武満眞樹が明かす、父 武満徹の深い映画愛 日本映画の巨匠に囲まれて作り上げた映像音楽の名曲
「石原裕次郎に歌ってみたらと提案したのは僕」と言っていた
――それにしても日本映画の名だたる巨匠たちと組んでいますね。
武満眞樹:そうですね。しかも自分の領域以外にも口を出していました(笑)。作曲家って作品を様々なアーティストが演奏してくれるけれど、書いている間は孤独な作業で、完成したらもう自分の手を離れて行ってしまう。それに対して映像のための音楽制作は共同作業だから、父も楽しかったのだと思います。しかも特に同世代の監督である、勅使河原宏さんや大島渚さん篠田正浩さんといった面々の作品には、比較的早い段階から制作に参加させてもらっていました。だから父も作曲家として作品に関わっているというよりも、チームの一員として「じゃあ僕は音楽をやるよ」っていう感覚だったのではないでしょうか。しかも勅使河原さんや篠田さんは予算内に収めてさえくれれば音楽に関してはお任せで一切口は出さなかったみたいで、かなり自由にやらせてもらっていたみたいです。
――このアルバム『波の盆 武満徹 映像音楽集』は映画ではなく、1981年から1984年まで3シーズン、全部で20話にわたりNHKで放送された人気シリーズ『夢千代日記』の音楽で幕を開けます。山陰のひなびた温泉街を舞台に、胎内被爆で余命3年と宣告された芸者置屋の女将・夢千代(演:吉永小百合)の愛の行方と、彼女を取り巻く人々の人間模様を描いた、日本のテレビドラマ史に残る名作。列車がトンネルに吸い込まれて鉄橋を渡り、冬の日本海や山間の温泉街を映し出す印象的なオープニングを彩る、テーマ音楽に心を掴まれます。
武満眞樹:私は苦手でした(笑)。暗くてジメジメした裏日本の雰囲気と、いかにも幸薄くて儚い温泉芸者のイメージに気分が滅入って。でもレギュラー陣のキャスティングが絶妙で、3作目の『新 夢千代日記』には松田優作さんも出演されるなど、ゲストも豪華。父も置屋の年増芸者役の樹木希林さんをすごく気に入って観ていました。
――オーケストラのための組曲「太平洋ひとりぼっち」も13分を超える、聴きごたえのある作品です。約3カ月かけて小型ヨットで太平洋単独無寄港横断に成功した堀江謙一の冒険を、巨匠・市川崑監督が石原裕次郎の主演で描いた1963年の同名大ヒット映画の音楽。組曲なのでいろんなタイプの音楽が盛り込まれていますね。目的地がサンフランシスコなので後半がアメリカンなのも面白いです。
武満眞樹:音楽は先輩作曲家である芥川也寸志さんとの共作ですが、恐らく当時お金のなかった父を見かねて、芥川さんが仕事を回してくれたのだと思います。父は同じく裕次郎さんが出演していた1956年の映画『狂った果実』の音楽も手掛けていて(※佐藤勝との共作)、事実かどうかわからないけれど「裕次郎の声がいいから、歌わせてみたらって最初に提案したのは僕なんだよ」って言っていましたね。カラオケは好きではなかったけれど、どうしても歌わなければならない時にはよく裕次郎さんの「夜霧よ今夜も有難う」を歌っていました。
――弦楽オーケストラのための「3つの映画音楽」も盛り沢山ですね。『ホゼー・トレス』はプエルトリコのボクサー、ホゼー・トレスが世界チャンピオンになるまでを描いた勅使河原宏監督1959年の異色ドキュメンタリー映画。全体は「タイトル音楽」「訓練の音楽」「休息の音楽」「試合前の音楽」によって構成されています。『黒い雨』は公開翌年の1990年に日本アカデミー賞最優秀作品賞など多数受賞した今村昌平監督の代表作のひとつ。そして1966年公開の『他人の顔』も安部公房原作による勅使河原監督の有名な作品です。音楽を聴いていると映画も観たくなりますね。
武満眞樹:『他人の顔』はこの3~4月のシネマヴェーラ渋谷の特集で『砂の女』などと一緒に上演されて、私も改めて観ましたがかなり面白かったです。役者さんも素晴らしい! このワルツは単独でアンコールピースとしてもよくコンサートで演奏されますね。もともとは劇中でビアホールの歌手(前田美波里)によって歌われるナンバーですが、今ではクラシックギタリストも頻繁に演奏してくれています。
――ラストは今回のアルバムタイトルにもなっているオーケストラのための「波の盆」。これもまた美しい音楽です。『波の盆』は1983年に日本テレビ系で放送された倉本聰脚本のテレビドラマで、笠智衆が演じる明治期にハワイ・マウイ島に渡った日系移民1世の物語。
武満眞樹:『波の盆』の音楽は谷川俊太郎さんも大好きで、父が入院してる時に病室で「もうさあ、『波の盆』みたいな曲ばかり書けばいいじゃないの。最近あの曲ばかり聴いてるよ」っておっしゃって、父に「ああいう甘くて綺麗なメロディは書こうと思えばいくらでも書けるけれど、そればっかりやってるわけにもいかないんだよ!」って怒られたそうです(笑)。
――「波の盆」の旋律はナット・キング・コールなどが歌ってヒットしたヴィクター・ヤング作曲の名スタンダード・ナンバー「When I Fall in Love(恋に落ちた時)」にちょっと似ているような気がします。
武満眞樹:私は、あれは恐らく1976年公開のベルナルド・ベルトルッチ監督の『1900年』のテーマ(エンニオ・モリコーネ作曲)に影響を受けたんじゃないかなと思っていて。というのも当時私が家で『1900年』のサントラ盤を繰り返し聴いていたからなんです。後に「似てない?」って指摘したら「やばい、あのレコードがずっとかかってたからな」って認めていましたよ(笑)。
――いいエピソードですね。そういうお話、他にもありませんか?
