the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第17回 異色作へ繋がったポンコツ合宿&A$AP Rockyらのクールな刺激

A$AP Rocky、OFWGKTA……ヒップホップのMVが放つ鮮烈なインパクト

 極め付けは最終日、ベストアルバム『20 years』(2018年)のライナーノーツにも書かせてもらった出来事。

 作曲以外の部分で気疲れすることの方が多かった3泊4日を終え、遠い目で帰路へついた我々を乗せたハイエースが信号待ちをしていたところ、三叉路を直進してきたベンツが突き当たりの住宅の門に衝突、そして次の瞬間、何事もなかったかのようにバックして走り去っていった。

 「なんだあいつ、ヤバすぎるだろ!」と皆で笑っていたものの、同時に「もうこの土地に来ることは二度とないだろう」……のちにメンバー全員がそう思っていたことが確認された、そんなエンディングをハイライトに、ポンコツ合宿は幕を閉じたのだった。

 それでもこの期間にいくつかの曲の原型が生まれ、帰京後のスタジオセッションを経て形になっていった。

 前作とは反対に、ギター2本とベース、ドラムというベーシックな形とバンドならではの肉体性に重心を置いたアプローチの『謎のオープンワールド』は、自分たちなりの原点回帰とシンプル志向が念頭にあったように思うが、リリースから時間がたった今聴き直してみると、今までのアルバムの中でもかなり異色作のような感触が強くて面白い。

 余談になるが、この時期に某雑誌の編集者に「いよいよバンアパの時代が来ましたね。次のアルバム期待してます」というようなことを言われ、つまりは当時盛り上がっていたシティポップリバイバルの波に乗っかっていくような作品を期待してくれていたのだと思うのだけれど、そんな思惑や時代の潮流をナチュラルに無視してしまっているところも、良くも悪くも自分たちらしいなと思う。

 話は変わって、僕たちがポンコツ合宿を敢行していた時期から遡ること数年。アメリカ、そして日本のヒップホップシーンにおいても、デジタル視聴環境の一般的普及に伴って、新世代のタレントが続々と登場し始めたことは前回書いた。

 誰もが手持ちのデバイスで気軽にYouTubeを観られることは、MVの重要性を大きく変え、楽曲がオフィシャルに発表される最初のプラットフォームがYouTubeなんてことも珍しくなくなっていった時代。鮮烈なイメージを伴った映像と音楽の相乗効果は、時に楽曲のみを聴いた時以上のインパクトを残す。

 僕が初めてA$AP Rocky「Purple Swag」のMVを観た時がまさにそうだった。

ASAP Rocky "Purple Swag"

 コデインの酩酊を、DJ Screw由来のピッチシフトとBPM、呪術的なループで表現したトラックも中毒性の高いものだったが、薄紫に滲んだフィルターの向こうに映るゴールドのグリルを嵌めた女の子、ドラッグとアルコール、ウィードを燻らす若者たちの姿……まるでラリー・クラーク監督のカルト映画『KIDS』、あるいはその脚本を書いたハーモニー・コリンの『Gummo』の続編のような世界観を持った映像は素晴らしくフレッシュだった。

 タイトルでも使われている“Swag”(イケてる、カッコいいなどの意)というスラングはこののち世界的に一世を風靡するのだけど、その立役者の一人がA$AP Rockyだと思う。同時期の彼の曲「Peso」の歌い出し〈I be that pretty motherfucker〉における〈pretty(可愛い)〉と〈motherfucker(クソ野郎)〉という単語の対比的な使い方にも象徴されるように、新世代のワードセンスが大いに感じられた。

 ちなみに「Purple Swag」の“Purple”が何を表しているかと言えば、リーンと呼ばれるドラッグのことだ。リーンは咳止めシロップをソーダなどで割った飲み物で、咳止めシロップに含まれるコデインによる酩酊を期待して摂取される。テキサスのローカルシーンが発祥と言われている。

 その後、FutureやLil’ Wayneといったスターラッパーたちがリリックの中で取り上げたことをきっかけに全米で流行したが、カジュアルなイメージに反してオーバードーズを引き起こしやすく、何人ものラッパーが過剰摂取により命を落としている。

 その時期のニューヨークを代表するニュージェネレーションがA$AP Rockyを擁するA$AP Mobだとすれば、ロサンゼルスにはOFWGKTA(Odd Future Wolf Gang Kill Them All)というクルーがいて、彼らの初期アンセム「Oldie」も視覚的にとても新鮮なMVだった。白バックのスタジオでクルーのメンバー(Tyler, The Creator、フランク・オーシャン、The Internetのシドなど、のちのビッグネームが揃っている)が入れ替わり立ち替わりラップするだけのシンプルなビデオなのだけど、何と言ってもメンバーそれぞれの佇まいとファッションがクールだった。

Odd Future - "Oldie"

 一時の流行を経て下火になりかけていたSupremeやA BATHING APEといったストリートブランドが勢いを取り戻すきっかけになった、と言ったら言い過ぎかもしれないが、間違いなく一役は買っているだろう。

 少し話は逸れるが、今では日本でも大人気のTHE NORTH FACEも古くからラッパーやストリートの住人たちに愛されてきたブランドだ。2015年に早逝してしまったA$AP Yams(A$AP Mobの主要メンバーの一人)の着用で再注目された“マウンテンライトジャケット”なども、元を辿ればグラフィティライターたちがスプレー缶を隠しやすかったから、というそれなりの理由で支持されていたり、そうした音楽に付随するファッショントレンドの背景を知っていくのもまた面白いと思う(THE NORTH FACEについては、吉祥寺のthe ApartmentというセレクトショップのブログやYouTubeチャンネルに詳しく載っているので、興味のある方はオススメです)。

 そんなファッション性とはほぼ無縁な我々the band apartですが、方南町から住み慣れた練馬へと移転したスタジオで録音した7枚目のアルバム『謎のオープンワールド』のメモを書いて、今回は筆を置きたいと思います。ザ・グッドバイ。

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