて、1再生における単価が低くなっている。それを従来のメジャーディールにあててしまうと、作った人の懐に返すのは相当時間がかかると思うんです。だからThe Orchardのサービスでは、基本的にアーティスト印税という観点ではなく、作ったものの権利は作った方が持って、我々はその楽曲を世界中に届けたり、アナリティクスのツールを使いながらソーシャルのプロモーションなどをナビゲートしたりすることで手数料をいただくという形をとっています。

ーーメジャーに限らないアーティストとの付き合いも出てくる。

鈴木:もちろんメジャーで活躍する場はあっていいと思うんですけど、その手前にいるアーティストがしっかり生活できて、夢を持てる状況をサポートできるという部分が素晴らしいなと。作った人が作った分だけしっかり権利を保有して、夢を見られる環境を作っておかないと、その上のレイヤーであるメジャーへの足掛かりも作れなくなってしまう。そうしたら誰も音楽をやらなくなってしまうので、勿論、お金が全てではないですが、そういう意味でも、音楽をやれる夢の入り口を作れるのかなと。

全世界のUGCの状況へのアクセスも テックカンパニーとしての優位性

ーー音楽メディアの立場から見ると、新たな才能が出てくるルートが変わってきた実感はあります。以前はレーベルによって才能が見出され、育成されていくイメージでしたが、今はディストリビューターを通じて世に放たれ、リスナーからの反応を受けて成長していくケースが増えてきた。この流れは今後も続くと?

鈴木:おそらくこれからも増えると思います。このディストリビューション・ディールというのは、そういったインディーアーティストにとって夢が見れるのはもちろんですが、一方で、すでにファンダムが形成されているようなジャンルのアーティストとも相性がいいと思うんです。あっちこっちやみくもにプロモーションしなくても、それなりにマーケットやターゲットが決まっているところなら、クチコミ含めて広がっていくところもあるので。

 実際、去年グラミー賞をとったDream Theaterも今はThe Orchardのアーティストなんですけど、彼らはベテランのメタルバンドです。僕はメタルにそんなに明るくないけれど、例えばヘビーメタルの専門誌があったりしますよね。そのように刺すところがわかっているわけだから、自分たちで配信して、従来メジャーに預けていたようなプロモートフィーみたいなものを省いて、しかも原盤・出版は自分たちで持ってやれる。メタルだけではなく、HIPHOPやレゲエもそうだと思うので、“大海に塩を撒く”よりは、オンターゲットのところにプロモーションをして、マーケットを作っていく手法が取れる。全ジャンルとはいわないけれど、意外と幅広いところにリーチできるサービスなのかなと。それがまたボリュームを引き上げているというのもあると思っています。ジャック・ホワイト、スマッシング・パンプキンズ、アラニス・モリセット、フェニックスなど、言い出したらキリがないですが、スターがこぞってこのサービスを利用してくれるようになってきています。バッド・バニーもしかり、Spotifyで2年連続で一番聴かれているアーティストがThe Orchardから出ているのは強烈なことですよね。

ーーバッド・バニーを筆頭に、非英語圏から大スターがどんどん出てきています。日本からも、グローバルな市場で活躍するアーティストがもっと出てきてほしいですね。

鈴木:去年の末、TikTokの「US Top Tracks」でYOASOBIの「たぶん」が1位になりました。もちろんYOASOBIの楽曲は素晴らしいけれど、それだけではなくて、ジャカルタとマニラで開催された88risingのイベント『HEAD IN THE CLOUDS』で歌ったのを気に入ったオーディエンスが自分のSNSに貼り付けて、それをまたアジア圏の別の国の子がリポストして……という形で広まっていったんです。やはりバズを見逃さない強力なアナリティクスのツールを持っているというのは、The Orchardの強みですよね。しかもグローバルで。

 また日本のインフルエンサーマーケティングはフォロワー数が多い方にお願いする傾向がありますが、海外ではインフルエンサー自身も跳ねているものを拾って、さらにまた跳ねさせるという傾向があります。YOASOBIの場合は、そのあとメキシコに広まり、最終的にはリタ・オラがTikTokで使ってくれたのも大きかったんですけど。そうやって起きたバズを拾いやすい環境をThe Orchardが作って、最終的にアメリカで1位になったんです。つまり、英語圏にこだわらなくても海を飛び越えていくチャンスは色々なところにある。それが80億のマーケットを狙うということですし、今回の例は我々The Orchardのスタッフにおいてもものすごくいい知見になっているので、今後もケーススタディを増やしていければと思っています。