武満眞樹:私はプリンスが大好きで、家でよくレコードをかけていたら父も聴いていて「これは何者だ?」って興味を持ったみたいでした。ある日、父から電話がかかってきて「今、映画の『バットマン』を観たんだけど、君の好きなプリンスの音楽が使われてたよ。奴は天才だね! 僕も彼みたいな才能が欲しいよ」って言ってガチャっと切れた。わざわざ公衆電話から興奮してかけてきたんですよ(笑)。
大勢の友達に恵まれて、あんなに幸せな人はそういません。
――世界のタケミツには、まだまだ知られざる顔があるんですね。
武満眞樹:私には父親としての彼が全てでした。作曲家・武満徹を意識したのは亡くなってからで、父が書いたり、父について書かれた文章をちゃんと読んだのも後になってから。私にとっての“徹さん”はカップ麺が好きで、日曜日は『新婚さんいらっしゃい!』と『笑点』を観てゲラゲラ笑っている、よく遊んでくれて、たまには取っ組み合いの喧嘩もしたけれど、大人になってからは一緒によくお酒を飲みに連れて行ってくれた人なんです。
――理想のお父さんっ子ですね。
武満眞樹:私が音楽関係で父に感謝していることは、まずThe Beatlesを教えてくれたこと。誕生日に、まだこんなピアソラ・ブームが来る遥か以前に「アディオス・ノニーノ」の入っているレコードや、渡辺香津美さんのアルバム『KYLYN』をプレゼントしてくれたこと。それから、10代の頃に矢野顕子さんのライブに連れて行ってくれたこと。私の好みや、何をすれば喜ぶのかをちゃんとわかってくれていた。でも、父の下に生まれていなかったら、私も音楽家になっていたかも……タンゴのバイオリニストとかに(笑)。父の娘に生まれてしまったから、その運命はなかった。亡くなってもう25年にもなりますが父について考える度に、何て幸せな人生だったんだろうって思いますね。今でも作品を若い演奏家に弾いてもらったり、こうして新しいアルバム作ってもらえたりするんですから。65歳で亡くなったので、もう少し仕事ができたのかもとは思いますが、戦争で焼け野原になって何もないところから始めて、周囲からすれば作曲という仕事なのか趣味なのかよくわからない道を選んで。当初は貧乏で結核持ちだったし、たいへんなこともあったでしょうけれど、ドン底からスタートしたので常に明るい未来を夢見ることができた。本当に父は恥ずかしいくらいのロマンチストで、いつも「明日は今日よりよくなる」って信じていたはず。大勢の友達に恵まれて、しかも日本だけでなく世界中から、音楽だけでなく映画や文学、美術などいろんなジャンルの友人がいて。好きなことばかりやって、世の中の閉塞感が増したり、おかしくなる前に旅立つことができた。あんなに幸せな人はそういません。
■作品情報
『波の盆 武満徹 映像音楽集』
7月20日(水)発売
商品詳細:https://kingeshop.jp/shop/g/gKICC-1600
配信:https://king-records.lnk.to/ZXbDkW
定価:¥3,300(税抜価格 ¥3,000)/品番:KICC-1600
<収録曲目>
1.夢千代日記
2.太平洋ひとりぼっち
3.「ホゼー・トレス」訓練と休息の音楽
4.「黒い雨」葬送の音楽
5.「他人の顔」ワルツ
6.波の盆
■関連リンク
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