ーーThe Orchard内でも、国境を超えた情報共有が進んでいると。

鈴木:The Orchardはグローバルカンパニーをポリシーに掲げているので、お互いの国で自分たちの国の曲が跳ねたときにインフォメーションし合えるんです。「今そっちの国でこの曲がこんな感じでかかってるんだけど」「じゃあちょっと手伝うよ」みたいな形で。基本的にチャットで会話するので、例えばアジア圏などタイムゾーンが一緒だったらすぐコミュニケーションがとれます。しかもステータスに関係なく、“hey”や“hi”で会話しています。だからどんどん気軽に情報を流し込めるし、しかも各国のスタッフがそれぞれ現地のDSPに直接コミュニケーションがとれるというのも、非常に大きい我々の魅力のひとつです。

 Apple Music、Spotify、YouTube Music、Amazon Musicなど大手のDSP以外に、日本でいうLINE MUSICやAWAのようにローカルDSPが各国にあるでしょう。全然知らなかったけれど、聞くところによると最近中東のAnghami(アンガミ)というDSPでは、J-POPのプレイリストがよく展開されているらしい。そこに配信するだけなら同業他社にもできるのですが、我々は全世界約50カ所に拠点を持っているので、ちゃんとコミュニケーションが生まれるんです。なにかバズが起きたとき、最低でもお互いが現地のDSPへのピッチを補完し合える。それがグローバルヒットにつなげられる可能性としてあって、今成功しているのが、バッド・バニー。日本のマーケットも大きいので非常に重要視されていますが、新人発掘の観点で言うとThe Orchardのヘッドクォーターが同時に注目しているのは中南米エリアですね。そこはグローバルヒットのために注力しています。次のバッド・バニーを見逃さない、という観点ですね。

――一部のディストリビューターのように全部の利益をアーティストに還元するサービスもありますが、The Orchardは一部の利用料を取る代わりに、アーティストをさまざまな形で支援していくモデルですね。

鈴木:それぞれのディストリビューターでビジネス形態が少しずつ違うんですよね。The Orchardはまだ基本的にBtoBなので、各レーベルやマネジメントと向き合って、そこの楽曲をお預かりしています。現状のスキームでは、プロモーションに関しては契約の基本テーゼに入っていないのですが、The Orchard発信でいくつかのメディアで露出を図ったり、アナリティクスの紐解きみたいなものはやっています。「今、御社のAというアーティストはこんな状況です」とレビューして、さらに「広告をまわして例えばこの国ででこんな跳ね方をさせたらいいかも」と提案したり。手数料をいただく代わりに、そういったピッチやアナリティクスのレクチャーで気づきを提供している形です。

――そうした情報提供などの支援を今後より進めていくと。

鈴木:そうですね。国内には著作権代行をやっている「Nextone」や、ユニバーサル傘下の「INgrooves」、キュレーターと人を通したリコメンドスタイルの「FRIENDSHIP.」、さらにavexの「BIG UP!」やポニーキャニオンの「early Reflection」、SPACE SHOWERとFUGAの「SPACE SHOWER FUGA」など、たくさんのディストリビューションサービスがあって、それぞれの優位性やポリシーがあるんです。その中で僕らが掲げるポリシーは、ミュージックマンが始めたグローバルで音楽を届ける大いなる“テックカンパニー”であるという事なんです。アナリティクスのツールはメジャーも含めて基本的にサードパーティのものを使っていることが多いのですが、The Orchardには強力なテックチームがいて、自社開発のツールを持っています。そこが我々にとっての優位性のひとつですね。

――The Orchardが設立されたのは1997年です。

鈴木:今年で設立26年目ですが、テックカンパニーとしてのアイデンティティがずっとあり、我々はアーティストやインディーレーベルなどのコンテンツホルダーのかゆいところにどう手を届かせるかを最優先しています。たとえば、グローバルで重要なDSPであるTikTokは当然グローバルで見られるようになっていますが、日本ではLINE MUSICの数字もとても大切ですよね。それを直接ニューヨークのテックチームに伝えると、インターフェースが変わってLINE MUSICのマーケットも見られるようになっているんです。そういう風に、各国のローカルクライアントからいただいた課題を共有して変えていける。ここが我々の優位性なんです。

 また際立っているのは、会計のスプリット機能です。今はアーティスト同士がソーシャルでDMを打って「今度コラボしようぜ」みたいなことが国を跨いで起こるじゃないですか。そこで「●●さんはここのリリックを書いてくれたから20%で、俺は30%ね」と取り分を決めたとしても、実際は為替の調整などが必要ですよね。支払いはアーティストサイドにやってもらいますが、その手前のエビデンスを出すまでは我々が対応できます。そういったオーバーシーでのスプリット機能があるのは、メジャーレーベル以外では、日本国内では今のところThe Orchardだけなんじゃないかな。

 全世界のUGCの状況も拾えます。アルゼンチンの女子大生がYouTubeで自分の音源を使ってくれたとか、スペインの男の子がTikTokで貼り付けてくれたとか、世界のどこで自身の楽曲が使われているかを世界中から拾って、リンクまでアーティストサイドに提供できるので、そのユーザーにアプローチしたりリポストしたりもできます。

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